第5話 ミキ、現実を知る


「ああ、すまないね。これは癖なんだ。ついじっくり人を観察してしまう」


 組長はそう言って頭を掻きながら朗らかに笑う。ああ、そっか。組織の長ともなると、色んな人の対応をしなきゃいけないもんね。まぁ座ってというお言葉に甘えて、私は組長の対面に位置するソファに腰を下ろした。私の隣にシュートさん、その隣にマコトがドサっと座る。おおぅ、振動がきて身体が跳ねたよ。


「さて、ミキちゃん。まず、君がどこから来たのか教えてくれないかい?」


 組長が膝の上に体重を乗せながら両手を組み、そう切り出す。どこから、か。えーっと。


「病室です」


 あ、国で答えた方が良かったかな? 日本ですって。私の答えに組長はもちろん、シュートさんも驚いたようにこっちを見ているし。


「病気だったのかい?」

「はい、生まれつき心臓が悪くて……元々、長くは生きられないって言われてましたから。人生の九割は病室にいました」


 続けて質問をされたので正直に答えていく。もしかしたら、この質疑応答で私の行く先が決まるのかもしれないし。成仏以外に何があるのかは知らないけど。あ、生まれ変わりとか? だとしたら今度は健康に生まれたいなぁ。


「え、え? ちょっと待ってくれ。じゃあ、今はその病気は治ったってこと?」

「いいえ? 不治の病みたいなものですから。他の色んな病気も重なっていたし、もう手遅れだったんです」


 さっきから、なんだか噛み合わない感じがする。組長は混乱しているように見えるし。シュートさんも痛ましそうにこちらを見ていて、マコトさえ怪訝な目でこっちを見てる。えーっと、もしかするのかも、これ。


「じゃあ、どうしてここに?」

「……死んだからです。私はもう、死んだんです。だからここに来たんじゃないんですか? ここって、死後の世界かなんか、ですよね……?」


 絶句。みんなが。あー、やっぱり、違うのかな? でも確認のために聞いておきたかったんだ。

 何となく、リアルだなぁって思ってはいた。草花の香りや、地面の質感、建物の存在感や、人の息遣い。それに転んだ時の怪我の痛み。


 まるで、自分はまだ生きてるんだって思わされそうで……怖かった。


 だって! もしそれを信じて、いやお前は死んでるよ、ここは死後の世界だよって言われたら、ショックすぎるじゃない。一度喜んで、それから突き落とされるなんて。それなら、もう死んでるんだって信じていた方が、よっぽど楽だと思ったから……。


 組長とシュートさんが顔を見合わせ、そして頷き合っている。それからゆっくりと、穏やかな口調で、組長が私に話しかけてきた。


「……ミキちゃん。いいかい? 君に何があったのかはわからない。だが、これだけは言える。君は生きているし、ここは死後の世界なんかじゃない。現実だよ」


 しっかりと重みを持ったその言葉は、じわじわと私の頭で処理されていく。語りかけるように、言い聞かせるように、私を労わるようにという気遣いが伝わった気がした。でも。


「死んで、ない……? でも、私は確かに……」


 開いた両手に視線を落とす。小刻みに震えているのが見るだけでわかる。

 だって、私の腕はもっと細くて、今にも折れそうなほどだった。声だって出せなかったし、自分の足で歩くなんてもっての外な状態だったんだよ? なのに、この手は白いけど血色もだいぶ良くて、ちゃんと叫べたし、歩けたし、走れて……そんなの、夢じゃなきゃ無理だよ。天国でもなければ無理だよ。生きてるなんて、信じられないよ。


「お、おい」


 ギューっと自分のほっぺたをつねってみた。力一杯、つねった。


「……痛い」

「そりゃそうだろう。そんだけ思い切りつねって……あーあ、頬が赤くなってるぞ?」


 シュートさんが慌てたように私の手を頰から外す。そのまま私の頰を優しく撫でてくれた。……温かい。


「夢じゃ、ない。……天国でも、ない……?」

「ああ、現実だ」


 シュートさんの両手が、私の両手を握り込んだ。本当に? これが、現実なの? 喜んで、いいの?


 でも、だとしたら、なぜ。私の戸惑いがわかったのか、組長が一つ提案があると口にした。提案?


「私はギフト『先見』を持っている。これは先を見通すだけでなく、今まで何があったのかなんてこともある程度見ることが出来るんだ。効果を発揮するにはポノフィグフォルムにならなければいけないんだけど……いいかい?」


 ……ん? えーっと、え? 何か許可を求められている気がするんだけど、何のことかさっぱりわからない。衝撃的な事実を聞かされて、私、かなり動揺していたはずなんだけど、わけがわからない話をされたことで動揺よりも混乱が上回った気がする。


「へー、さすがは組長ですね。なかなか珍しいギフトを持っているようで」

「マコトくんは噂通りに上から目線で物を言うねー? どうせ私のポノフィグフォルムは一部変化ですよーっと」


 疑問符だらけの私を置いて、マコトと組長は何かを言い合っている。組長はいじけてる? マコトはふんぞり返ってる? なんのマウント合戦なの?


「ちょ、ちょっと待て二人とも。ミキがショートしてるぞ」


 プスプスと頭から煙が出るんじゃないか、ってところでシュートさんが助け舟を出してくれた。ほんと、説明プリーズですよ、もう。


「もしかしてミキ、お前はポノフィグを知らないのか?」

「えっ!?」


 シュートさんが窺うように私の顔を覗き込みながらそういうので、コクリと一つ頷いて見せた。すると、信じられない! というようにマコトが大げさに驚いた。なによう、知らないものは知らないの!


「ギフトっていうのも知らないです。だから、さっきからずっとなんの話をしてるんだろうって……」

「は、はぁ!?」


 この際だ、引っかかっていたことは全部、聞いてしまおうと思って聞いてみると、またしてもマコトの呆れたような声。君には聞いてないのっ! もうっ!


「いや、ポノフィグもギフトも知らないなんてあり得ねーでしょう!? この世界に生まれ落ちたら誰もが例外なく与えられて、物心ついた頃から当たり前のように使いこなすものだってのに! それはお前、自分の名前がわからねーって言ってんのと同じですよ!?」

「マコトくん!!」


 早口で捲し立てるマコトに一喝を入れたのは組長だった。穏やかな様子からは想像も出来ない声量と迫力に、私もマコトもビクッと身体を震わせてしまった。


「……だから、深刻なんだよ。君は少し黙りなさい」

「っ……すみません」


 すごい、マコトが素直に謝った……でも、深刻だって言うけど、私にはそこまでの事態とは思えないんだよね。……ん? 名前もわからないって言ってるようなものって言ってたっけ。それなら深刻かも。

 ここは私の知ってる日本じゃないんだ。それどころか、たぶん地球ですらないんじゃないかな? だって、髪や瞳の色もそうだけど……なんとなく、文化とか常識みたいなものが違う気がするもん。


「驚かせて悪かったね。ミキちゃん、要は君の過去を少し覗かせてもらえないかって聞いているんだ。そうすれば、ミキちゃんがなぜここにいるのか、わかるかもしれないからね」


 そ、そんなこと出来るものなの? でも、当たり前のように言ってるし、嘘をついているようにも見えない。今はそれを信じるとして。

 過去、か。これといって隠したいこともない人生だったし、別に構わない。私も、今の状況を知りたいし。そう思ってすぐに首を縦に振る。


「いいですよ。面白くもなんともないですけど……」

「はは、面白いから見るわけじゃないから。それに、ポノフィグがなんなのか、見てから説明を聞いた方が早いと思うしね」


 おぉ、謎のポノフィグ。見せてくれるんだ……なんだか未知の世界でワクワクしてきた! いつの間にか手の震えも治まったし、不安より好奇心が勝ったっぽい。私って案外、図太いんだなー。

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