第11話 Reincarnation

 あれから数年の月日が流れた。


 俺は高校を卒業し大学へ進学した。そして実家を出て一人暮らしを始めた。

 入学した大学は俺が卒業し准教授として働いていた場所であった。正直、以前は自分が入試問題作成にも関わっていた時期もあったので多少の傾向も解り対策が立て易かった。不正のように思われるかもしれないが、カンニングをした訳では無いのでそこは大目に見て頂きたいところだ。


 あれから十年程の月日が経過していたが校内の様子はあまり変わっていなかった。この学校にいると嫌でも学生の頃過ごした真由美との思い出が蘇ってくる。それは辛いものではあったが、反面彼女との甘い思い出でもあった。あの廊下の角を曲がると真由美が現れるのではないか。そんな切ない願望が時折俺を高揚させる。ただし、その願いが叶う事など無いことを理解できる大人にはなっている。大人になったと言ったが、考えてみれば秀則であった42年間、直也として生きている20年程の日々、合わせると62年の記憶。そう考えると俺も精神年齢的には定年を迎える歳なのかと一人笑ってしまう。

 俺はまた以前と同じように経済学を専攻している。もちろん経済学は俺の得意分野で現職の教師達にもその知識は負けない。なんせ60年分の知識が詰まっているのだから。

 

 あの事件の後、美穂は遠い親戚の家へ養女として引っ越していった。

俺は前世で自分の娘である彼女と一緒に暮らす事も考えてはみたが、未成年の俺達にそんな事が許される訳も無く、結局は彼女に何もしてやる事が出来なかった。自分の無力を思い知らされた。

 彼女が引っ越して行った先は俺の住む街から遠くて、とても高校生風情が気安く行けるような所ではなかった。通信アプリやスマホを使って豆に連絡を取り合っていたが、ある時期を境に、自分の人生と彼女の人生は交わるべきものでは無いのでは無いかとの気持ちになり、自然に彼女と連絡を取るのを止めた。 

 しかし、彼女にその思いが理解出来る訳も無くて結局は後味の悪い別れ方になってしまった。


 俺は研究書を片手に食堂で昼食を消化する。ふと箸を置き、頬杖ほおづえを突き外の景色に目を移す。

 空は雲一つない晴天である。太陽の光が降り注いでいる。こんなに陽気な日は大学で勉強するのではなく河原の土手に寝転んで読書でもしたいものである。

 俺は大きな伸びをしながらアクビをする。小鳥達が電柱の上で遊んでいる。


「なっ!?」突然、後ろからゆっくりと優しく体を抱き締められる。それは何故だか凄く懐かしい感覚のような気がした。耳元に当たる長い髪、背中に触れるふくよかな柔らかい二つの感触。

 そして俺の耳元に淡い吐息と、聞きなれた甘い声が聞こえる。


「一条直也君……、ボーとしてどうしたの?」その声はイタズラな笑みを含んだ声であった。

振り替えると、そこには彼女の美しい顔があった。


「ああ、君か」素っ頓狂な返答を返してしまう。彼女とは大学に入学してから付き合うようになった。先に声をかけてきたのは彼女からであった。

 見た目と実年齢のバランスが取れない俺は、一緒に入学した学生の中では少し浮いた存在になっていた。半分は遊びの延長で来ている学生の中で経済学を真剣に学ぼうとする俺は異質な存在であったのかもしれない。そんな学生の中で俺と同じように、彼女も少し馴染めないでいるようであった。その美貌ゆえに必死に話しかけたり、告白を試みる男子学生は山ほどいたようであるが、彼らはあえなく撃破されていったようだ。


 そんな彼女がどうして俺の彼女となったのかは俺にも判らなかった。

 

「ああ、君かって……、せっかく私が声をかけてあげているのだから、もっと驚きなさいよ」彼女は人差し指を自分の唇に当てながら残念そうな顔をした。俺が驚いてひっくり返るとでも思っていたのであろうか。


「十分に驚いたさ」俺は持っていた本を閉じた。彼女は俺が座る席の隣に腰を下ろす。長い髪がたなびいて女の子特有の甘い香りがした。彼女が隣に座るだけでアロマ効果があるのではないかと思うほど癒される。


「今日のご予定は……?」俺のスケジュールを確認するように彼女は呟いた。どうやら彼女もこの陽気の中で晩学に励む気はない様子であった。


「ああ、今日は昼からフリーだ。どこかに行くか?」当然のように聞いてみる。


「そだね、久しぶりにボーリングなんてどう?」その両手にボーリングの玉を持っているような仕草をしながら彼女は提案をしてくる。


「ボーリングか……、久しぶりにいいね。あれ?君と一緒にボーリングなんて一緒に行った事あったっけ?」彼女とボーリングをした記憶などなかった。

 その途端、彼女はペロリと舌を出して誤魔化すようにとぼけたような顔をした。


「はい、をどうぞ」彼女は優しい笑みを見せながら自動販売機で購入したと思われる紅茶を差し出した。彼女はストレート、俺に渡したのはレモンティーであった。


「え?何だって……」どこかで聞き覚えのあるその言い回しに動揺する俺の唇に彼女は自分の唇を優しく重ねた。なぜか触れた唇の遠い昔に戻ったような懐かしい感触を覚えた。

 

「ウフフ」彼女は唇を離すと小悪魔のような微笑みをみせた。顎のチャーミングな黒子ほくろが彼女の笑みを際立たせていた。


fin

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Reincarnation (輪廻転生) 上条 樹 @kamijyoitsuki

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