三章 食材を求めて
クミルの期待
喫茶店の前で気合いを入れる。扉に手を掛け、……また離す。了解はもらったが、本当に俺が持ってきた食材でスイーツを作ってもらえるのか不安でならない。一応先触れは出して置いたので大丈夫と思うが。
「お兄さん、先入ってもいい?」
扉の前でずっと立っていたせいで、後ろに女の子が二人立っていた。時々見る新米冒険者の子だ。
「すまない。今入るよ」
少女たちを困らせる訳にはいかない。勢いこんで扉を開くと、いつものウエイトレスがにこやかに笑いかけてくれた。俺の後ろで少女たちもこんにちは、と元気よく挨拶している。
「ああ、ジェイドか。いらっしゃいませ」
少女たちが不揃いクッキーを買い求めている声を背後に、ミルズに話しかける。
「忙しい時間にすまない。先日他の冒険者に伝言をたのんでいたんだが」
「聞いているとも。準備はしているよ。食材をもらえるかな」
「おう」
テンションが高い。だが俺もどんなものが出来上がるのか楽しみだ。
今日持ち込んだのは丸い大きな葉っぱをした植物だ。茎の部分が赤紫の色をしている。
「クミルだね。懐かしい……」
「やっぱり懐かしいよな」
今日持ち込んだのはクミルという。故郷ではよく食べていた。どうやら彼女も同じらしい。
「準備してくるから少し待っててくれるかな。これでも食べてて」
席に案内して、豆菓子を置いていく。わくわくしたミルズの背中に期待が募る。俺はただおとなしく豆菓子を摘まんだ。
クミルは茎を切ってよく他の野菜と炒めていた。酸味があってさっぱりする。また赤紫の色がよく出て、鮮やかになる。
故郷に居るときはいつでも食べられたが、外の世界に出るとそうもいかない。クミルがないわけではないが、これを食すのはどうやらエルフ達だけのようだった。いつでも食べられると思っていたものが、食べられないと知ったときに何だか口惜しくなった。自分で作ればいいかとも思ったが、店に置いてあるのは茎よりも大きな葉っぱの方だった。食べ物を包むのに使われることがあるらしい。
茎を食べないのかと伝えたときに、食べられるものだったのかと驚かれた。
今回は懐かしさと、常々これをスイーツに出来ないかと思っていたから持ってきた。街から少し離れた所に群生していたのだ。小動物たちが齧っているのも見たので、なるべく綺麗なものを採ってきた。
昔を懐かしみつつ摘んでいた豆菓子がなくなった頃、ミルズがやってきた。とてもいい笑顔だ。
ミルズは焼き菓子を並べ、横に赤いものが入った別の器を並べた。焼き菓子はどうやら店に出している商品のようだ。
「さて」
何故か彼女も俺の対面に座った。ご丁寧に自分の分も持っている。
「どうかしたかい。ほら、食べようじゃないか」
「お、おう」
赤いものがクミルだろう。少しだけ焼き菓子に付けて口を開ける。
クミルの味がする。懐かしさもあるが、記憶よりも甘く処理されている。甘酸っぱいジャムだ。焼き菓子は逆にプレーンで余計な味がついていない。クミルが引き立っていて、美味しい。
「ふふ、美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
対面を見るとミルズが同じように焼き菓子にクミルのジャムをつけて食べている。俺が大口を開けているのを見て、はにかんでみせた。
「ゲホッ!」
むせた。立ち上がろうとする彼女を制する。
「だ、大丈夫だ」
「酸味がまだ強かったかな」
「いや、甘酸っぱくて美味しいよ。ジャムに出来るんだな」
「時間にもっと余裕があれば、他のも作れると思うんだけどね。今回はクミルの可能性を君に教えようと思って。この酸味はスイーツ向きだよ。良い食材だ。ありがとう」
確かに故郷でもスイーツにはしなかった。それがジャムに出来るなら他のものも出来そうだ。
「それにクミルは私も久々に食べたよ」
ふにゃ、と笑うミルズに顔が熱くなる。ウエイター仕様と違う素の笑みは破壊力がありすぎる。焼き菓子とクミルのジャムを勢いよく食べきると、言い放つ。
「また持ってくる。今度は他のものも食べさせてくれよ」
赤い顔を見られたくなくて、踵を返すと背後から明るい声が追いすがってくる。
「もちろん。またのお越しをお待ちしています」
知らず俺も笑みを浮かべた。
星降る森で ケー/恵陽 @ke_yo_
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