第2話 ミキ、町らしきものを発見
「あっ……」
と言う間だ。文字通り。ライオン人間(暫定)は姿を消した。ものすごいスピードで走り去ってしまったのだ。気のせいでなければさらに変形していたように思う。四つ足で走って行ったし、毛並みの黄色が濃くなっていたし、服はなくなって不思議な鎧のようなものを纏っていたから。ふむ、ここには不思議な生き物がいるんだなぁ。
「あれ、ひょっとして、私……どこかに行かなきゃ行けないのかな?」
ふと、疑問に思ったことを口に出す。誰も聞いてないんだから声に出す必要はないんだけど、なんとなくだ。私は死んで、ここにやってきた。けど今その状態で止まってるんだよね。
天国に来たら来たで、何かしらの手続きとかしなきゃいけないとか、あるのかなって。ライオンさんの出現からして、ここに誰もいないわけではなさそうだし、死んだ人はここに集まりますよーとか。ほら、なんか、そういうのないのかな? 死後の世界なんて初めて来たからわからないけど。なんども渡りかけはしたけどさっ。
うーん、このままここでぼんやりと無為に時間を潰してもいいんだけど、それはそれで退屈だ。せっかく自分の足で移動出来るわけだし、綺麗な場所だし、この先どうなるにしろ、この状況をもう少し楽しんでみようかな。うん、そうしよう。
当てもなく歩いても仕方ないので、さっきのライオンさんが走り去って行った方に向かってみる。少なくともその先にはライオンさんの目的地があるはずだ。知らないけど。
私は、ウキウキした気持ちで立ち上がり、スキップしながらその方向へと向かった。スキップ、初めてしたけど出来てるかな?
「……お嬢ちゃん、迷子かな?」
そして今、私はお巡りさんのような騎士のような、取り敢えずなんだか町の治安を守ってそうなおじさんに話を聞かれている。ずっと歩いていたら段々、人が増えていって、その人たちについて行ったら町のようなものが見えてきたんだよね。みんなが通っていくからそのまま通ろうとしたんだけど……身分証明書は? なんて聞かれて、ないですって答えたことでこの狭い小部屋に連れてこられた。交番みたいなものかなぁ? 本物は初めて見たよ。それにしても、このおじさんが着ている制服、特殊な作りだなー、物語に出てきそう。鎧っぽいもん。
「えーっと、どこに行ったらいいのかわからなくて」
「……迷子だね」
とりあえず、聞かれたことに答えたら迷子認定されてしまった。まぁ似たようなものだろうからいいか。色々とわからないことだらけで誰かに聞きたかったし、ちょうどいいよね!
「お家の人は一緒じゃないのかい?」
「私だけ、気付いたら草原にいたから……両親はきっと、今も元気に過ごしてます」
死んでしまったのは私だけだもん。最期に見たのは涙でぐちゃぐちゃな二人だったけど、それでも笑顔を見られたから私に悔いはない。ちゃんと成仏しようと思ってるよ。
「っ……そう、か。色々と、大変だったね」
「? ええ、まぁ。でももう思い残すことはないので……」
なんだか痛ましい目で見られてしまったから思わず首を傾げてしまったけど、そういえばこの目は良く見たな。私の病状を知って、良く向けられた視線。私はそれを見るたびに心苦しく思ったものだ。
きっとこの人は天国への門番みたいな存在なのだろう。だから私の生前での闘病生活を知っていて、労わるような目で見てきたのかも。今は解放されたからいいのに。けど、心優しいからこそ、そういう目で見てくるっていうことを私は知ってる。だから、いくら私がその目を向けられるのが好きじゃなくても、やめてとは言えないんだよね。苦笑を浮かべることしか出来ない。
「これからどうするつもりだい? 行く当てはあるのかな?」
ところで、この人妙に子ども扱いしてくるなぁ。年齢ぐらい、知ってるよね? 子どもは子どもで対応も一緒なのかも。そう思おう。
で、行く当てかぁ。死んだ魂が向かう先なんて、そうなったら自然とわかるものなんだと思ってたからなー。とりあえず、進んでみればわかるんじゃないかな? 知らないけど。
「えっと、たぶん!」
「うーん……」
ひとまず、自信を持って返事をしてみたけど、その返事の内容が曖昧すぎてダメだったっぽい。意外と審査が厳しいんだな。死んでも苦労するなんて。でも、こういう人とのやりとりが実は楽しい。さっきからワクワクしっぱなしなんだ。なんだか一人前になったみたいで! 私が期待に満ちた眼差しで見すぎていたからかな、門番さんはポンポンと頭を撫でてきた。
「仕方ない。俺がまずはザムラー組合まで連れて行ってやるよ。そこならお前みたいな境遇のヤツでもなんとかやってけるからな」
「ザムラー、組合?」
聞き慣れない単語だ。組合はわかる。ベッドの上でずっと過ごしてきたとはいえ、勉強はしてきたからね! これでも成績はいいんだ!
「知らないのか?」
意外そうな顔で門番さんがそう言うけど知らないものは知らない。最近の流行かなんかかな? それなら知らなくても仕方ない。ずっと生死の境を彷徨って起き上がれなかったから。なので、正直に知らないと答えた。
「そうか。ザムラーってのはマナストールを集める、要は収集家だ。そいつらを育てたり収集に力を注げるように手助けしてくれる組織がザムラー組合。小遣い稼ぎも出来るからな、今じゃ職業斡旋所みたいな場所になってるから、お前みたいな子どもにもピッタリなんだよ」
マナストール? 収集? というか小遣い稼ぎって。て、天国でも働かなきゃいけないってこと? 生きてる時みたいに? それって、それって……!
「すごく、素敵……っ!」
働くなんて、私が、働くなんて……! それは手の届かない夢だった。ちょっとしたおつかいでさえ、息が切れて歩けなかった私にとっては、本当に夢のまた夢。それが、死んでから出来るなんて思ってもみなかったよ!
「ははっ、そんなに素敵かい? 働くってのは大変なんだぜ?」
喜びに震えていると、門番さんからのそんな一言。
「だから嬉しいの! 私、自分で何かをさせてもらえたこと、ないから!」
「っ!」
だから、大変だろうがなんだろうが、させてもらえるだけですっごく嬉しい。挫折とか、失敗とか、それすら経験したことがないんだから。ううん、正確にはあるけど、それは不可抗力によるものだったもん。一人でお散歩しようとして途中で倒れたり、こっそり病室を抜け出してみようと思って途中で倒れて失敗したり。……倒れてばっかりな人生だったな。
「……お前、名前は?」
あれ? 生前の苦労は知ってそうなのに、名前は知らない? んー、死んだ人も多いだろうからそこまで覚えてないってことかな。……ふと、知らない人にはほいほい個人情報を知らせちゃダメっていう教えが頭に過ぎる。
「あ、えっと……ミキです」
様子見ってことで下の名前だけにしておいた。漢字はともかく、響きだけならよくある名前だし!
「よし、ミキ。心配しなくていい。この街では俺が面倒を見てやるからな! 俺はシュートだ」
あ、良かった。特に聞かれなかった。というか門番さんも名前だけだし、問題なさそう。それにしても親切な人だなぁ。子どもだから、放って置けないと思ったのかもしれない。それが仕事なんだろうけど。
「えっ、いいんですか? ありがとうございます、シュートさん!」
そう簡単に人を信じちゃダメだとは思うけど、この人は門番さんだし、今頼る人としてはベストなはずだ。
「子どもなんだからんなこと気にするな。これも仕事だしな!」
ちょっと用事が出来たからここ代わってくれ、とシュートさんが仲間に呼びかけるその姿を眺めながら、私はそうか、仕事なら余計に信用出来るな、などと考えていた。今更、騙されようがあんまり関係ないと思うけどね。だって私、死んだわけだし。
あっ、でもザムラーとかマナストールとか組合とか、面白そうなことを体験してから成仏したいな。もしかして、これが神様からのギフトなのかも! やりたかったことを体験させてくれるなんて、神様は気前がいいっ!
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