にゃんとにゃ

川で日向ぼっこ

にゃんと我が家の猫は


はぁ・・・


重たい手で扉を開けると慣れた手つきで首元を緩める。

鞄を投げ出してベットに沈み込むとじんわりと身体の重みが増して行った。



俺、神木有利かみき ゆうりは20歳になる。

もうすぐ社会人3年目に突入するが未だにこの疲れだけは慣れない。


ペコペコと頭を下げて廻り、怒られることも少なくはない。

段々と慣れてきたかと思う仕事も、上司に理不尽に怒られてはやる気も削がれていく一方だった。



不意に聞きなれたメロディーに顔だけを動かす。


投げ出した鞄からだった。

瞬時に顔を歪めて会社からかと無理やり身体を起こして携帯を取る。



画面に映る文字にほっと一息つくもしぶしぶ電話をとった。




「にゃああああー!!」


「ちょっとあんた!いつ帰ってくるの!!!」


第一声に気が抜けるがすかさず母の大声が耳を突き抜ける。


「ちょ、あんたがそっち行ってから日に日にっ、又吉!しーっ、しーだよ!」


母の会話の合間に、にゃーにゃーと声が聞こえて思わず口元が綻ぶ。


「とにかく!最近酷いんだから1回帰って来なさい!!」


一方的に切られた電話に何処か懐かしさを感じた。




又吉は、俺が産まれる前からずっと居た。

最低でも20年は生きているのだから、化け猫かとも思う。


俺は高校生の頃親と喧嘩し、

卒業後はそのまま家を飛び出して都会で一人暮らしを始めた。


家の農家を継ぎたくなかったからだ。


運良く営業職に着く事が出来、

好きにしたら良いと言う母親と連絡を度々はとっていたが実家に帰らず時間だけが経過していた。

それでも飛び出した時の又吉の悲しそうな顔は忘れられなかった。



結果俺は会社から無理言って有給をもぎ取った。

しっかりと成人式行けよ、とお小言も付けて。



飛行機から降り立つと、肺に入る冷たさが身に染み、帰ってきた・・・と実感した。

そこから約3時間掛けて1時間に1本も無いであろう電車に揺られながら自宅を目指す。




「あ!お兄ちゃん帰ってきたよー!」


大声で手を大きく振る妹が見える。

家に近づくとバタバタと母が家から出てこようとし、その横をさっと何かが通り過ぎる。


「うっわ・・・!又吉・・・!」


飛び込んできた又吉を掴むと嬉しそうにゃあにゃあと鳴く。

あらあらまぁまぁと母と妹は笑って家へと促された。




又吉は俺の膝を占拠しゴロゴロと喉を鳴らす。


「いつまでこっちに居られるの?」


「んー5日までだよ。そういや親父は?」


「あら!あんた成人式どうするの。折角なんだから行きなさいよ?一応出欠にしてあるんだから。

お父さんならしばらく農機具見に行くって内地の方に行ったから帰らないわよ。」


勝手に荷物を開けて、スーツ無いじゃないの!と怒る母親を横目に又吉の毛並みを満喫した。


「お兄ちゃんいない間凄かったんだよー。

最初は犬みたいに毎日玄関に居るし、ココ最近何てずっと鳴いてばっかりだし・・・、ねー?」


妹は又吉をつついては話し掛ける。


「そうよ、あんたみたいに鳴いてたわよ。

お互い寂しいなら一緒に暮らしたらいいのに。あんたんとこ住めないの?」


「俺みたいにって何だよ。残念ながらアパートだしペットは飼えませーん。」


ペット可の家賃は高いしなと考えていると又吉はすくっと立ち上がって膝から降り部屋の奥へと引っ込んで行った。


「ほらぁ、お兄ちゃん又吉拗ねちゃったよ。」


「そうよ。あんた昔、又吉が居なくなった時あんだけ泣いてたのに。」


「そんな事あったっけ?」


そう言われてみれば泣いた事もあるかもしれない。

あったっけじゃないわよ・・・と母親が奥に引っ込むとアルバムを持って帰ってくる。


「ほら、これ。」


中学の入学式の写真だ。

両親と、俺と、猫。


「何で又吉・・・?」


「あんたが学校行く時に見つけたのよ。びっくりしたわよ。4年も居なくなってたんだから。」


又吉が・・・?

ずっと一緒に居た気しかしない。

そんな事、あっただろうか。


「度々居なくなることはあってもすぐ戻ってきてたから・・・あの時は何日も帰ってこなくてあんたずっとわんわん泣いてたのよ?」


「・・・全然記憶にない。」


でしょうね。と母親は言うと、アルバムをしまった。

何だかんだ申し訳なくて奥の部屋に居る又吉のところまで行くとごめんな、と頭を撫でる。

又吉は目を細めていた。




3日間を家でゆっくりと過ごし又吉を構い倒した。

もう年齢が年齢なので走り回ることはしないが、すりすりと頭を擦り付けてくる様子がとても可愛らしかった。


4日目の朝、母親の起きなさい!という怒声と共に布団をひっぺがされる。


「ほら!お父さんのスーツ!」


乱雑に渡されたそれを寝ぼけ眼で

何これ・・・?と受け取ると、さっさと着替えなさいと促される。

勢いに呑まれ着替え始めたところで、あ、成人式かと思い出す。


「一生に1度なんだから行っときなさい!!

あらサイズピッタリじゃない。」


尻を叩かれながら準備をさせられるとコートと鞄と共に叩き出され寒さが身に染みた。


「ほら、行くわよ。」


車の半開きになってる窓から、寒いんだから早くと声を掛けられ、急ぎ足に車へ乗った。



到着すると会場は既に華やかで、記念撮影をしている人で溢れている。


「ゆーり!有利じゃん!お前戻ってきてたのか!」


「おぉ!勝村久しぶりだな!」


小中高と、仲の良かった勝村はここに残って商店街の惣菜店を引き継いでいる。


「売れ行きはどうよ?」


「はは、いつもの閑古鳥だ!」


そんな自分達の話をしながら同郷に会いつつ何だかんだ楽しく成人式は終わった。


「なぁ、このあと早速飲みに行かねぇ?」


「おーいいぞ、お前の奢りか?」


「こっちは田舎モンだぞ!」


笑い合い、じゃああとでと約束をして別れた。

帰りは母親が再び車を出してくれ、

ほら楽しかったでしょ?と自慢げに言うもんだから、ふんと顔を逸らして窓を見つめる。


「・・・あれ」


脇道に猫が居た。

又吉に似ていた気がするが、一瞬だったため気の所為だろう。


家に帰るとすぐさま着替えた。

出掛けるまで時間があるので又吉を構おうと家を探すが居ない。


「母さん又吉はー?」


「あら、あんた迎えに行く時散歩に出てったけどまだ帰ってきてないー?」


まぁそのうち戻ってくるかと、待ち合わせ場所に少し早めに向かった。

目的の場所まであと半分、という所で脇道に佇む猫が居た。

赤い首輪に茶トラの猫。間違いなく又吉だ。


「どうしたんだ?こんな所まで」


抱き抱えると又吉はにゃあと一言鳴いて、飛び降りる。


「にゃあ」


もう一言鳴くと、雪の中に飛び入って駆けていく。

何処か既視感のあるそれに、俺は思わず目的も忘れて道を逸れ追いかけた。


「又吉!又吉・・・!」


どこかへ行ってしまう。

漠然と不安が駆け抜ける。


「にゃあ」


又吉が歩みを止め鳴く。

着いてくるなと言われているようだった。

あの日に重なった。


母が言っていた、あの日に。



そうだ、あの日は確か小学校の帰り道。

あの頃は又吉がよく帰り道の途中まで迎えに来てくれて、一緒に帰っていた。


又吉が急に止まってにゃあと鳴いて、雪の中に飛び入って行ったんだ。

今みたいに。


俺は遊んでるんだと思って、横目にそれを見ながら先に帰ったんだ。

その日から、又吉は帰ってこなくて、あの場所を何日も探したけど見つからなくて、沢山泣いた。


「にゃあ」


「行くのか?」


答えるように、又吉は背を向けて遠ざかって行く。

見えなくなるまで、俺はそれを見送った。

姿が見えなくると、マフラーに顔を埋めて、立ちすくみ、鼻水をすすった。




猫は死の間際、飼い主に姿を見せないと言う。

又吉もそうであったのだろうか。

はたまた・・・



俺が最初に見送ってた時は、確か8歳辺り。

そして中学生になった時に、又吉を見つけた。赤い首輪に茶トラの猫。

一目でわかった。



それから次に居なくなったのは、いつだっただろう。

数週間帰ってこなかったのは高校生半ばだった気がする。


そして、今。





又吉はやはり次の日も帰ってこず、

俺は何となく重たい気持ちと、少しの期待を持って実家を離れた。


また、4年後に、と。





しかし数週間後、

何と又吉はあっけなく帰ってきた。


「お前やっぱり、猫又ぶふぁっ」



それも実家ではなく、俺のアパートに。

見るからによぼよぼだったのに何処と無く若返って見える又吉に猫又と言ったら口に肉球を押し付けられた。




我が家の猫は、どうやら4年に1度居なくなるようだ。




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にゃんとにゃ 川で日向ぼっこ @katakawa

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