第6話 ミキ、光る組長を見る


「女神ノアニーネの名の下に、我が魂の輝きを」


 組長は目を伏せ、胸元で拳を握りしめてそう唱えた。すると、フワッと組長が淡く輝いたではありませんかー! 光る組長とはこれいかに! え? 魔法? 魔法なんてものがあるの!?


「ポノフィグフォルム! 見通ミト!」


 そして最後に一言そう告げると、組長は一層輝きを増した。輝く組長! でもそれは一瞬のこと。すぐに光が収まったかと思うと、そこには……なんだか厳ついゴーグルをかけた組長の姿があった。えっ、あれだけの演出で変化はそれだけ?


「私のポノフィグはこのゴーグルだよ。これだけ? って思うよねー」


 ははは、と笑いながら組長はゴーグルを額まで持ち上げ、クイっと親指で指し示した。あ、丸眼鏡の上からかけてたんだ。えーっと、まぁ確かにそう思ったけど、なんとなく触れない方が良さそうなので黙っておく。そしてそれは正解だったようだ。


「能力の高いポノフィグであればあるほど、持ち主の姿が変わる、って言われてるんだよ。組長はそれを気にしてるんだ」


 コソッとシュートさんが耳打ちしてくれたからね。なぁるほど。


「えっと、結局ポノフィグっていうのは、なんなんですか?」


 これだ。私のポノフィグ、って言ってたから、きっと人によって形が違うんだと思う。それは理解が出来たけど、つまり何なのか、ってところが知りたい。


「ポノフィグというのはつまり、魂の輝きさ」

「魂の、輝き?」


 組長の説明によるとこうだ。誰もが持つ魂、その輝きが力となって、本来あるべき姿に変化する。あるべき姿とは、その人の本質なんだという。……よくはわからない。


「私の場合は、物事をよく観察することが本質なんだと思う。だからこうしてポノフィグはゴーグルの姿へと変化し、私のギフトを強化してくれるんだよ」

「ギフト?」


 そうだ、それもあったよね。ポノフィグがギフトなんだと思っていたけど、それはまた違うみたい。ポノフィグの変化は、この世界に生まれれば誰もが呼吸するように出来る、いわば特性で、ギフトは女神さまから与えられた贈り物なのだそう。


「女神さまが与えてくださるギフトは、それぞれのポノフィグをより高めてくれる能力であることが多いんだよ」

「それも、みんなが持っているの?」

「そうだ。女神さまは、生き物には必ずギフトを授けてくださるんだ。それはいわば祝福。生まれたことを喜び、祝ってくれる女神さまの心そのものだ。俺たちは幼い頃から繰り返しそう聞かされて育ってる」


 組長の話と、今シュートさんが捕捉してくれた内容をちょっと整理してみよう。


 生まれつきの特性が目に見える形で現れるポノフィグあるべき姿と、女神さまからのギフト祝福。この二つは、この世界に住むものは皆、身近な存在として自然に受け入れられているってところかな……。うん、よーくわかった。私が場違いな存在だってことが。


 だってそんなこと一気に言われても処理しきれないよ! そんなに馬鹿ではないと思うけど、それでもこれを理解して受け入れるにはもう少し時間がかかりそうだよ。はぁ。


「話を戻すよ。ミキちゃん、私は今からそのギフトを使って君を見る。ジッと見つめることになるから居心地は良くないだろうけど、それだけだから」

「まー、眼鏡のおっさんに見つめられるのは気持ち悪いよな」

「黙ろうな、シュート。私の心はボロボロだ」


 見られるだけ、か。どのくらい時間がかかるんだろう。でも知りたい。なんで私がここにいるのか。私はお願いします、と組長に頭を下げた。


「よし。じゃあ見させてもらうよ」


 そう言ってゴーグルを装着した組長は、ジッと微動だにせず私を見つめ始めた。厳ついスチームパンクなゴーグルレンズには、組長の目ではなく緊張の面持ちをした私が映っている。うん、紛うことなく私だ。記憶にある中で最も健康的だった私の姿が映ってる。


 はぁ、よかった。これでもし、知ってる自分とは違う姿だったらどうしようかと思った。知らない間に転生しちゃってたのかなって、その可能性も考えていたから。でも私は私のまま、知らない世界に来てしまったみたい。それが知れただけでも少しホッとしたかもしれない。いや、死んだんだから普通は転生の方が正しいのかな? うーん?


「ああ、そうか……そうなのか」


 思ったより早く終わったみたいだ。組長は弱々しくそう呟きながらゴーグルを外し……さらに眼鏡を押し上げて目元を親指と人差し指で押さえた。えっ、泣いてるの!?


「ミキちゃんは生きたんだなぁ……精一杯、生き抜いたんだ……ひぐっ、よく頑張ったなぁ……ズズッ」


 めちゃくちゃ泣いてる。どうしたらいいのこの状況。たぶんだけど、私の死に際でも見たんだと思う。なんか、すみません?


「ああ、すまない。でもわかったよ。君がどこから来たのか」


 グズグズと鼻を鳴らしながら組長は眼鏡をかけ直しつつ口を開く。シュートさんもマコトもやや引き気味にその様子を見てる。人の死ぬ光景を見てしまったのだから仕方ないって私はわかるけど、二人はわからないもんね。


「こことは異なる世界、チキュウというニホン国から来たんだね」

「あ、はい、そうです」

「たぶんだけど、君は元いた世界からこの世界に転移してきたんだ」


 転移。まぁ、それは予測の範囲内だ。でも、それはなぜだろう? 首を傾げていると、組長は申し訳なさそうに眉をハの字にさせた。


「確かなことまではわからない。だがこれだけは言えるよ。ミキは死の間際、この世界の女神さまに掬い上げられたんだって」


 掬い上げた? 助ける、とは違う意味だよね。


「女神さまの真意まではわからない。でも声が聞こえたんだよ。貴女にギフトを、っていう女性の声が」

「……あ」


 そういえば、それは私も聞いた声だ。あれはやっぱり神様の声だったんだね。でも、ギフトっていうのは、死後の世界で自由に動き回れるサービスタイムのことだと思ってたから。でも、色んな説明を聞いた今ならわかる。


「私にも、ギフトがあるってこと?」


 この世界に生きるものなら誰もがって言ってた。だから、女神さまは私にもギフトを与えたんだ。

 でもどうして? そもそもなぜ私をこの世界に連れて来たんだろう。っていうか、あれ?


「待って。私がここにいるってことは……日本での、パパとママの元で息を引き取った私はどうなったの? 身体はここにあるから……突然、消えてしまったってことにならない!?」


 一人でわぁわぁ慌て出した私を、シュートさんが落ち着け、と両肩に手を置いて宥めてくれた。す、すみません。でもじっとなんかしてられないよ!

 だって、もしも私が突然消えていたら……パパもママも、すごく心配する。たとえもう死んでいたとしても、だよ。葬儀もできないし、何より悲しむはずだ。


 だって、私は愛されていたもん。これだけは自信があるから。そう言ったことを、私は必死で伝えた気がする。なんだかうまく言えなかったけど、私の単語を拾ってどうにか理解してくれたのか、組長は眉間にシワを寄せて唸った。


「なるほど。確かにその懸念はわかる。わかるんだが……ごめんなぁ。私たちの誰も、それは知り得ないことだ」


 そ、そりゃそうだよね。日本のことなんか、この中の誰も知るわけがない。ああ、どうしよう。もし消えていたら……私はものすごい親不孝者だ。泣きそう。ツーンと鼻の奥が痛んだその時、組長が慌てたように続けた。


「だ、だが、女神さまならご存知だと思う! ここにミキちゃんを連れて来たのは女神さまだっていうのは間違いないからね」


 だからさ、と組長はコホンと一つ咳払いしてこう言ったんだ。


「ミキちゃん、女神さまに会いにいかないか?」

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