泥に咲く花

永井 茜

本編

【登場人物表】

牧村まきむら日南ひなみ(22)

国見くにみはるか(17)


黒木くろき友繁ともしげ(32)

城田しろた康生こうせい(32)

佐々木ささき玲奈れな(20)

藤田ふじた友里ゆり(20)

久住くずみ純子すみこ(40)

真島ましま拓也たくや(29)




〇 マンション・705号室(夜)

  薄暗い部屋の中、ドレッサーの前で化粧をしている少女の後ろ姿。

  化粧を終えた少女の顔が、鏡に映る。

少女「…うん、可愛い。可愛いよ、ひなみん」

  その顔は、次シーンに登場する牧村日南(22)と、同じ顔である。


〇 カメラのモニター

  魔法少女チックな黄色い衣装を身にまとった日南、可愛らしく振る舞っている。

日南「はい! あなたのハートにアブラカタブラ!見習い魔法少女の17歳、ひなみんこと牧村日南です!」


〇 ライブハウス・楽屋

  狭い楽屋に一列に並ぶアイドルグループ『マジカル☆マジョリン』のメンバー。青い衣装を着た佐々木玲奈(20)、赤い衣装を着た藤田友里(20)、日南。

その様子を、男性カメラマンがビデオカメラで撮影している。

玲奈「えー、トークテーマは『マジカル☆マジョリンの最近のマイブーム』です!」

友里「マイブームかー…。あ!」

  スマホを取り出し、画面をカメラに向ける。

  画面には、バーチャルユーチューバー、キズナアイの動画一覧が映っている。

友里「最近は、バーチャルユーチューバーのキズナアイちゃんにハマってます!」

玲奈「あ、確かにいっつも見てる!」

  日南、笑顔で相槌を打っている。

カメラマン「ひなみんのマイブームは?」

  友里、玲奈、一斉に黙る。

日南「そうですねー…。ハリーポッターの魔法同盟ってアプリがあるんですけど、ずっとそれやってます!」

友里「…へー!」

日南「やっぱり、普段から魔法のこととか考えてないと、立派な魔法少女にはなれないと思うから!」

  玲奈と友里、適当に相槌を打つ。

   ×   ×   ×

  カメラマンがいなくなった楽屋で、玲奈は足を組んでスマホを弄っており、友里は煙草を吸っている。

  トイレに行っていた日南が、ポーチ片手に戻ってくる。

日南「(低い声で)痛ってえ…」

  椅子を並べてそこに横になる。

友里「何、生理? ライブできんの?」

日南「なめんな、誰だと思ってんの」

友里「はいはい、『魔法少女ひなみん』」

玲奈「っつーか、まだやんの、この設定? 魔法少女がコンセプトのアイドルとか、オタク受け狙いすぎてマジできめぇんだけど」

  扉が開き、プロデューサー兼マネージャーの城田康生(32)が楽屋へやってくる。

城田「そんじゃあまた、誰からも見向きされない無個性アイドルに戻るか?」

玲奈「…そんなこと言ってないじゃん」

城田「玲奈も友里も、日南を見習って設定貫けよ。なんだ、マイブームはバーチャルなんちゃらって」

  日南のもとへ行き、背中を軽く叩く。

城田「大丈夫かー、日南?」

  日南、城田の手を払う。

城田「なんだよ、心配してやってんだろ」

日南「…」

城田「…そうだそうだ、ツイッター用の写真撮んなきゃな」

  日南に向かってスマホのカメラを向ける。

  日南、咄嗟に笑顔を作る。

城田「やっぱお前は笑顔が一番だぞ、日南」

  日南、無表情になる。


〇 同・ライブフロア(夜)

  狭いライブフロアの中、最前にペンライトを持った男性客が詰め寄せている。

  フロア照明が落ち、観客がペンライトを灯して歓声を上げる。

ファンA「れなぴょーん!」

ファンB「ゆりりーん!」

ファンC「ひなみーん!」

  後方のPA卓にいるライブスタッフ、真島拓也(29)、機材を操作する。

  ステージ照明が点いて曲が流れ始め、玲奈、日南、友里の順番で登場してくると、より一層の歓声が上がる。

  笑顔の3人、観客に手を振りながら、各々の立ち位置に着く。

日南「みんなー! 来てくれてありがとうー! それじゃあいっくよー!」

3人「マジカル☆マジョリンのマジカルミサ、スタートー!」

  熱狂状態の観客。

  ステージで踊り、笑顔を振りまく、日南。


タイトル 『泥に咲く花』


〇 同・ライブフロア(夜)

  日南、玲奈、友里の3人の前に1列ずつファンが並び、チェキの撮影をしている。

  日南の列に並んでいた国見遥(17)が先頭に出る。

遥「(小声)お願いします…」

日南「遥ちゃん! 今日も来てくれたんだ!」

  遥の手を取り、ぎゅっと握り締める。

遥「ひなみん、今日も素敵だったよ…」

日南「嬉しい、ありがとう~! 今日はどんなポーズがいい?」

遥「あの、手でハートつくるやつ…」

日南「オッケー!」

  遥の手を取り、2人の手を合わせてハートマークを象る。

  スタッフ、チェキを撮影する。

  日南、スタッフから現像されたチェキを受け取り、サインを書いて遥に渡す。

日南「ひなみん、遥ちゃんぐらいしか女の子のファンいないから、来てくれると本当に嬉しいの! いつもありがとうね!」

  遥、チェキを見つめて、幸せそうな笑顔。

玲奈の声「キャーッ!」

  その場の全員が一斉に玲奈の方を見る。

  玲奈と一緒にチェキを撮っていたファンDが、玲奈に抱き付いている。

  玲奈のチェキを撮影していた真島、慌ててファンDを引き剥がす。

真島「おい何してんだ!」

ファンD「れなぴょん好きだ! 好きだーっ!」

  城田、急いでやってきて、日南ら3人をフロアから連れ出す。

城田「チェキ会は中止です! 申し訳ありませんがお帰りください!」

  ファンたちの悲嘆の声。

  遥、去っていく日南を見つめている。


〇 車中(夜)

  日南の所属する芸能事務所の社員、久住純子(40)が運転する乗用車の車中。助手席に日南、後部座席に玲奈と友里が座っている。

玲奈「あーっ、キモイキモイキモイ! まだ身体がざわざわしてる!」

純子「災難だったわね。まあ、アイドルである以上、ああいうのは避けられない運命ね」

  日南のスマホからツイッターの通知音が鳴り、日南、スマホを確認する。

  『牧村日南』のアカウントの【今日のミサに来てくれたみんなありがとう! 映りこんでるのはファンの方から頂いたお気に入りのお化粧ポーチです!】の新規ツイートに、前シーンで城田の撮った写真が添付されている。

日南「(しかめ面で)…」


〇 アパート・外観(夜)


〇 同・日南の部屋(夜)

  ワンルームの部屋に、電気がつく。

  部屋の真ん中に、起き上がり型の空気製サンドバッグが置いてある。テレビ横のカラーボックスには、ロッキーシリーズのDVDが並べられている。

日南、荷物を降ろし、スマホを操作してロッキーのテーマを流し始める。

  スマホを置いて、軽く準備体操をしてから、曲の盛り上がりに合わせてサンドバッグを殴り出す。


〇 雑居ビル・外観

  4階の窓に、M×M芸能事務所の看板。


〇 M×M芸能事務所・会議室

  日南、玲奈、友里、並んで座っている。

  城田、幾つかの宅配物(ファンからのプレゼント)を抱えて会議室へ入ってくる。

城田「早速来たぞ、日南宛のプレゼント!」

  差し入れを全て日南の前に置き、スマホのカメラを日南に向ける。

城田「ツイッター効果はでけえな。撮るぞ」

  日南、プレゼントの前で笑顔を浮かべ、城田が撮影し終わると無表情に戻る。

日南「…あのポーチ、自分で買ったんだけど」

城田「つべこべ言うな、嘘も方便だろ」

玲奈「城P! あのキモオタ、どうなった?」

城田「おお、ちゃんと出禁にしといたぞ」

玲奈「はあ!? 警察に突き出してよ!」

城田「あの程度で警察が動くかよ。そう騒ぐな、ちゃんと対策は取ってやったから」

  3人の正面の席に座る。

城田「そんなことより喜べ、魔法少女ども。全国ツアーが決まったぞ」

  玲奈、友里、顔を見合わせて驚き、日南も驚いている。

玲奈「うっそ、マジで!?」

友里「やっばい、ちゃんと売れてきてんじゃん、うちら! どこでやんの?」

城田「横浜、大阪、新潟、最終日に東京」

友里「北海道はナシ? カニ食べたかったー!」

城田「行きたきゃ自費で行け。ま、ツアー自体は今から半年先の話だ。それから、年明けに出す予定のシングル、ツアー限定で先行販売するから、歌入れは来週に前倒しな」

  扉からノック音がして、純子が入室する。

  純子の背後に、どことなくシルベスター・スタローン似の男、黒木友繁(32)が立っている。

純子「城田さん、お客様です。(黒木に向かって)中へどうぞ」

  黒木、純子に会釈してから入室し、純子は事務室へ戻る。

  室内にいた4人、一斉に黒木を見る。

城田「おう、黒木! 適当に座ってくれ」

  黒木、城田の隣に座り、日南と目が合い会釈する。

  日南、黒木の顔をじっと見ている。

玲奈「え、誰?」

城田「言っただろ、対策は取ってやったって。うちの新しい用心棒だ」

友里「用心棒?」

城田「ほら、自己紹介しろよ」

  城田、黒木の肩を叩く。

黒木「…黒木友繁です」

城田「こいつは俺の大学の同期で、ライブスタッフのバイトで雇ったんだよ。ほら、オタクどもがビビる見ためだろ?」

玲奈「確かにめっちゃ厳ついけど」

友里「なんかどっかで見たことあるような…」

日南「…ロッキー」

  その場にいる全員、日南を見る。

日南「ロッキーに似てる、映画の」

  玲奈、スマホでロッキーを検索し、画像を表示して友里に見せ、黒木と見比べる。

友里「あー、確かに! ムキムキだし!」

  玲奈と友里からジロジロ見られ、黒木、目を逸らして、鼻の頭をいじっている。

城田「大学の頃に、ボディビルの大会出てたからな。二の腕とか触ってみろ、すげえぞ」

  玲奈と友里、黒木の二の腕を触って、

友里「うわ、硬っ!」

玲奈「これはオタクどもビビるよ!」

  黒木、身を硬くして、困り顔。

  日南、その様子を見ている。

城田「あと太腿とかな。もはや石みたいな…」

日南「来週の歌入れ、何時集合?」

城田「あ? ああ、えっと…」

  スマホでスケジュールをの確認をする。

城田「10時半にスタジオ集合な」

日南「わかった。じゃあ私、バイトあるから」

  席を立ってプレゼントなどの荷物を抱えると、幾つかを黒木に差し出す。

日南「駐輪場までこれ持ってください」

  黒木、素直に荷物を受け取る。

  日南、足早に部屋を出て行き、その後を黒木がおずおずと付いていく。


〇 駐輪場

  日南の自転車の荷台に、次々と荷物が積まれていく。

  日南、黒木から荷物を受け取り、それを後ろの荷台にくくりつける。

日南「ありがとうございます」

黒木「いえ…俺こそありがとうございます」

  日南、自転車に跨り、黒木を見る。

日南「城田の知り合いなんですよね。あいつ、図々しいでしょう。嫌なら嫌ってはっきり言った方がいいですよ」

黒木「…はあ…」

日南「…それじゃ」

  自転車で走り出し、駐輪場を出る。

  黒木、去っていく日南を見送る。


〇 食品工場・外観


〇 同・作業場

  マスクをした日南、梱包作業のバイトに勤しんでいる。


〇 同・休憩室

  休憩中の日南、スマホをいじっている。

  『牧村日南』のアカウントの、前シーンで撮った写真と共に【ファンのみんなプレゼントありがとう!】の新規ツイート。

日南「…」

  ツイートの返信欄を見ると、【これってもしかしてひなみんの別垢?】という返信と共に、『ひなみん』というアカウントへのリンクが貼られている。

日南「?」

  アカウント詳細を見ると、日南によく似たCGのキャラクターのアイコンで、プロフィールに【アイドルとして頑張ってます!】とだけ書いてある。

日南「何これ…。なりすまし?」

  休憩終了のチャイムが鳴り、日南、スマホをしまって作業場に戻る。


〇 アパート・日南の部屋(夜)

  日南、プレゼントの包装を丁寧に剥がし、中に入っていた小箱を開ける。

  小箱の中には、防犯ブザーと手紙。

  日南、手紙を手に取り、読み始める。

遥N「ひなみんへ。この間は大丈夫でしたか?もしもの時の為に、防犯ブザーを送るので、よかったら使ってください」

  日南、手紙を読みながら防犯ブザーを手に取り、スイッチの紐を引き抜いてみると爆音が鳴り響き、慌てて紐を元に戻す。

遥N「ひなみんは私の理想のアイドルです。ずっと応援しています。遥より」


〇 新宿のライブハウス・ライブフロア(夜)

  ステージで歌い踊る日南、玲奈、友里。

  盛り上がる客席を、ステージ脇に立つ黒木がじっと見ている。

  客席後方にいる別アイドルファンの客2人、黒木を遠目に見ている。

客A「何あれ、ランボー?」

客B「マジマジョのスタッフらしいよ」


〇 同・裏口(夜)

  ライブ後、日南、玲奈、友里が裏口から出てきて、後ろに黒木も付いてきている。

  裏口の周囲には出待ちのファンが数人。

ファンA「れなぴょん、お疲れ様!」

ファンB「ゆりりん、これ差し入れ!」

  玲奈、友里、ファン対応へ。

遥「ひなみん!」

  日南、振り向くと、そこには遥の姿が。

日南「嬉しい、今日も来てくれたんだね!」

  遥かに駆け寄る。

遥「うん…。あの、防犯ブザー…」

日南「ああ! あれ、本当にありがとう! ちゃんと宝物箱にしまってあるよ!」

遥「…あの、防犯ブザーだから、持ち歩いてほしいな。ひなみんに何かあったら、私…」

日南「あ…そっか。ごめんね、遥ちゃん。次からちゃんと、持ち歩くね」

  日南の背後に黒木が立ち、遥をじっと見下ろす。

  遥、黒木に気付き、おずおずと後ずさる。

遥「あの、帰り、気を付けて…。お疲れ様…」

日南「ありがとう! 遥ちゃんも女の子なんだから、気を付けてね!」

  遥に手を振り、遥の前から去る。

日南「2人とも、そろそろ行こうー!」

  黒木と共にその場を去る3人。

ファンら「お疲れ様―!」

  遥、日南をじっと見つめる。


〇 歌舞伎町商店街(夜)

  玲奈と友里が前を行く中、日南と黒木、後ろの方で隣に並んで帰路に就く。

日南「黒木さん、今日が初ライブなんですよね。どうでした?」

黒木「…あの、呼び捨てで大丈夫です。俺、ただのバイトですから。敬語も大丈夫です」

日南「…じゃあ、ロッキーって呼んでもいい?」

黒木「え、あ、どうぞ」

  玲奈と友里、日南たちに振り返って、

友里「煙草買ってくるから待っててー」

玲奈「あたしもジュース買ってくるー」

  2人して近くのコンビニに入っていく。

  日南と黒木、道の脇に寄って2人を待つ。

日南「で、ライブ、どうだった?」

黒木「…凄かったです」

日南「…ごめんね、気使わせて。振り付け揃ってなかったし、友里は声ガラガラで、酷かったでしょ」

黒木「でも、牧村さんは、歌もダンスも上手くて、凄いなって思いました」

  日南、黒木を見上げる。

黒木「…すみません、偉そうに」

日南「ううん。まあね、一応私も5年アイドルやってるから」

黒木「え、5年っていうことは、12歳から?」

日南「ああ、17歳っての嘘なんだ。本当は22歳」

  黒木、驚きの表情。

日南「本当に17歳だった頃は、別のアイドルグループでデビューしたけど全然売れなくて。3年前に今の事務所に来て…って、ごめん。どうでもいいよね、こんな話」

黒木「いえ、あの、俺…。牧村さんのこと、どうでもいいなんて思ってないです」

日南「え?」

  日南と黒木、目が合う。少しだけ見つめ合って、お互いに目を逸らす。

黒木「…あの、俺のこと、ロッキーって言ったじゃないですか。俺、小学校の時のあだ名、ロッキーだったんです。ほら、苗字が黒木だから…」

  言葉の途中で急に、恥ずかしそう顔を背け、鼻の頭をいじりだす。

黒木「すみません、これこそどうでもいい話ですよね…」

日南「そんなことないよ、いいあだ名じゃん。ロッキーの映画、見たことある?」

黒木「いえ…」

日南「面白いよ。私、一番好きな映画なの。好きすぎて、DVDも持ってる」

黒木「そうなんですか、意外ですね…」

  コンビニから玲奈と友里が出てくる。

玲奈「お待たせー」

友里「早く帰ろ、疲れたー」


〇 アパート・日南の部屋(夜)

  日南、引き出しから防犯ブザーを取り出し、リュックの金具部分に付ける。

ベッドに横になり、スマホを手に取ると、ライブの感想ツイートを見始める。

  ツイートの中に、【マジマジョのスタッフにランボーみたいな奴おった】というツイートがあり、それを見た日南、小さく笑う。

  それに加えて、『ひなみん』のアカウントの【今日イベントに来れなかった人のためにマジカルパワーをお裾分け!】という動画付きツイートを見つける。

日南「?」

  日南、動画を再生する。

  アイコンのCGアニメ風の日南が、曲に合わせて踊っている映像が映っている。

日南「…」


〇 レコーディングスタジオ・録音ブース

  ブース内に友里がおり、レコーディングの真っ最中。

友里「(アニメ風の演技で)希望の戦士、マジマジョ☆ゆりりん! ここに参上!」


〇 同・ミキサールーム

  ミキサー卓の上には企画書があり、表紙には曲名『戦え、マジマジョ! ~愛と夢と希望を守りぬくため…~』の文字横に赤丸で『決定』と書かれている。

  真島が機材を操作し、日南と玲奈と城田は、ブース内の友里を見ている。

玲奈「アニメ声うまいね、友里」

城田「もともと声優志望だからな」

玲奈「え、そうなの? 初めて知った」

  友里、ブースから出て、ミキサールームへやってくる。

  城田のスマホから通知音。城田、スマホを確認すると、3人を手招きする。

城田「おいお前ら、面白いもん見せてやる」

  玲奈と友里は城田に近寄り、日南はその場で視線だけ向け、真島も少し気にする。

  城田のスマホに、未完成のCGアニメーション映像が映し出される。内容は、日南ら3人に似たキャラクターが、モンスターと戦っているというものである。

友里「えっ、なにこれ!」

城田「新曲のMVは魔法少女アニメ風にしようと思ってな、現段階での進捗だ」

  日南、ふと思い出したようにスマホを取り出し、ツイッターを開いて『ひなみん』のアカウント詳細を見る。

  アイコンのCGアニメ風の日南と、MVの日南は、髪型や衣装こそ一緒だが、MVのCGの方がクオリティが低い。

  日南、城田にスマホの画面を見せる。

日南「ねえ、こんなの見つけたんだけど」

城田「あ?」

  日南からスマホを受け取り、画面を見る。

城田「お前の偽アカか?」

日南「私に似せたキャラを使って、ダンスの動画とか上げてるみたい」

城田「ほっとけよ、どうせファンが勝手にやってんだろ。ファンの自己満足の道具になるのもアイドルの仕事だぞ」

  『ひなみん』のダンス動画を再生する。

  玲奈と友里、画面を覗き込む。

城田「はぁ、これが友里が言ってたVチューバーってやつか」

友里「そうそう。ってか、MV負けてんじゃん、クオリティが!」

玲奈「どうせ製作費ケチったんでしょ」

城田「お前らが売れてないのが悪い」

  日南、憮然とした様子。


〇 上野恩賜公園・不忍池

  カップルや親子連れがボートに乗っている中、野外ステージのライブ音声が漏れ聞こえてくる。


〇 同・野外ステージ

  ステージ上に立つマジカル☆マジョリンの3人。

日南「それでは聞いてください! マジカル☆マジョリンがデビューした最初の曲!『BROOM IN THE SKY』!」

  日南、玲奈、友里、踊って歌い出し、それに合わせて観客が盛り上がる。

3人「(♪)子供の頃の夢はなあに? お花屋さん? ケーキ屋さん? それともお姫様? ううん、私がかつて夢見た夢は、空を自由に飛び回ること」

日南「(♪)あの鳥みたいに、飛行機みたいに、大空彼方へ飛んでいきたい」

3人「(♪)さあ、魔法の箒で空を飛ぼう!」


〇 同・楽屋

  他のアイドルのライブ音声が聞こえる中、煙草を吸う友里、スマホを弄る玲奈。

  そこへ城田がやってきて、ケバブの入った袋を2人に差し出す。

城田「喜べ、ファンからの差し入れだぞ」

玲奈「やったー! ケバブだー!」

  玲奈、友里、ケバブの包装を開け始める。

城田「衣装汚したら殺すからな。日南は?」

玲奈「知らない、ロッキーのとこじゃん?」

友里「妙に仲良いよね。…実は付き合ってたりして」

城田「日南が黒木と? 無い無い、絶対に無い」


〇 同・不忍池

  衣装の上からパーカーを羽織っている日南、池に咲く蓮の花を眺めている。

  その隣には黒木が立って、同じように蓮の花を見ている。

黒木「…いいんですか? 戻らなくて…」

日南「楽屋、居心地悪いから。うちのグループが仲悪いの、見てたらわかるでしょ」

黒木「はい、まあ…」

日南「別に怒りたい訳じゃないけど、あの2人は意識低すぎんの。けど私は、アイドルしかないから、その分厳しくなっちゃって」

黒木「アイドルしかないって…?」

  日南、蓮の花に手を伸ばし、指先が軽く花びらに触れる。

日南「アイドルって色んな花に例えられるけど、私は蓮の花みたいだと思うんだよね」

黒木「蓮の花…?」

日南「例えばさ、女の子が花の種みたいなものだったとして、これから育つぞって時に、泥の中に突き落とされたら…。そこで綺麗に咲ける花は、蓮の花ぐらいなものでしょ。それ以外の花の種は、芽吹くことなく泥の中に沈むだけ」

黒木「…」

日南「私はただの種で終わりたくない。だから蓮の花になるしかない。…ごめん、なんかロッキーには何でも言っちゃうな」

黒木「あの、俺、結構口固いと思います。…話したいことがあるなら、何でも聞くので」

  日南、黒木を見て、微笑む。

日南「ありがと、ロッキー」

  黒木、目を逸らして、鼻の頭を弄りながらもじもじしている。

黒木「えっと、あの、喉乾いてませんか」

日南「うん? そうだね、お茶飲みたいかも」

黒木「じゃあ、買ってきます。すぐ戻るので」

  日南にぺこぺこと頭を下げながら、飲み物を買いに行く。

  日南、黒木の背中を見送ると、スマホを取り出して蓮の花の写真を撮る。

遥の声「あの…」

  日南、驚いて振り返ると、そこには大きなマスクをした遥の姿が。

  日南、咄嗟に笑顔を浮かべて、アイドルらしく振舞う。

日南「遥ちゃん! 嬉しい、今日も来てくれたんだ~! 風邪でも引いたの?」

遥「あ、ちょっとね…。でも大丈夫だから…」

日南「そっか、お大事にね!」

遥「あの、ひなみんこそ…元気出してね」

日南「え?」

遥「ごめんなさい、今の、聞こえちゃって…」

  日南、目が泳ぐが、何とか平静を保つ。

  遥、真剣な目で、日南を見る。

遥「あのね、ひなみん。私、もしもあなたが実は凄く性格悪くて、陰でファンの悪口とか言ってるような人だったとしても、ひなみんのこと大好きだよ」

日南「…え?」

遥「だってひなみんはファンの前で、そんな姿ちっとも見せないもん。いつも全力で、辛くても苦しくても絶対に挫けないで、笑顔でい続けて…。そんなひなみんは、私にとって理想のアイドルだから…」

日南「遙ちゃん…」

  遙の手を握る。

日南「ありがとう、遙ちゃん。ひなみん、これからも頑張るね!」

  遥、嬉しそうに笑う。


〇 M×M芸能事務所・会議室(昼)

  不機嫌そうな面持ちで座っている城田。

  扉が開き、日南が入室してくる。

城田「日南、そこ座れ」

  日南、城田の様子を不審がりつつ、言われた通りに正面に座る。

  城田、スマホである動画を再生し、日南に見せる。

  CGアニメ風の日南が、画面向こうに向かって笑っている。音声は、前シーンでのライブの音源そのままである。

日南の声(スマホ)「それでは聞いてください! マジカル☆マジョリンがデビューした最初の曲! 『BROOM IN THE SKY』!」

  曲が流れ始め、CGアニメ風の日南が踊り始める。

日南「これって、昨日のライブの…」

城田「お前の偽アカがツイッターに上げてた。ファンが勝手に録音したのかとも思ったが、一応聞いておく。お前、俺に黙ってツイッターやってねえだろうな」

日南「まさか…このアカウント、私がやってると思ってるの!?」

城田「そう怒んなよ、一応聞くだけだ」

日南「怒りもするよ! アイドル本人にはSNSさせないっていう、あんたの方針に逆らったことなんかないでしょ!」


〇 食品工場・休憩室

  休憩中の日南、スマホの画面を見ている。

  画面には、『牧村日南』のアカウントの、【ひなみんのツイッターアカウントはこっちが本物です!】というツイート。

日南「…」

  日南、『ひなみん』のアカウントページへ。

  ツイート欄を見ていると、【あのひなみんは本物なんかじゃないよ】という新規ツイートがこの瞬間に上がってくる。

  続いて【あのアカウントはマネージャーが運営してるもので、本物のひなみんはツイートしてないの】とツイートされる。

日南「…何なの、これ」

  最後に【本物のひなみんはこっちだよ! みんなこれからもよろしくね(ハートマーク)】とツイートされる。

日南「誰なの、こいつ…」


〇 雑居ビル・外観

  3階にレンタルダンススタジオの看板。


〇 ダンススタジオ・レッスンルーム

  日南、肩にかけていたタオルを床に叩きつけ、玲奈と友里を睨みつける。

日南「振り揃える気あんの!?」

玲奈「…そんな怒んなくてもいいじゃん」

日南「この出来で、よくそんなに悠長でいられるね! 信じられない!」

  友里、不機嫌そうに、出入り口へ。

日南「友里、どこ行くの!?」

友里「煙草休憩」

日南「煙草って…! 自分の声、どんどん酷くなってる自覚ないの!?」

  友里、乱雑に扉を閉め、部屋を出ていく。

玲奈「…あたしもきゅうけーい」

日南「勝手にしたら!」

  玲奈、扉を閉める寸前、日南を一瞥して、

玲奈「そんなだから嫌われるの、自覚ないの?」

  扉が閉まる。

  日南、深く溜息。


〇 M×M芸能事務所・事務室(夕)

  事務机で仕事中の純子。

  日南、事務室へ入室し、純子のもとへ。

日南「お疲れ様です」

  純子、日南に気付くと、机の引き出しから数枚のファンレターを取り出す。

純子「あら、お疲れ! レッスンどうだった?」

日南「まあいつも通り」

  純子、日南へファンレターを渡す。

純子「はい、今週分。日南は偉いね、必ず毎週取りに来て」

  日南、受け取ったファンレターのうち1枚の宛名を見る。

  そこには送り主の住所と『国見遥より』と書かれている。

日南「毎週送ってくれる人がいるから」

  ファンレターを鞄にしまいつつ、純子の机の上に置かれた、全国ツアーのフライヤーを見つける。

  日南、フライヤーを手に取って眺める。

日南「ツアーのフライヤー、できたんだ」

純子「今回の、良いデザインよね。さっき、黒木さんも褒めてたのよ」

日南「ロッキーが? 来てたの?」

純子「ええ、ほんの数分前に帰られたけど」

日南「なんだ、もっと早く来ればよかった」

  純子、訝し気に日南を見て、

純子「…珍しいわよね、日南がそんなにスタッフのこと気に入るの」

  日南、少し恥ずかしそうな様子で、

日南「初恋の人に似てるんだよね、ロッキー」

  純子、途端に渋い顔で、日南に向き直る。

純子「…日南、わかってるわよね? アイドルはファンに夢を見せる仕事。恋愛なんて、もってのほかよ」

  日南、慌てて、

日南「別に、そんなつもりないよ! 純子さんに言われ無くたって、わかってる」


〇 CGアニメーション映像

  日南、玲奈、友里によく似たキャラクターが、モンスターと戦っている。


〇 M×M芸能事務所・会議室

  会議机にタブレットPCが立掛けられており、そこに『戦え、マジマジョ!』のMVが映っている。日南、玲奈、友里、城田の4人が、それを見ている。

玲奈「オタクっぽーい」

友里「このMV、いつ公開するの?」

城田「新曲の販促も兼ねて、全国ツアーの初日に公開予定だ。当日まで漏らすなよ」

  そこへノックの音がして、純子がピザのメニュー片手に入室してくる。

純子「失礼しまーす。MV完成祝いにピザでも取ろうと思うんですけど、いかがです?」

玲奈・友里「食べるー!」

城田「会計は誰持ちだ? 俺は払わねえからな」

  賑やかな様子を、日南は少し距離を置いて見ている。


〇 食品工場・休憩室

  休憩中の日南、スマホの画面を見ている。

  タイムラインに、宅配ピザの写真が載ったツイートが表示されている。

  しかし、よく見るとそのツイートは、『ひなみん』の方のアカウントのものである。

日南「…!」

  少しした後、『牧村日南』のアカウントの、事務所で日南らがピザを囲む写真を載せたツイートが新しく表示される。


○ マンション・705号室

  壁のあちこちにマジカル☆マジョリンのポスター、チェキなどが貼り付けられ、グッズなどで溢れかえった暗い部屋。

  全国ツアーのフライヤーが貼られている箇所の隣に、10月分のカレンダーがつり下げられている。


○ ダンススタジオ・レッスンルーム

  ダンス練習中の日南、玲奈、友里。

  3人の振り付けはぎこちないながらも揃いつつある。


○ マンション・705号室

  11月のカレンダーが壁にかかっている。


○ ダンススタジオ・レッスンルーム

  日南、玲奈、友里の振り付け、完璧に揃っている。


○ マンション・705号室

  12月のカレンダーが壁にかかっており、12月3日に赤丸がついている。


○ 横浜のライブハウス・入り口(夜)

  入場待ちのファンが列をなしている。

  その中には、スマホで『戦え、マジマジョ!』のMVを見ているファンもいる。


○ 同・楽屋

  日南、玲奈、友里がくつろぐ楽屋に、城田がスマホ片手に入ってくる。

城田「喜べ、MVの再生数が三千回いったぞ!」

  日南、玲奈、友里、揃って驚く。

友里「すごくない!? 今まで千回行けば良い方だったじゃん!」

  城田、スマホをしまうと、日南のもとへ。

城田「日南、ちょっと話あるから表出ろ」


○ 同・廊下

  日南と城田、廊下の端で向かい合って立っている。

日南「私にオファー?」

城田「地下アイドルの本音をトークするって企画だとよ。深夜とはいえ地上波だ、お前が待ちに待った、人生変えるチャンスだぞ」

  日南、思わず笑みがこぼれる。

城田「ようやく俺の前で心から笑ったな」

  日南、自分が笑っていることに気づいて、慌てて平静を取り繕う。

城田「ま、精々結果出して俺に恩返ししろよ」

  ニヤニヤしながらその場を去る。

  日南、城田に見えないよう、小さくガッツポーズして喜びに打ち震える。


○ 同・バックヤード(夜)

  衣装に着替えた日南、玲奈、友里、緊張の面持ち。

  日南、手を前に差し出すと、玲奈と友里もそれに続き、円陣を組む。

日南「それじゃあ張り切っていこう! マジカル☆マジョリン!」

玲奈・友里「マジョ☆リンリーン!」

  手を上に掲げ、そのままステージへ。

玲奈「ほんとにこのコール、だっさい!」


○ マンション・705号室(夜)

  真っ暗な部屋の中、唯一光を放っているタブレットPCに、マジカル☆マジョリンのライブ映像が映っている。


○ 居酒屋・外観(夜)


○ 同・個室(夜)

  日南、玲奈、友里、城田、黒木、真島を含めたライブスタッフ一同、座卓を囲み、打ち上げの真っ最中。

  日南と黒木が隣同士で飲んでいるところに、城田がやってきて黒木の隣に座る。

城田「無愛想コンビ、飲んでるか?」

  日南、嫌そうな顔。

  城田、黒木によりかかって、

城田「黒木、やっと打ち上げ来たな、お前~。お前というヤツは、昔から付き合い悪かったよなあ」

日南「ちょっと、初日から飲み過ぎ」

  城田を押しのけるが、城田、負けじと黒木の方へしなだれかかる。

城田「んだよ日南ぃ、大好きなロッキー取られてスネてんのか?」

日南「ウザ絡みしないでくれない? ほんとそういうとこ嫌い!」

  黒木、困ったように笑っている。


〇 居酒屋の店前(夜)

  日南、店から出ると、ふとスマホを取りだし、画面を確認する。

  ロック画面に【ひなみんさんが配信を開始しました】という通知が出ている。

日南「え…」

  すぐさま配信を見始める。

  日南そっくりの顔をした少女が、日南そっくりの声で、横浜駅の駅前広場で歌い踊る姿が、固定カメラの映像で映りだす。

少女「(♪)愛と夢と希望を守りぬくため、私たちマジマジョは立ち上がったの」

  日南、それを見て絶句している。

  店から黒木と城田が出てきて、日南の様子を見て、不審がる。

  パフォーマンスを終えた日南そっくりの少女、スマホの画面に向かって笑いかけ、

少女「みんな楽しんでくれたかな? 配信見てくれてありがとう~! バイバーイ!」

  映像が終わり、【配信終了】という文字が画面に出る。

  日南、それを見て急に走り出す。

城田「日南!? おい!」


〇 横浜駅・駅前広場(夜)

  日南、人混みをかきわけて、映像に映っていた自分そっくりの少女を探すが、どこにも見当たらない。

  すると、いきなり後ろから肩を掴まれる。

日南「きゃあああ!」

  肩を掴む手を振り払い、振り返る。

  そこにいたのは、日南を追いかけてきた黒木である。

黒木「あ…すみません」

日南「なんだ、ロッキーか…。ごめん、びっくりしちゃって」

  スマホから通知音。日南、すぐさまスマホを見る。

  『ひなみん』のアカウントが【配信楽しかった~! これでみんな、私が本物のひなみんだって信じてくれた?笑】とツイートしている。

日南「…!」

  手が震え、スマホを落としてしまう。

黒木「牧村さん?」

  日南、恐怖に慄いている。


〇 アパート・日南の部屋(夜)

  玄関先で、日南と黒木が向かい合って立っている。

日南「送ってくれてありがとね、ロッキー」

黒木「いえ…もう遅いですし。…それじゃあ、俺はこれで」

  帰ろうとする黒木の腕を、日南が咄嗟に掴む。

日南「…ごめん。もうちょっとだけ、一緒にいてくれない?」

黒木「…」

  鼻の頭をいじくりながら頷く。

   ×   ×   ×

  ベッドに腰掛けている日南と、地べたに胡坐をかいている黒木。

日南「本当にごめんね」

黒木「いえ、誰だって怖いですよ、あんなの」

日南「…ちょっと脳みそが追いついてないんだ、意味がわからなさすぎてさ」

  黒木、ふとカラーボックスに並ぶロッキーシリーズのDVDに目をやる。

  日南、黒木の視線に気づき、

日南「ああ、これ前に言ってたロッキー」

黒木「本当に好きなんですね」

日南「うん。そういえば、見たことなかったんだっけ?」

黒木「はい、まあ…」

日南「せっかくだから見ていきなよ。見て損は絶対にしないよ」

  ロッキー1のDVDを取り出し、デッキに入れて再生準備に取り掛かる。

日南「そこ見にくいだろうから、ベッド座っていいよ」

  黒木、躊躇いがちに立ち上がって、ベッドに腰掛ける。

   ×   ×   ×

  テレビ画面にロッキーの一場面、エイドリアンがロッキーの家を訪ねるシーンが映っている。

  日南と黒木、ベッドに隣り合って腰掛けて、それを見ている。

日南「…小6の頃かな、たまたまテレビでやってるのを見てね。ロッキーがどん底の人生から這い上がっていったのを見ると、私も頑張らなきゃって思えるんだ」

  テレビ画面に、ロッキーとエイドリアンのキスシーンが映る。

  日南、黒木に寄りかかり、黒木は驚いて身を固める。

日南「私の初恋ね、ロッキーだったんだよ…」

  日南と黒木の目が合う。

  しばらく見つめ合い、日南、徐々に黒木に顔を近づける。

黒木「…ごめんなさい!」

  黒木、顔を背け、日南に背中を向ける。

  日南、驚きつつ、慌てて座り直す。

日南「ごめん、今の忘れて!」

黒木「いえ…違うんです」

  日南に背を向けたまま、首を横に振る。

黒木「俺、女の人、ダメなんです」

日南「…え?」。

黒木「俺、ゲイなんです」

日南「…は?」

  黒木、ゆっくりと日南へ振り返る

黒木「ゲイならアイドルに手も出さないだろうって、それで城田君から声かけられて…。ですから、その…」

  日南、しばらく呆気に取られていたが、やがて引き攣った笑みを浮かべる。

日南「は…はは…。(明るく振る舞って)なんだ、そういうことなら早く言ってよ!」

  黒木の肩をバシバシ叩く。

  日南の笑い声が止み、しばしの沈黙。

日南「…ごめん、やっぱ帰って」

  黒木の腕を引っ張って立たせる。

  日南、デッキからDVDを取り出し、ケースに入れて黒木に押し付ける。

日南「ロッキーの続き、気になるんなら貸すから。いや、やっぱいいや、あげるから」

  日南、黒木を玄関まで押しやる。

黒木「あの、牧村さん…」

日南「じゃあね、また明日! おやすみ!」

  半ば無理やり黒木を追い出す。

  日南、ゆっくり戻ってきて空気製サンドバッグの前に立つ。

  すると、急にサンドバッグそのものを持ち上げ、玄関に向かって投げつける。

日南「ふっざけんな! その気がねえんなら、ややこしい態度取るんじゃねえよ!」

  枕や布団、ティッシュケースなど、周辺にあるものを手当たり次第投げつける。

日南「そうだね、私が悪かったね! エイドリアンみたいな待ってるだけの女にもロッキーが現れるんだから、こんなに頑張ってる私にもいつか私だけのロッキーが現れるんじゃないかって、そんな馬鹿みたいな夢見ちゃった私が悪かったんだろ!」


〇 アパート前の歩道(夜)

  黒木、日南の部屋の方を振り返りつつ、気まずそうに鼻の頭をいじりながら帰路につく。


〇 新幹線・車内

  窓際の席に座る日南、眉間にしわを寄せ不機嫌そう。

  日南より3席後ろに座る黒木、気まずそうに鼻の頭をいじっている。


◯ ビジネスホテル・トリプルルーム

  ベッドが3台並んだ清潔な室内。

  日南、玲奈、友里が入室してくる。

友里「会社の金で泊まるホテルさいこー!」

  ベッドに大の字に寝転がる。

  城田、部屋に入ってきて、友里の様子を見てせせら笑い。

城田「こんなビジホに相部屋で安上がりな奴」

  友里、城田に気付くと恥ずかしそうに笑って、ベッドから起き上がる。

友里「乙女の部屋に勝手に入んないでよ!」

城田「うるせえ、誰が取ってやったホテルだと思ってんだ」

日南「…ねえ、DMの返事きた?」

城田「ん? ああ…」

  スマホを取り出して確認するも、首を横に振る。

城田「返事はまだ来てねえな」

玲奈「例の偽アカ?」

城田「ああ。あんまり勝手な真似してると訴えんぞ、って脅しをかけたんだがな」

友里「そんなにそっくりだったなら、ちょっと見たいかも。アーカイブとかないの?」

城田「ファンが録画してたやつなら、ツイッターに上がってんぞ」

玲奈「えっ、見たい見たい!」

  はしゃぐ玲奈と友里に、日南は不満そう。

  城田、中央のベッドに腰掛けて、スマホで動画を再生し、玲奈と友里に見せる。

  歌い踊る、日南そっくりな少女の映像。

友里「うわ! マジでドッペルゲンガーじゃん」

  玲奈、怪訝そうな顔で画面を見る。

玲奈「…ねえ、これって『戦え、マジマジョ!』だよね、新曲の」

城田「それがどうした?」

玲奈「なんでコイツ、振り付け知ってんの? MVはアニメだから振り付け無いし、ライブでやったのも昨日が初めてじゃん」

  日南、友里、城田、ハッとする。

友里「そういえば…! 昨日の客で来てたってこと?」

城田「馬鹿かお前! 昨日の客、男しかいなかっただろ」

玲奈「仮に女の子がいても、日南そっくりなのがいたらさすがに気付くよ」

友里「…じゃあ、撮られてたってこと?」

日南「…!」

  玲奈、城田の肩をバシバシ叩いて、

玲奈「ちょっと城P、持ち物検査とかしてないの!?」

城田「するかよ、そんな手間のかかること!」

玲奈「バカ! マジマジョのファンは厄介多いって言われてんの、知らないの!?」

日南「スタッフかも!」

  その場にいる全員が日南を見る。

日南「ライブの音源、録られてたことあったし! メンバーのツイッター、城田がやってることも知ってたし! スタッフに私の偽物と繋がってる奴がいるのかも…!」


〇 大阪のライブハウス・外観(夜)

  ライブの音声が漏れ聞こえている。


〇 同・ライブフロア(夜)

  ファンが熱狂する中、ステージの上でパフォーマンス中の日南、玲奈、友里。

  客席後方のPA卓で、真島が機材を操作していると、城田がやってくる。

  真島、城田に気付き、会釈する。

真島「珍しいっすね、いつも袖で見てるのに」

  城田、PA卓の上をじろりと見る。

  機材に紛れて、手帳型カバーに覆われた真島のスマホが、カメラをステージ側に向け、横向きに立掛けて置いてある。

  城田、それを見つけると、スマホを引っ掴みカバーを開く。

  ムービーの録画が回されている。

真島「あっ…!」

  城田の行動に驚き、狼狽え始める。

  城田、真島の顔をじろりと見て、

城田「おい、ライブ終わったらツラ貸せ」


〇 同・廊下(夜)

  黒木、抵抗する真島の首根っこを掴み、無理やり歩かせている。

  その前を城田が速足で歩いている。


〇 同・楽屋(夜)

  黒木、真島を床に向かって放る。

真島「うわっ…!」

  床の上に倒れ込む。

  城田、真島の胸ぐらを掴み、

城田「テメエ、やってくれたな、この野郎」

  扉が開き、日南が入室する。

  黒木、日南に気付き、

黒木「今は入らない方が…」

日南「大丈夫」

  真島と城田のもとへ。

  真島、日南に気付くと、目を逸らす。

城田「おい、昨日のライブも撮ってたのか」

真島「…」

城田「しらばっくれても逃がさねえぞ! 全部吐けェ!」

  真島、慌てて頷く。

日南「その動画、私の偽物に渡したの?」

真島「…写真とか、動画とか送ると、結構振り込んでくれるんで…」

城田「日南の偽物の身元は、知ってんのか」

真島「いえっ、知らないです! ツイッター上のやり取りしかしたことないです!」

  城田、真島の胸ぐらから手を離す。

城田「おい、そいつに連絡取れ。特ダネがあるから買わないかって持ち掛けろ」

  日南と黒木、訝し気に城田を見る。

  城田、その視線に気づき、

城田「馬鹿、誘き出すんだよ! 手渡しじゃないと渡せないとか適当なこと言って、のこのこ現れたところをとっ捕まえるんだよ」

黒木「なるほど…さすが城田君」

  日南、黒木の方を見ると、どこか黒木の表情が柔らかい。

城田「おら、さっさとしろ!」

真島「はい…」

  スマホを取り出して操作するが、突然手を止める。

真島「あれ…」

城田「どうした」

真島「ブロック、されてます…」

城田「はあ!?」

  真島からスマホを奪い、画面を見る。

  画面には「ひなみんさんはあなたをブロックしました」と表示されている。

  日南と黒木、戸惑いを隠せない。


〇 マンション・705号室(夜)

  暗い部屋の中、日南そっくりな少女が操作しているスマホの灯りだけが辺りを照らしている。

少女「(鼻歌)」


〇 線路

  線路を走る新潟行きの新幹線。


〇 新潟のライブハウス・外観(夜)


〇 同・ライブフロア(夜)

  開演を待つファンで、フロアの半分ほどが埋まっている。


〇 同・バックヤード(夜)

  開演を待つ日南、玲奈、友里。

友里「けどまさか、本当にスタッフが盗撮してたなんて…」

玲奈「ホントに有り得ない。マジでキモイ」

日南「今はやめなよ。もうすぐステージが…」

玲奈「出たよ、意識高い系アイドル。あんたの偽物の巻き添え喰らってんだよ、うちら」

日南「私だって何とかしたいよ。でも…」

玲奈「どうだか。本音は喜んでんじゃないの? こんな頭おかしい真似する奴でも、ファンはファンだもんね?」

友里「玲奈、ちょっと言い過ぎ…」

  曲が鳴り始める。

友里「やば! 行こう!」

日南「あ、円陣…」

玲奈「いいよ、時間無いし、ダサい!」

  急いでステージへ。


〇 同・ライブフロア(夜)

  玲奈、日南、友里の順番でステージへ。

  客席から歓声が上がり、ペンライトが振られる。

ファンA「れなぴょん、俺は絶対にれなぴょんの味方だよー!」

ファンB「ゆりりん、頑張れー! アンチに負けるなー!」

  玲奈、友里、ファンの声援を聞いて、戸惑いの表情。

  日南、戸惑うものの何とか笑顔を保ってパフォーマンスに集中する。


〇 同・楽屋(夜)

  ライブ後、汗だくの玲奈、友里、駆け足で楽屋へ入ってきて、真っ先にスマホを確認する。

玲奈「…いやあああああ!」

  スマホを手放し、その場で泣き崩れる。

  遅れてきた日南、驚いて玲奈に駆け寄る。

日南「玲奈!?」

玲奈「なんで、なんで知ってんの! なんで!」

  日南、床に落ちたスマホを見つけ、すぐさま拾って画面を見る。

  画面には、『ひなみん』のアカウントがアップロードした、友里が煙草を吸っている写真や、今より幼い玲奈がファンの男と異常に密着してる写真。

写真と共に【玲奈も友里も年齢詐称してるし、友里はアイドルの癖に煙草吸ってる】【玲奈が昔いたグループは、チェキ売る為にファンがアイドルにセクハラするの許して、プロデューサーが児童買春で逮捕されるようなところだったらしいよ】【マジマジョで本物のアイドルはひなみんだけ】とツイートされている。

  絶句する日南、玲奈と友里を交互に見る。

  泣きじゃくる玲奈と、真っ青な顔の友里。

  城田、慌てた様子で楽屋にやってくる。

城田「お前ら何やってんだ! チェキ会が…」

  日南、スマホをその場に置くと、城田を楽屋から押し出し、自分も退室する。


〇 同・廊下(夜)

  日南と城田、楽屋から出て扉を閉める。

日南「玲奈も友里もチェキ会は無理。そっとしておいてあげて」

城田「おい、何があった?」

日南「私の偽物が、何でか2人の秘密を知ってて、それをツイッターに上げた」

城田「はあ!?」

日南「チェキ会は私1人でやる。玲奈と友里推しのファンには悪いけど、何もなしで帰すワケにもいかないでしょ」


〇 同・ライブフロア(夜)

  チェキ会を待っているファンを、黒木らライブスタッフが整列させている。

  日南と城田、フロアへ現れる。

日南「みんな、お待たせ!」

  ファン、いっせいに日南を見る。

日南「ごめんなさい、玲奈ちゃんも友里ちゃんも具合が悪くて、今日のチェキ会はお休みします。代わりにひなみんが…」

  ファンA、日南に向かってペンライトを投げつける。

  ペンライトは日南には当たらず、後方の壁にぶつかり、床に落ちる。

  驚く日南にすぐさま黒木が駆け寄り、日南を庇うように立つ。

ファンA「ふざけんな! あのアカウント、お前がやってんだろ!」

ファンB「よくも仲間のことをあんな酷く書けるよな! この性悪女!」

  日南にペンライトを投げつけようとするが、すぐ傍にいたファンCが止める。

ファンC「やめろ! あれは偽アカだって言ってるだろ! ひなみんは悪くない!」

ファンB「離せ、この野郎!」

  ファン同士の乱闘が始まる。

城田「乱暴はやめてください! チェキ会は中止です! すぐにお帰り下さい!」

  黒木、日南を庇ってフロアから連れ出す。

  黒木に連れられた日南、震える手で自分を抱きしめる。


〇 ビジネスホテル・ダブルルーム

  日南、憔悴した様子で窓際の椅子に座り、スマホの画面を見ている。

  ベッドに腰掛けている黒木、心配そうに日南の様子を伺う。

黒木「あまり見ない方がいいですよ…」

日南「うん…。わかってるんだけど」

  スマホをしまい、黒木に向き直る。

日南「ごめんね、こっち居座っちゃって。今の玲奈と友里の傍には、居辛くて」

黒木「いえ、もともと真島さんと同室でしたけど、クビになっちゃったせいで空いてましたから…」

  日南、席を立ち、黒木の向かいのベッドに腰掛ける。

日南「…それと、この間のことも。本当にごめんね」

黒木「…ああ、いえ、俺もすみませんでした」

日南「なんでロッキーが謝るの。私が勘違いしただけでしょ」

黒木「でも…最初に言っておくべきでした」

日南「言いにくいでしょ、そういうの。隠したい人だっているだろうし。…それにしても、城田がちゃんと黙ってるの、意外だな」

黒木「そういう条件で、スタッフになったので…。ああ見えて、結構義理堅いんですよね、昔から…」

  うっすら笑みを浮かべている。

  日南、黒木の顔をじっと見つめ、その視線に気付いた黒木、気まずそうに鼻の頭をいじる。

黒木「あの…喉乾いてませんか。何か買ってきましょうか?」

日南「…そうだね、ちょっと酔っぱらいたいかも。ビール、買ってきてもらっていい?」

黒木「え、いいんですか?」

日南「だって本当は22歳だもん、私」

  黒木、小さく頷いて、財布を持って部屋を出ていく。

日南「…」

  『ひなみん』のアカウントへ、【私が本物の牧村日南です。いったい何のつもり?】と文面を作成し、DMを送る。

  しばらくすると、『ひなみん』から【嬉しい! いつかDMくれると思ってたよ!】と返事が来る。

  日南、【直接会って話しましょう】と返信。

  すぐに【もちろん! 明日の5時、1人でここへ来てくれる?】と返事が来て、続いてURLが送られてくる。

  日南がURLを開くと、ショッピングモールのホームページが表示される。


〇 ショッピングモール・1階売り場

  様々な店舗が並び、買い物客がちらほらいるショッピングモールの売り場。

  日南、辺りを見回しつつ、スマホの画面を確認する。

  『ひなみん』から【1階の駐車場で待ってます】と返信が来ている。


〇 同・駐車場

  車で埋めつくされた駐車場。

  人の姿は無く、日南、車の間を縫って、辺りを探し回る。

  すると、背後から足音が聞こえてくる。

  日南の後ろから、マスクをして帽子を深くかぶった少女が近づいてくる。

  その少女は、マスクと帽子で顔は見えないが、遥である。

遥「…久しぶりだね、ひなみん」

日南「!」

  後ろに振り返ると同時に、日南の真横に停まっていたワゴン車から、2人の大柄な男が出てきて、日南の口を塞ぎつつ車の中に連れ込もうとする。

日南「!?」

  激しく抵抗し、そのはずみでスマホが地面に落ちる。

  日南の抵抗虚しく、車の中に連れ込まれ、扉が強く閉められる。

  暗転。


〇 マンション・705号室

  カーテンの閉め切られた薄暗い部屋に、両手首と両足首をそれぞれ結束バンドで拘束された日南が、横たわって気を失っている。

日南「う…」

  眼を覚まし、起き上がろうとするも、手足の拘束に気付いて唖然とする。

  日南、辺りを見回す。

  部屋の中は日南のポスターやチェキ、グッズなどで埋め尽くされている。

  そして、部屋の隅にあるドレッサーで、遥が化粧をしている。

日南「あんたが…」

  遥、日南の声に反応し、振り向く。

日南そっくりな顔が、そこにある。

日南、恐怖して、その顔を凝視する。

遥「あ~、やっと起きた! おそようさんだぞ!」

  化粧を止め、日南のもとへ駆け寄る。

日南「あんたが私の偽物…!」

  遥、しゃがんで日南に視線を合わせる。

遥「ねえ。今日が何の日かわかる?」

  日南、遥から距離を取ろうとするが、うまく体が動かせない。

  遥、隣の壁に貼ってあるチェキを指差す。

遥「ほら、あのチェキ! 思い出さない?」

  日南、遥が指したチェキを見る。

  そこに映っていたのは、ショッピングモールで笑顔を浮かべる日南と、その隣で恥ずかしそうに笑う、これまでの姿の遥。

  日南、驚愕して、目の前の遥を見る。

日南「遥ちゃん…なの…?」

  遥、日南そっくりの顔で、にっこり笑う。

遥「今日はね、私が死ぬのをやめた日。ひなみんと初めて会った日なんだよ!」


〇 ショッピングモール・1階売り場(回想)

  遥、小さな買い物袋を持って、俯いて歩いている。

  イベントスペースの前を通りがかった時、音楽が聞こえ、足を止めて振り向く。

  イベントスペースで、やる気のなさそうな玲奈と友里、1人だけ全力の笑顔の日南が、パフォーマンスをしている。

  遥、日南に目を奪われ、買い物袋を床に落とす。

  落ちた買い物袋の中から、白い封筒と便箋が出てくる。

遥の声「遺書を書く便箋を買いに行ったあの日、私はひなみんに救ってもらった」

  周りの買い物客、日南たちに目もくれず、その場を通り過ぎていく。

遥の声「誰も見てない、誰も応援してないステージで、それでも一生懸命歌って踊るひなみんを見て、私は生きようって思った」


〇 マンション・705号室(元の)

  遥、うっとりした表情。

遥「ひなみんが好きすぎて、ひなみんみたいに可愛く、強くなりたくて…。どうしたらひなみんみたいになれるのか、そればっかり考えてた!」

  立ち上がって、机の引き出しから封筒を取り出して持ってくる。

遥「それでね、ひなみんのことをもっと知れば、そのヒントが見つかると思って。あなたのこと、全部調べたの」

  封筒から写真を1枚取り出し、日南に見せる。

  そこには幼い日南と両親が共に笑顔で写っている。

日南「…!」

遥「ずいぶん苦労したんだってね。8歳で両親が離婚しちゃって、お母さんに引き取られたんでしょ?」

  日南と母親が映っている写真を取り出して、次々に日南に見せていく。

遥「でも、そのお母さんも、15歳の時に交通事故で、昏睡状態になっちゃって…。お母さんのために高校諦めて、働き始めて。なのに、16歳でお母さんは死んじゃって。お父さんに助けを求めても知らん顔されて、今でも音信不通だなんて、本当に苦労したんだね」

日南「っ…!」

  遥、日南が大人数のアイドルグループの中にいる写真を取り出し、日南に見せる。

遥「あと、マジマジョの前に、別のグループにいたんでしょ? 『東京ドリームガールズ』っていうアイドルグループ」

日南「…」

遥「地方出身の女の子だけのアイドルってコンセプトは結構よさそうなのにね。でも全然売れなくて、枕営業みたいなこともいっぱいさせられて、おまけにプロデューサーにお金を持ち逃げされて、それで…」

日南「やめて!」

  遥、持っていた封筒を放り捨てる。

遥「正直ね、ちょっとガッカリした。私を救ってくれた理想のアイドルは、もっと綺麗な存在だと思ってたのに」

日南「…」

遥「でもね、すぐに考え直した」

  日南の頬に手を添えて、目を合わせる。

遥「こんなに育ちが悪くて、本当はすっごく暗くて愛想も悪いのに、あんなに素敵な『ひなみん』ができるのは、凄いもの!」

日南「…」

遥「でもね、こんな人に『ひなみん』ができるんなら、私の方がもっと上手く『ひなみん』ができると思わない?」

  日南に向かって、にっこりと笑いかける。

遥「今まで『ひなみん』を守ってくれてありがとう。今日から私が『ひなみん』をやる」

日南「何を…」

  遥、立ち上がり、陶酔の表情。

遥「これからのプランもあるんだ! まずね、マジマジョは解散するの。他の2人はアイドル失格だし、ひなみんには相応しくないし。その代わりソロで頑張って、いつか武道館でライブするの!」

日南「…笑わせないでよ」

  涙をグッと堪え、遥を睨みつける。

日南「あんたみたいな、何にも知らないガキに、『私』ができるはずがない。あんたが行くのは武道館じゃなくて、刑務所だ」

遥「…そうそう、私の方が『ひなみん』に相応しい理由、もう1つあるんだよ」

日南「…」

遥「あなたはインチキだけど、私は本当に、17歳! あははは!」

  ポスターやチェキを破り捨て、グッズを投げたり踏みつけたりして、壊していく。

遥「偽物! 偽物! 偽物!」

  日南、遥の様子に恐怖している。

  一通り壊しつくした遥、狂気じみた笑顔で、日南を見る。

遥「あ、打ち合わせに遅刻しちゃう」

  クローゼットからコートを取り出して羽織り、荷物を持って部屋を出ていく。

日南「ちょっと…!」

  扉が強く閉まる。

日南「待ってよ! 誰か! 誰か助けて!」


〇 M×M芸能事務所・会議室

  渋い顔の城田、目を真っ赤に腫らした玲奈と友里、深刻な面持ちで対面している。

  城田、日南のスマホに電話を掛けているが、繋がらず。舌打ちして電話を切る。

城田「こんな時におせえな、日南の奴…」

玲奈「…もう無理」

  城田と友里、玲奈を見る。

玲奈「せっかくやり直せると思ったのに…もうイヤ。あたし、マジマジョやめる」

城田「玲奈!」

玲奈「どうせもう、誰もあたしたちなんか見ないよ!」

  顔を伏せて泣き出す。

  友里、玲奈の背中を摩りつつ、自分も泣きそうなのを堪えている。

友里「少なくとも今日は無理だよ、城P…」

  急に扉が勢いよく開き、全員が振り向く。

  満面の笑みを浮かべた遥が入室してくる。

遥「遅れてごめんなさあい!」

  城田、玲奈、友里、遥の様子に呆気にとられる。

遥「それより、さっき聞こえちゃったんだけど、玲奈も友里もマジマジョやめるの?」

玲奈「…」

友里「いや、私は…」

遥「いいじゃん、大賛成! 別に2人がいなくても、ひなみん困らないし!」

  玲奈、友里、驚愕している。

遥「あ、じゃあ今日のライブは、ひなみんソロデビューのお披露目ってことで!」

城田「おい、待て! なにを勝手に…」

  立ち上がり、遥に詰め寄る。

  遥、不気味な面持ちで、城田を見上げる。

遥「今日のライブが中止になっちゃったら、返金対応とかすっごく大変だろうねえ。会場借りたお金は戻ってこないわけだし…。どちらにせよ2人が出ないなら、ひなみん1人だけでも出して、ちゃんとライブやった方がいいんじゃない?」

城田「…チッ」

遥「じゃ、そういうことで! それじゃあひなみん、先に会場入りしてるね!」

  明るい足取りで、会議室を出る。

  残された城田、玲奈、友里、閉じた扉を見ている。

玲奈「…あの女!」

  会議机を強く叩く。

玲奈「最初からそのつもりだったんだ! 全部あいつが仕組んでたんだ!」

城田「玲奈、落ち着け!」

玲奈「だっておかしいじゃん! あたしの前のグループのことなんて、事務所の人間しか知らない筈でしょ!」

  友里、遥の去った跡を呆然と見つめて、

友里「今の、本当に日南なの…?」


◯ マンション・705号室

  日南、手首を縛る結束バンドから逃れようともがくも、拘束は外れる様子もなく、手首に擦り傷が出来て血が滲んでいる。

  一度呼吸を整え、床に落ちた写真を見る。

  過去の日南が、無邪気に笑っている。

日南「…」

  涙がこぼれ、肩を震わせて泣き始める。

  しかし、涙を流しながらも眼はぎらりと光り、目の前を睨み付ける。


◯ 都内のライブハウス・楽屋(夕)

  遥、鏡に映っている日南そっくりな顔を見て、満面の笑みを浮かべる。

遥「…うん、可愛い。可愛いよ、ひなみん」

  満足そうに笑っていると、ノックの音。

スタッフの声「リハーサル始めまーす」

遥「はあい」


◯ 同・ライブフロア(夕)

  城田、客席後方の柵に寄りかかり、どこか不安げな様子。

  黒木、準備中のスタッフに会釈しながら、城田のもとへやってくる。

黒木「城田君…」

城田「…おう、来たか」

黒木「大丈夫? 顔色が…」

遙の声「お願いしまあーす!」

  黒木と城田、いっせいに声の聞こえたステージ上を見る。

  遙が明るい足取りで、ステージ中央にやってくる。

  遥、スタッフからハンドマイクを受け取り、マイクに向かって、

遥「あーあー、本日は晴天なーり」

黒木「…!」

  急に早足でステージへ向かい、ステージ上へよじ登ると、遙の腕を掴む。

  遥、驚いて黒木に振り返る。

黒木「あんた誰だ」

遥「え?」

黒木「誰かって聞いてんだよ!」

  周囲のスタッフら、驚いて作業の手を止める。

  城田、慌ててホールを出て、バックヤードに回る。

遥「…誰って、ひなみんだよお。牧村日南。どうしたの、ロッキー?」

黒木「嘘だ、あんたは牧村さんじゃない」

  袖からやってきた城田、黒木を遙から引き剥がす。

城田「何やってんだ、黒木!」

黒木「城田君は気付かないの!? 顔も声も似てるけど、この人と牧村さんは全然違う!」

城田「…黒木、ちょっと来い」

  黒木の腕を引き、舞台袖から出て行く。

遥「変なロッキー。私はずっと、本物のひなみんなのに…」


◯ 同・廊下(夕)

  城田に腕を引かれながら歩く黒木。

黒木「城田君! 絶対に変だ、牧村さんは…!」

  城田、立ち止まって黒木に振り返る。

城田「わかってる! 俺だってわかってるよ!」

黒木「!」

城田「これでも業界人の端くれだ、整形してる女は一目見てわかる。あいつは日南の顔をそっくりそのままコピーしたんだ」

  再び歩き出し、黒木がそれを追う。

黒木「それがわかっててどうして何も言わないの!? まさか、ライブがあるから!?」

  城田のスマホから着信音が鳴り、城田、再び立ち止まって電話に出る。

黒木「そんなに目先の利益が大事なの!? 見損なったよ、そんな人とは思わなかった!」

城田「(電話先へ)はい、城田」

純子の声「城田さーんっ! 突き止めました! 偽物の身元!」

  城田、驚きの表情で、黒木の方を見る。

黒木「?」


〇 M×M事務所・会議室(夕)

  純子、興奮状態で電話先の城田に語る。

純子「友里が、偽アカのツイートを遡ってくれて!」

  純子の正面に座る友里、スマホ片手にどこか得意げな様子。

純子「間違って位置情報付きになってたツイートがあったんですよ!」

  友里のスマホの画面に映る、前シーンに出た『ひなみん』によるピザの画像付きツイート。そのツイートに『東京都港区』と位置情報が付いている。

純子「それから玲奈が、手当たり次第に日南の名前で検索かけてくれて!」

  玲奈、目を真っ赤にしながらも、タブレットPCを操作している。

純子「ツアーの移動で東京にいないはずの日に、港区で日南を見かけたって書き込みを、いくつか見かけてくれたんです!」

  玲奈のタブレットPCの画面には、ツイッターと、5ちゃんねるの掲示板。それぞれ日南の目撃情報の書き込みがある。

純子「それで私、毎週ファンレター送ってくる日南推しの女の子のこと、思い出して! その子の住所と、2人が調べてくれた情報が、ぴったり合ってるんですよ!」


〇 都内のライブハウス・廊下(夕)

  城田、電話を切り、黒木に向き直る。

城田「あのニセ日南の住所がわかった」

黒木「え?」

城田「そこに本物の日南がいる可能性が高い。ここまでわかれば警察もすぐに動くだろ」

  黒木、110番に電話を掛けようとする。

黒木「その場所、教えてほしい」

  城田、意外そうに黒木を見る。

黒木「牧村さんは、本当に普通の女の子なんだ。こんな目に遭っていいはずがない」

  真剣な眼差しで、城田を見る。

  城田、溜息の後、スマホを操作する。

城田「今、お前のラインに送った。タクシー代は自腹だからな」

  黒木、すぐさまスマホを確認すると、来た道を走って戻り出入り口へ。


〇 繁華街(夕)

  繁華街の通りにあるライブハウスから出てきた城田、人通りの中を駆け抜ける。


〇 マンション・705号室(夜)

  日南、手首の結束バンドに噛みつき、バンドを噛み千切る。

  手をついて身体を起こすと、辺りを見回して使えそうなものを探す。

  部屋の隅のドレッサーの上に、眉カット用の小さなハサミがあるのを見つける。


〇 都内のライブハウス・ライブフロア(夜)

  前方の柵の周辺はファンで埋め尽くされているが、後方にはほとんど客がいない。

  客席後方のPA卓に、機材を操作しているスタッフと、城田がいる。

城田「おい、俺が合図したら、曲止めろ」

スタッフ「え…いいんですか?」

  城田、ニヤニヤ笑っている。

城田「日南なら、多少のトラブルは問題なく対応できるからなあ」


〇 同・バックヤード(夜)

  曲が鳴り始める。

  遥の瞳が、爛々と輝いている。

遥「ああ、やっと…!」

  意気揚々とステージへ駆け出す。


〇 同・ライブフロア(夜)

  照明のついたステージへ、満面の笑みの遥が出てくる。

遥「みんな、おまたせー! 今日は来てくれてありがとう!」

  客席のファンら、浮かない顔ながらもペンライトを振る。

  城田、ニヤニヤしながらステージ上を見ている。

遥「それじゃあ、いっくよー!」

城田「今だ、止めろ!」

  スタッフ、機材を操作する。

遥「マジカルミサ…」

  曲が止まる。

遥「スター、ト…?」

  遥とファンら、困惑している。

遥「あれれ…なんか間違えちゃったのかな? えーっと、みんな、こんにちはー!」

  客の視線が遥に集中する。

  遥、目が泳いでいる。

遥「あ、そうだ、せっかくだから自己紹介しよう! はい、あなたのハートにアブラカタブラ! 見習い魔法少女の17歳、ひなみんこと牧村日南です!」

  ファンら、一応の拍手を送る。

遥「ありがとう~!」

  PA卓に視線を向ける。

  いつの間にか城田もスタッフもいなくなっている。

  遥の目が更に泳ぎ出す。

遥「(どんどん地声になっていく)えっと…ちょっとトラブルがあったみたいで。ツアー最終日なのに、こんなんでごめんね! ホントに、どうしてこんな、なんでなの…」

  ファンら、遥の様子の異様さに気付き始め、ざわつきだす。

遥「(日南の声を作って)あ、ごめんね、ごめんなさい! みんな、ひなみんの歌聞きたいよね? ちょっと曲がかからないから、アカペラになっちゃうけど…」

  ざわつきは収まらず、遥、慌てて立ち位置に立つ。

遥「それじゃあ聞いてください、『BROOM IN THE SKY』!」

  ざわつきの中、曲無しで踊り始める。

遥「(♪) 子供の頃の夢はなあに? お花屋さん、ケーキ屋さん、それとも、お姫様?」

  ファンらが持っているペンライトの灯りが、徐々に消えていく。

  遥、踊るのをやめて、

遥「あ、そっか! 新曲の方が聞きたいよね! それでは聞いてください、『戦え、マジマジョ!』!」

  再び踊り始めるが、ファンは次々にフロアから出ていく。

遥「(♪) ある日、世界は変わった、闇が光を奪い去った、みんなの笑顔もどこかへ消え去った」

  舞台袖に来た城田、遥の様子を見て、笑いを堪えている。


〇 高級住宅街・国見邸門前(夜)

  高い塀に囲まれた豪邸の前にタクシーが停車し、中から黒木が出てくる。

黒木「ありがとうございます」

  タクシーが発車し、黒木は豪邸の門前へ。

  門前には「国見」という立派な表札。

  黒木、侵入口を探す。


〇 マンション・705号室(夜)

  日南、眉カット用ハサミで足首の結束バンドを切り、拘束から逃れる。

  よろめきながら立ち上がり、部屋から出ようとするも、扉が開かない。

  日南、業を煮やして窓の方へ行き、勢いよくカーテンを開ける。

  窓の外には夜景が広がり、この部屋がマンションの上階であることがわかる。


〇 国見邸・庭(夜)

  黒木、塀を乗り越えて、庭に侵入する。

  窓とセンサーカメラの位置を気にしながら、侵入経路を探す。

  しかし、黒木が見えない位置にある1階ベランダの窓が開く音が聞こえてくる。

遥母の声「今日も帰ってこないのかしら、遥ちゃん」

  黒木、驚きつつ声を出さないよう口を押え、身を伏せる。

遥父の声「お前が遥にマンションなんか買ってやるから…。ここ最近そっちに入り浸りで、家には寄り付きもしないじゃないか」

遥母の声「だって、どうしてもって言うから…。それに中古よ?」

遥父の声「金の問題じゃないだろう。お前は昔からそうやって…」

  黒木、話を聞きながら、訝し気な表情。


〇 マンション・705号室(夜)

  日南、窓の鍵を開けようとするが、がっちりと固定されていて開かない。

日南「ああもうっ…!」

  窓に頭をぶつけ、項垂れるが、再び顔を上げて、窓の向こうを睨みつける。

  戻ってクローゼットを開け、中から厚手の服を取り出し、拳に巻き付ける。

  再び窓の前に来ると、ファイティングポーズを取り、深呼吸。

日南「…なめんな」

  キッと前を見据え、窓ガラスを殴る。

  何度も殴ってるうちに、とどめの一撃で、窓ガラスが割れる。


〇 都内のライブハウス・ライブフロア(夜)

  客が全員去ったライブフロアに、遥1人が取り残され、歌い踊り続けている。

遥「(♪) 嬉しいことも、楽しいことも、みんなお空へ連れていっちゃおう」

  舞台袖から、城田、玲奈、友里が、白い眼で遥を見ている。

玲奈「…気持ち悪い」

友里「どうすんの、城P?」

城田「じき警察がここにも来る。そしたらこの地獄のライブも終わりだ」

遥「(♪) さあ、魔法の箒で空を飛ぼう!」

  決めポーズ。


〇 遥の幻想

  遥の姿が、CGアニメ風の日南の姿になっている。

  遥に向かって拍手と歓声を送る、フロアいっぱいの幻想の客。

  遥、狂気の微笑を浮かべる。

遥「ほら、私にもできたでしょ…?」


〇 マンション・7階ベランダ(夜)

  日南、割れた窓ガラスの隙間から、外に出て、下を見下ろす。

  マンションに面する車道は車通りが多く、歩道に通行人が1人だけいる。

日南「助けて! 誰か!」

  通行人はイヤホンをしており、車の音にも掻き消され、日南の声は届かない。

  日南、一度部屋の中に戻る。


〇 同・705号室(夜)

  日南、辺りを探して使えそうなものを探し、その流れでクローゼットを開ける。

  もともと日南が背負っていたリュックが押し込められており、金具の部分に遥からのプレゼントの防犯ブザーが付けられている。

  日南、リュックを手に、再びベランダへ。


〇 同・7階ベランダ(夜)

  日南、防犯ブザーのスイッチ紐を引き抜き、リュックごと地面に落とす。

  防犯ブザーの音をけたましく鳴らしながら、リュックが落ちていく。


〇 マンション付近の歩道(夜)

  通行人の男が犬の散歩をしていると、遠くから防犯ブザーの音が聞こえてくる。

男「ん?」

  音のする方へ行くと、防犯ブザーのついたリュックが地面に落ちている。

  犬が頭上を見上げて吠えだし、男もつられて頭上を見上げる。

  日南が拳に巻いていた服を旗のように振って、男に助けを求めている。


〇 大学病院・外観


〇 同・ロビー

  診察に来た人や、入院患者が揃って、大画面のテレビに映るニュース番組を見ている。

アナウンサー「アイドルグループ『マジカル☆マジョリン』のメンバー、牧村日南さんを誘拐、監禁したとして、17歳の少女が逮捕された事件で、警視庁は、牧村さんの誘拐に加担したとして、飲食店アルバイトの男ら3人を新たに逮捕しました」

  ケーキの箱を持った黒木、テレビを見ている人達の脇を通り過ぎる。


〇 同・入院個室

  ベッドの上の日南、黒木が持ってきたケーキの箱を開けて、目を輝かせる。

日南「うわ、美味しそう」

  黒木、ベッド脇の椅子に腰かけて、日南の様子を見ている。

日南「さっき警察の人が来てさ」

黒木「はい」

日南「あの子のプレゼントの防犯ブザーの中から、盗聴器が見つかったんだって」

  驚く黒木を横目に、日南はケーキを食べ始める。

日南「そんなものに助けてもらったなんて、皮肉な話だよね」

黒木「…でも、無事で本当によかったです」

日南「まあね。…あ、そうだ」

  身を乗り出して冷蔵庫を開け、中からゼリー飲料を取り出し、黒木に差し出す。

日南「これ、いる? 城田からの差し入れ」

黒木「えっ、城田君から?」

日南「持ってきたのは玲奈と友里だけどね。私の事件のことで、取材やら何やらで忙しいらしくて」

黒木「それじゃあ有り難く、頂きます」

  ゼリー飲料を受け取り、一口飲む。

黒木「ここのところ大変みたいですね、城田君。身体壊さないといいけど…」

  もう一口飲む様子を、日南がじっと見る。

日南「ロッキーって、城田のこと好きなの?」

  黒木、噴き出す。

  むせて咳をする黒木に、日南がティッシュを差し出す。

黒木「すみません…。あの、その、どうして、そんなことを?」

  日南、黒木の鼻の頭をいじる癖を真似る。

日南「ロッキー、気まずい時こうする癖あるじゃん。でも、城田と2人でいる時に、それしてるの見たことないから」

黒木「…」

  無意識で鼻の頭をいじろうとするも、途中で気付いてやめる。

黒木「…似てるんです」

日南「え?」

黒木「初恋の人に、声がすごく似てるんです、城田君…」

  日南、一瞬きょとんとして、笑い出す。

日南「なんだ、私ら初恋を拗らせてる同士だったんだ!」

  黒木、恥ずかしそうに肩をすくめる。

黒木「俺のことはともかく! …マジカル☆マジョリンは、これからどうなるんでしょう」

日南「…それなんだけど、玲奈と友里は、アイドル辞めるつもりみたい」

黒木「え?」

  日南、ケーキを食べる手を止めて、

日南「偽アカのツイートが、ファン以外の人にも拡散されちゃって。2人への批判みたいなのも結構酷いらしくてさ…」

黒木「そんな…」

日南「…私たちのことなんか、どうせ大して興味も無いくせに、勝手だよね」

黒木「…牧村さんは、アイドルを続けるんですか?」

日南「…」

  俯いて、ガーゼに覆われた自身の手首を見つめる。

日南「アイドルになろうと思ったのって、私にもできそう、って思ったからなんだよね」

黒木「…」

日南「学も無いし、金も無いし、才能も無いし…。何もいいとこないけど、だけどアイドルなら私でもなれるんじゃないかって。そうすれば、どん底から這い上がれるんじゃないかって…」

黒木「…泥の中でも咲ける花、ですね」

  日南、頷く。

日南「…そういうナメてたところ、見透かされてたのかな。だから、あの子はあんなことしでかしたんじゃないかな…」

黒木「そんなこと、考えなくていいんですよ!」

日南「ロッキー…」

  ノックの音。日南と黒木、振り返る。

  扉が開き、大量の花束を抱え、紙袋を持った純子が、入室してくる。

純子「日南、元気にしてる? あら黒木さん、おはようございます」

  ベッドの上、日南の膝元あたりに花束を置く。

  日南と黒木が花束の量に驚いていると、純子が紙袋の中から花瓶を取り出す。

純子「すごいのよ、お見舞いの花が、もうひっきりなしに事務所に届いて!」

  花瓶に水を入れに、手洗い場へ。

純子の声「ファンレターとプレゼントも来てるけれど、今はそういうのナーバスになってると思って。でも花ぐらいは、時間が経てば枯れちゃうわけだし」

  水の入った花瓶を持ってきて、花束を花瓶にさしながら、日南に微笑む。

純子「みんな、あなたの帰りを待ってるからね、日南」

  黒木、純子の言葉に、強く頷く。

  日南、純子と黒木を交互に見て、笑う。

日南「…うん」


○ 鑑別所

  拘留された遥、壁によりかかって座り、小さな声で歌っている。

遥「(♪)さあ、魔法の箒で空を飛ぼう…」


〇 上野公園・不忍池

  冬を迎え、枯れた蓮の葉枝が辺り一面に広がっている。

  その景色を眺めている、日南。

日南「…」


〇 鑑別所

  心ここにあらずの遥。

  女性の法務教官がやってきて、扉の鍵を開け、中へ入ってくる。

教官「国見遥さん」

  遥、反応を示さない。

教官「…牧村日南さん」

遥「はい?」

  教官、遥に手紙を渡す。

教官「お手紙を預かってますよ」

  遥、封を開け、中に入っていたポストカードを取り出す。

  ポストカードには、美しい蓮の花の写真が写っている。

  遥、呆然と写真を見て、花びらの部分を指でなぞる。

遥「…キレイ…」


〇 ダンススタジオ・レッスンルーム

  日南、軽く準備運動をしてから、ダンスの練習をし始める。

  踊る日南の姿が、壁面の鏡に写っている。


END

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泥に咲く花 永井 茜 @nagai_akane

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