閏日の一コマ 〜一コマシリーズKAC2020−1

阪木洋一

二月二十九日


「あれ、先輩。今日も日記ですか?」

「……うん。今日は早いめに、書いておきたくて」


 二月二十九日のことである。

 休日である本日、平坂ひらさか陽太ようたは、一つ年上の先輩で、男女のお付き合いをさせていただいている小森こもり好恵このえと一緒に隣町まで行き、お買い物、映画鑑賞、そして今は喫茶店でお茶休憩と、つまるところは……彼女と健全なデートを楽しんでいる最中なのだが。

 陽太の向かいの席で、好恵先輩がシャーペンを手にしつつ、愛用の日記帳にちまちまと今日の出来事を書き記していた。


「確か、今年で三年目でしたっけ?」

「……そう。毎日書くのが楽しくて。それに、あとで読み返してみるのもとても楽しいの」

「そッスか。……オレもこの前やってみたんスけど、一週間続かなかったんだよなぁ」

「……陽太くんは、部活がとても忙しかったから、仕方ないのかも」

「そうは言われましても、好恵先輩、日記始めての一年目が受験まっただ中だったのに、それでも毎日つけてたじゃないスか。ホント、すごいッスよ」

「……そう? ありがと」

「――っ」


 ふふ、と控えめに笑って、普段眠たげな半眼を細めた笑顔で言ってくる好恵先輩。

 そんな彼女に、陽太はとても胸を突かれた気分になるも……どうにか堪えることが出来た。

 好恵先輩と付き合い始めて彼女の日記と同じく三年目。

 その時間の中で、何度もキスをしたし、それ以上の関係にも進めてきたとしても……こうやって会って間もない頃と同じく、今も彼女のそのささやかな笑顔に陽太は胸中をときめかせてしまう。

 その回数は、もはや数え切れない。


「……そういえば、今年は四年に一度の閏年だから、一日多く書くことになるね」

「え……あ、ああ、そうッスね。しかも今日がピンポイントで二月二十九日なんスけど、それがどうかしたんすか?」

「……ふと、思ったことがあるの」

「? 何をです?」


 と、陽太が問い返すと。

 好恵先輩は、日記を書き終えたのかパタンと手帳を閉じて。

 少しだけ恥ずかしげに、その手帳で口元を隠す素振りを見せつつ、照れた様子でこちらを見てきて、


「……この日記にはね、陽太くんと過ごした日のことなんかも、よく書いてるんだけど」

「え?」



「――四年に一度多く日記を書くことになるこの日に、陽太くんと過ごした日のことを書けるの、とっても嬉しいなって」

 


「……………………………………」


 なんだ。

 なんだ、この可愛い人。

 胸を突かれたとか、ときめいたとか、そんな次元の話ではない。

 自分の中でゴトリと音が鳴って、そのまま意識が真っ白の彼方へ――


「……陽太くん?」

「! あ、ああ……その、すんません、幸せすぎてハイになってました。いろんな意味で」

「……?」


 可愛い人――もとい、好恵先輩が話しかけてくるのに、陽太はどうにか現実に戻ることが出来た。

 彼女と共に過ごせる幸運を実感する度にこうなるけど、今回は強烈すぎた。

 それこそ燃え尽きそうになるくらいに。


「好恵先輩」

「……なに?」

「オレも、嬉しいッス」

「……うん。両想いで、嬉しいね」

「あの…………トドメ刺すの、やめてもらえませんかね?」

「……?」


 本当に、彼女のそうやって無防備に攻めてくるところ、ずっと変わってないのが、陽太をいろいろ惑わせてしまうのだ。

 その上で、これから先に彼女と過ごしていく日の中で、四年に一度、こういう強烈な日が来ると思うと。

 陽太、またも意識が飛びそうな気分であると共に。


 ――次にやってくる四年に一度も、好恵先輩にとって嬉しいことを書いてもらいたいな。


 自分のために、そして彼女のために陽太は願わずにいられない、そんな閏年の一日だった。

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閏日の一コマ 〜一コマシリーズKAC2020−1 阪木洋一 @sakaki41

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