幸福の薬は、お互いの存在

霜月二十三

本編

 チェルシーが風邪を引いた。

 彼は、こういう時のために医師免許は捨てないでいたので、チェルシーは単なる風邪だと診断できた。


 彼はチェルシーの額に乗せていたタオルを冷たい物に替えた後、チェルシーのベッドそばにある椅子に座っていた。

「それにしても……装備が徹底的すぎない?」

 彼の装備。マスクを着けるのは、まあ、いいとして、使い捨ての帽子を耳を巻き込む程に覆い、フェイスシールドや手袋、普段着の上からガウンやシューズカバーも着けていて、確かに、かなり徹底した装備であった。

「飛沫感染と接触感染防止のためだよ。近づきすぎと医者の不養生が元で、ボクとチェルシーで風邪ウイルスを交換しあうことになるのは……あまり良くないでしょ?」

 う、うん……とチェルシーは、やや複雑そうだった。

 日頃、彼は、やむを得ない事情がない限りチェルシーに抱きついたり、肩や腕や手などを掴んでしばらく離さなかったりとチェルシーの近くに寄りがちなのに、風邪の時は徹底防御……。

「……ところで、食欲、ある? ……なにか、持ってこようか?」

 幼い頃、風邪を引きがちだったチェルシー。風邪のとき、よく食べていたのは……。

「……プリン。普通の、卵と牛乳とカラメルの味がするプリン食べたい」

 そのチェルシーのリクエストを承諾した彼は、どこかへ瞬間移動テレポートし、数分後プリンとスプーンを持って戻ってきた。もちろん、あの防御装備は忘れてない。

 彼からプリンとスプーンを受け取り、チェルシーは、いただきます、と品よく食べ始める。


 チェルシーがプリンを食べ終えた後、彼に風邪の時、何を食べてたか聞いてみた。

「ん~、ちょっとガッカリさせること言っちゃうけど、ボク、今日まで風邪引いたことないんだよね……」

「……毎回徹底防御してるから?」

「キミが生まれる前辺りまでは普通にしてた……つもりだったんだけど……、風邪とは別の理由で体調……とか崩して看病される側になって思ったんだ。これからは防げるトラブルはちゃんと防ごうって」

 さらに彼は、ああ、でも……、と言いながら少し考える素振りを見せたが、いや、と思い直す。

「チェルシー……風邪治したら、またくっついていい?」

 チェルシーが、うん、と言ってから数日後、チェルシーの風邪は完治した。

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幸福の薬は、お互いの存在 霜月二十三 @vEAqs1123

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