【KAC】メイガーン・ル・メイガーン ―七人の魔導士外伝―

流々(るる)

魔闘技場、再び

 駱駝シャモーたちが前後に連なり、砂と空しかない二色の世界をゆったりと進んでいく。

 照りつける陽射しは二頭の脚元へ影をまとわりつかせた。


「お師匠様、そろそろですよね。もう見えてきてもいい頃なんだけどなぁ」

 先を行く若い男の白い布帽子ティスポからは緩く波を打った栗色の髪がのぞいていた。

 振り向きながら、左手で起用に手綱を操っている。

「そう焦らなくともよいではないか、エクス」

 老人は駱駝シャモーを止め、布帽子ティスポを脱ぎ汗を拭った。

 陽を浴びて銀髪がさらに白く輝く。

 腰紐につけた水筒を外すと水を一口含み、再び手綱をしごいて進みだした。

「あれから四年が経ったんですね……」

 エクスの言葉にも老人は黙ったまま前を見据えていた。


 砂丘に差し掛かり、駱駝シャモーたちは首を上下に使って登ってゆく。

 丘の頂までくると一気に視界が開けた。

「あ、あれだ! 見えましたよ、お師匠様」

「そんなに大きな声を出さずとも。老いたとはいえ、見えぬわけではない」

 二人の視線の先には砂漠に不似合いな漆黒の擁壁がそびえ立っていた。

 近づくにつれ、四タルザン(約六メートル)ほどもある黒光りした壁が威圧してくる。

「やっと着いたのぉ」

 ここが四年に一度ひらかれる魔導士メイガーンの最上位を決める大会、メイガーン・ル・メイガーンの会場となる魔闘技場だった。


 二人は表へ回り込み、駱駝シャモーを繋ぎ荷を下ろした。

「後の者たちが来る前に準備をせねば」

 老人から鍵を受け取るとエクスがオークで出来た玄関扉を開ける。

「何か懐かしい気がするなぁ。あ、不謹慎でした」

「いやいやそのようなことはない。懐かしむということは思い出があるからじゃ。亡くなった者にとっては思い出だけが拠り所じゃから、大いに懐かしんで弔うがよかろう」

 玄関ホール《アボード》を抜けて、左手にある食堂へ荷物を運ぶ。

 入るとき、エクスは左手の壁にちらと目をやった。

 そこには様々な古武具が整然と掛けられていたが、一か所だけ空いている。それを確認すると小さくため息をついた。


 旅装を解くと、エクスがあらたまって切り出した。

「掃除の前にあの部屋でお祈りをしたいのですが」

「そうじゃな、それがいい」

 二階へ上り、一つ目の部屋へ入る。

 中はきれいに片づけられ、寝台も何事もなかったかのように真新しいものへと変わっていた。

 老人は中央に小皿を置くと、その上に香をたいた。

 二人はクスゥライ正教の教えに倣い、右ひざをつき握った右手を胸の上に置く。

「ディカーン殿の魂よ、安らかなれ」

「ディカーン様の魂よ、安らかなれ」

 頭を垂れて黙とうをささげた。


「僕はディカーン様から嫌われていたから、祈りをささげても喜んでもらえないかもしれないな」

 階段を下りながら独り言のようにつぶやいた言葉を、老人はしっかりと聞いていた。

「あの御仁が殺されたとき、最も熱心に犯人を捜そうとしたのはお主じゃったこともきっと伝わっておるよ」

「あのときは何処からか賊が侵入したのだと思っていましたから……」

 俯くエクスの肩を軽く叩き、老人は食堂へと入っていった。


「さて、早く支度をせねばモスタディ王都アからの三人も着いてしまうぞ」

 老人は食堂に並べられたテーブルやいすを拭いて歩く。

「ウェン様たちと会うのも三年振りですね」

「クウア様の料理も楽しみだし」

「アーサ様はまた本を担いでくるのでしょうか」

 厨房へ食材を運び込みながら、エクスのおしゃべりは止まらない。

「それにしてもナディーここジャは暑いなぁ。ルンディガでの生活に慣れていたから暑くてたまらないや」

「あそこは山間やまあいの街じゃからな。比べるまでもないじゃろうが」

 苦笑している老人の声へ被さるように駱駝シャモーのいななきが聞こえてきた。

「来たっ!」

 言うが早いか、エクスは玄関ホールアボードへと駆け出している。

 老人は再び苦笑した。


「ブリディフ様、お久しゅうございます」

 その女性が布帽子ティスポを外すと見事な白金色の髪があらわになった。

「ウエン殿も元気そうで何よりじゃ」

 彼女の後に続いて、壮年の男性と黒髪の女性が現れた。

「老師様、ご無沙汰しております」

「その節は色々とお骨折りいただき、ありがとうございました」

 二人はそろって深々と頭を下げた。

「儂は何もしておらん。見たままを王へ話したまでじゃ」

「はいはい、アーサ様もクウア様もそんなところに立っていないで、まずはお掛け下さい」

 みなの荷物を重そうに運んできたエクスが椅子をすすめる。


「相変わらず、あなたは賑やかね」

 ブリディフの次に年長のウエンから言われて、最年少のエクスは口を尖らせた。

「うるさいから静かにしろってことですか」

「いいえ、褒めているのよ。ここへ来るまで重い気分だったのが、少し晴れたわ」

 それを聞いて途端に真面目な顔へと変わる。

「先ほど、お師匠様と一緒にディカーン様のお部屋でお祈りをしてきました」

 今度はアーサがすぐに反応した。

「ありがとう。私たちもお祈りをしてこよう」

 隣に座るクウアに声を掛けると、ウエンも連れだって二階へと上がっていった。


 三人が再び食堂へと戻ると、旧知の五人で団らんのひと時となった。

「君は老師様と一緒にずっとルンディアで修業をしていると聞いたが」

「はい、自然に身を委ねることで以前よりロォクの精霊たちの声を聴けるようになった気がしています」

「それはさぞかし魔力も上がっていることでしょう。楽しみだわ」

 ウエンは昔と変わらず、妖艶さを感じさせる笑みを見せる。

「アーサ様は王立図書館へ戻られたのですか?」

「あぁ、二年前からまた司書としてな。これもここにいるみなさまのおかげだ」

「クウアもすっかり女官らしくなったわよ」

「いえ、私はまだまだ。そもそもこのように取り立てて頂いて申し訳なくて」

「罪は罪として償ったのじゃから気にし過ぎることはない。おごらず、過ちを認めた上で前に進むことも必要じゃ」

 ブリディフがクウアへ向けるまなざしは孫娘へのようだった。


「あのぉ……カシェ姫のご様子はいかがですか」

 エクスがウエンに尋ねると、彼女はからかうような笑みを浮かべた。

「あら、やっぱり姫様のことが気になるの?」

「いえいえ、そんなことはありません。ただどうしたのかなぁと思っただけで」

 その様子を見て、ウエンとクウアは顔を見合わせて笑った。

「姫様からのご伝言です」

 クウアがあらたまって言う。

「必ず勝って帰ってこい、とのことです」

「何だよ、その上から目線は……あ、まぁ、姫様だから僕なんかより偉いのだけど……それにしても……相変わらず無茶を言うなぁ」

 エクスの慌てぶりに、みなが笑いに包まれているところへまた駱駝シャモーのいななきが聞こえた。

 五人の顔に緊張が走る。

 続けて玄関の戸を叩く音が響いた。

 ここへ来るはずの者はすでに集まっている。

「僕が見てきます」

「儂も一緒に行こう」

 立ち上がろうとしたアーサを抑えて、ブリディフがエクスと共に玄関ホールアボードへと向かった。


「どなたじゃな?」

 ブリディフが扉越しに声を掛けると若々しく力強い答えが返ってきた。

「マルディと申します」

 その名を聞き、目を細めたブリディフは小首をかしげた。

 すぐにエクスへ向き直ると開けるように言う。

「よろしいのですか?」

 黙ってうなずくブリディフ。

 エクスがかんぬきを外して戸を開けると、背が高く、左肩には金属の肩当てをつけた堂々たる体躯の若者が立っていた。

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