会いに行きます、女神さま!〜無能ギフト「健康体」を手に入れた元虚弱少女の元気いっぱい宝探し〜
阿井 りいあ
終わりと始まり
第1話 ミキ、動ける身体に大興奮
これ以上ないほど生きることを望まれた私の名前だ。
「……っ! 望生っ! いやよ……まだ、まだ逝かないで……っ」
ママの祈るようなか細い悲鳴が聞こえる。ああ、泣かせてしまってごめんなさい。でもたぶん、今度こそ私は死ぬ。
これまでだって、何度も峠を越えてきた。何度も死にかけて、なんとか命を繋いで。そんな日々がずーっと続いたんだ。今回のは無理だって、本能的に察した。だから本当にこれでおしまい。ついに私は死ぬのだ。
十五歳という若さで、と人は言うかもしれない。でも私からすれば十五年もの間よく頑張ったと言いたい。言ってもらいたい。生まれつき身体が弱くて、人生の九割は病院で生活してきたのだ。病室の天井、窓から見える殺風景な街並み、身体に繋がれたなんかよくわからない管の数々に、注射を打たれすぎてボロボロになった細すぎる腕。
頑張ったよね? 私、すごく頑張った。ただ「生きる」ということだけを。だからね、私、死ぬのは怖くないの。もう楽になりたいんだ。
本当はもうずっと前からそう思ってきた。けど、何も出来なくとも生きていて欲しいと願うパパとママに、そんなこと言えるはずもないよね。親不孝でごめんなさい。でも、でも、お願い。泣かないで。私が欲しいのはそんな言葉じゃないの。
「奈生、もうやめよう。僕らは望生に、もっと言わなきゃいけないことがあるだろう?」
そろそろ痛みも感じなくなってきた頃、パパの低い声が静かに鼓膜を揺らした。鼻声だ……パパも、泣いていたのかな。ごめんね、ごめん。
「うっ……そんな、でも、……っそうね。そう、決めていたものね」
続くママのくぐもった声。ハンカチに顔を埋めていたのかな。ふふ、簡単に想像できちゃう。その姿、見られたらよかったんだけど……もう目も開けられない。
「……愛してるわ、望生。ずっとずっと、頑張ってくれてありがとう」
「よく頑張ったなぁ……望生。俺たちの子に生まれてきてくれて、ありがとうな」
……あぁ。
もう、思い残すことはないな。私、その言葉をずっと待ってた。私の生きた意味はあったんだ。頑張ってきた意味は今この瞬間のためにあった。
本音を言えばね? やりたいこと、望み、ほとんど叶えられなかったよ。もっともっと楽しいこと、いっぱい経験したかった。私だって年齢だけで言えばもうすぐ女子高生だったんだもん。なれなかったけど。でもね、この両親の間に生まれてこれて良かった。私は幸せだったって言える。どうか自信を持ってね? あなた達の娘は、世界一幸せだったんだから。
けど、願わくば。生まれ変わることがあるなら、今度は健康な身体に生まれたいな、なんて。ちょっぴり贅沢な願いを胸に、私は死に向かって落ちていくのを感じ────
────貴女に
「あ、れ?」
私は、草原の上に立っていた。え? 立ってる!? 十年ほど立つことも出来なかったのに! 恐る恐る足も動かしてみる。……動いた。私の意思で、足が動く。一歩、足を前に踏み出してみると、サクッという地面を踏み締める音が聞こえた。その音をもう一度聞きたくてもう一歩。さらに一歩。それを繰り返し、私は歩いた。
「あ、歩いてる……ははっ」
自分の足を動かすことで、周囲の景色が変わる。見渡す限り草原だから、そうまた景色は変わらないけれど。でも、外に出るのなんて数ヶ月ぶりだったし、こんなに綺麗な景色を見たのなんて、幼い頃のわずかな間だけ楽しんだピクニック以来だ。
「あ、そっか。ここ、天国なんだ」
身体が弱くて、悪いことなんか出来ない人生だったもんね。害にもならない存在だったから、神様が天国に連れてきてくれたのかもしれない。そうだ、そうに違いないよね! だってそうでもなきゃ、あの状態から私が今ここにいる理由がわからないもん。
そういえば、意識を飛ばす前に声が聞こえた気がしたな。貴女に、ギフトをって。ギフトって、プレゼントってことだよね? そっか、頑張ったご褒美に自分で歩けるようにしてくれて、こんなに綺麗な景色を見せてくれたのかも。成仏する前のほんのひと時かな? これは神様に感謝しなきゃ。神様、本当にありがとうございます。
「あっ、お花畑がある!」
歩き続けていたら、少し先の方に一面淡いピンク色の場所が目に入ってきた。遠くからでもお花が咲き誇っているのがよくわかった。なんのお花だろう? まぁいい。お花畑なんて初めて! 私は駆け出した。
「わぁ、わぁぁ……! 私、走ってる! 生まれて初めて!」
地面を蹴ると、グンっと身体が前に進む。走ることには憧れがあったから、脳内で何度もシミュレーションしてきた。それが今、実際に自分の足を動かして走れているという事実に感動する! 耳もとで風の音が鳴る。それが自分で起こしているものだっていうのがとにかく嬉しい。
「わ、あっ」
でも調子に乗っちゃったみたい。お花畑に着いたはいいものの、止まり方がよくわからずそのまま転がってしまった。幸い、お花を潰すコースにはいかなかった。あ、危ない危ない。
「痛たた……これが、転んだ時の痛みかぁ」
走ったのが初めてなら、転んで怪我をするのも初めてだ。掌と膝にすり傷が出来ていて、そこから血がじんわりと滲んでいた。痛いけど、ちょっぴり嬉しい。病気の苦しみには慣れてるんだけど、こういう痛みは初めてだったから。
「でも、あれ? 夢なのに痛いって思うの、変? 夢とはまた違うのかな?」
私は死んだはずだもん。もしかすると、死後の世界ではそれが当たり前なのかもしれない。首を傾げていると、サラリと顔に落ちてきた黒髪が頰に当たった。髪がぐちゃぐちゃになった模様。長い髪をゆるくサイドでまとめていただけだったから、走ったり転んだりした勢いで解けてしまったみたいだ。
というか、今さら気付いたけど服も替わってる。私の好きな水色のシンプルなワンピースに茶色の紐靴。こんな服や靴、持ってたっけ? まぁいっか。
「そうだ、もう寝たきりでもないんだから、憧れのポニーテールにしちゃおう」
頭の後ろで髪を纏めることなんて、これまで出来なかったからね! だって寝る時に邪魔だから。ほぼ横になってる私には縁のない髪型なんだよね。髪を切ってもよかったんだけど、パパやママがせっかく綺麗な真っ直ぐの髪なのにって切らせてもらえなかったのだ。私としても、このサラサラの髪質はまとめやすくて気に入ってるけど。
ギュッと髪を高い位置でまとめ終えた私は、その場にぺたんと座り込んだ。改めて目の前に広がる一面の花畑に目を奪われる。全部同じピンク色かと思っていたけど、白や濃いピンク、薄いピンクと様々だ。時々、黄色もある。なんだかコスモスみたいなお花だなぁ。
しばらくその光景に目を奪われてぼんやりしていると、フッと影が差した。雲が太陽でも隠したのかと思って自然と上を向く。
「……」
「……」
と、そこには大きな、それはとても大きな何かが立っておりました。人? 人かな? 二本足で立ってるもんね。でも、顔がライオンっぽいし尻尾もついてるし、爪もある。でも服を着てる。それと……すっごく綺麗な瞳だ。金色の目なんて初めて見た。
未知との遭遇に言葉を失う。でも、ここは死後の世界だし、こういう生き物が住んでるのが普通なのかもしれない。私はすでに死んでいるから、ここで食べられたりとか襲われたとしても問題ないだろうし……何より、この人? は別に怖くない。見てても全く怖いとは思わなかったから、なんとなく大丈夫だろうなーと思って観察に徹しさせてもらった。
……動かない。え? 生きてる、よね? ずっとこっちを見つめてひたすら佇んでいるのはやっぱ、おかしい、よね? けど死後の世界だから変なことが起きていてもおかしくはない、の、かな? でも目を見開いて硬直している様子はなんか、かわいそうに思えてきた。
「……こんにちは?」
「っ!?」
だから、挨拶でもと思って私から声をかけてみた。笑顔も心掛けたよ。そのおかげか、いやそのせいというべきか。ライオン人間(暫定)は驚いたように目をカッと見開いて、ようやく動きを見せてくれた。思い切り後ずさる、という形で。私、怖くないよー?
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