KAC2020
タチバナエレキ
くらやみとチョコレート
どうしても忘れられない冬がある。
2014年2月、東京でも物凄い雪が降った日があった。
そう、テレビは冬季オリンピック一色だった頃。
自分は丁度仕事で色々大変な時で、オリンピック見たくても余り見られなかった。
元々スポーツ観戦が趣味だし、余裕のある時は友達とスノボに行く事もあったから本当は楽しみにしてたんだ。
でも丁度ベテランのパートさんが2人程家庭の事情で退職した直後で派遣や新人も急には雇えず兎に角仕事が大変な時期だった。
だから気になる競技を厳選して録画だけしておいて、休みの日とかにまとめて見ようと思ってたくらい家に帰ったら飯・風呂・寝るだけの生活だった。
とは言え肝心の休みの日もぶっちゃけ疲れて寝る事優先してたし、録画した分もそれ程消化出来なかった。でも月末になれば少し時間が出来るはずだったからまあいいやと思って激務に耐えていた。
丁度バレンタインの日が金曜だった、それはよく覚えている。
長く付き合っていた恋人から夕方位に「会えたら会いたいけど流石にこの雪じゃ無理かな。また後で様子見て連絡するね」と連絡があったので「了解、こっちも忙しくて無理かもしれない、ごめん」と返事をした。
正直あの雪で停電にならなかったのは奇跡だったと思う。
仕事はかなり早めに帰らせて貰えたけどあの雪だったから帰るのもちょっと一苦労で。
職場から自宅までそう遠くはなかったのが幸いしてなんとかなったけど、家についた時は残業した時以上の疲労感があった。
帰宅すると、ドアノブに紙袋が掛けてあった。小さな紙袋。
その時それは同じ市内に住む恋人若しくは実家の母か妹が持ってきてくれたチョコだろうと思って手に取り、すぐ部屋に入った。
その時は風呂に入る事さえ面倒で、顔だけ洗うと飯もそこそこにすぐに布団に入ってしまった。
とりあえずテーブルに置いたその紙袋を開く余裕もない位に疲れていたんだ。
後になって冷静に考えたら恋人なら合い鍵を渡してたから雪の中わざわざアパートまで来たのなら家に入って待って居れば済む話だ。
それにこの大雪で交通機関も不安な中、幾ら近場とは言え恋人や妹がわざわざチョコひとつドアノブに掛けるためだけにやって来るのはおかしいと早く気付けば良かった。
理由があって俺に会う前に早々に帰宅しなければならなかったにせよ、ひとつ連絡を寄越せば済む話なのだから。
そもそも恋人は「行けないかもしれない」というメールをきちんとしてくれていたのに。
そんな小さな違和感に気付かず眠ってしまった。
寝たのが夜の8時過ぎとか大分早めだったのもあって、朝の4時とか5時に目が覚めてしまった。
何気なく寝ぼけ眼でテレビをつけると丁度スケート競技が終わったところで、日本人選手が金メダルを取った瞬間だった。
そう言えば妹も母親もその選手のファンだった。
恐らく徹夜で見ているだろうと思って「良かったね」とでもメールしてやろうと思いスマホを探す。
すると恋人からメールが届いている事に気がつく。時間は丁度俺が寝付いた時間位に届いたらしい。
「バレンタインのチョコとプレゼント渡したかったけど、やっぱりこの雪だからそっちには行けないや。最近疲れてるみたいだけど大丈夫?日曜にもし余裕あったらアパートに寄ってもいいかな?」
あれ?と思ってテーブルの上の紙袋を見る。
じゃあ紙袋を持ってきたのは妹だろうか、と思い、メールをしてみると案の定起きて居たようですぐに反応があった。
紙袋に手を伸ばしながら「ところでお前、昨日俺の部屋まで来た?」と返してみる。
「いや、この大雪の中行くはずないじゃん。大学も無いし、バイトも短時間で上がらせて貰ったし、夜中にフィギュア見たかったから夕方から夕飯の時間まで仮眠してたよ。そうだ、バレンタインのチョコお母さんと一緒に買ったから渡すよ。土日に実家来られるようなら来てよ」と長いメールが届いた。
じゃあこの紙袋はなんだ?
紙袋は俺でも知ってるくらい有名なチョコレート屋の物だ。だから「ああバレンタインだな」と思って脊髄反射で手に取ったんだ。
強張る指先で恐る恐る紙袋を開く。
俺は急いで着替えて鞄を掴むと、転がるようにしてアパートを出た。
幾ら雪とは言え、この時間ならもう始発は過ぎているはずだ。
とりあえず実家に逃げる事にした。
真冬の早朝、真っ暗闇の中、俺は雪に足を取られながら必死で駅に向かった。
紙袋から出てきた手作りと思われるチョコと差出人不明のカード、それは部屋に置いたまま。
その文面だけは今でも思い出したくない。
KAC2020 タチバナエレキ @t2bn_3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます