障害物殺人事件リレー ミス研最初で最後の事件記録

i-トーマ

夏だ! スポーツだ! 事件を起こせ!

「今年の体育祭は我らミス研がジャックする!」


 突然部長が声をあげた。悪い人では無いのだが、時々突拍子もないことを言い出すのが玉に瑕だ。


 ここは高校の、ミステリー研究会が使っている教室だ。会長と呼ばれたくない部長、デブ男のコロちゃん、ネズミ顔の小男ゴロー、紅一点ロクちゃん、そして僕、クドー。たった五人の趣味サークルだ。


「世界的なスポーツの祭典の様子を観ていて思いついたのだ! 明日の体育祭、クラブ対抗リレーを障害物殺人事件リレーにする!」


 唐突な流れにみな唖然としている。


「少し正確性を欠いたな、ジャックは言葉のアヤだ、すでに話はついている。進行役はコロちゃんとゴロー。走るのはクドー君とロクちゃんだ」


 僕は驚いてロクちゃんを見る。

 ロクちゃんも驚き戸惑っている。


「進行役はこの後打ち合わせ。選手二人は解散、明日に備えろ」


 それだけ言って追い出された。


 え? なにこれ?



 そして迎えた体育祭当日。

 クラブ対抗リレー、改め、障害物殺人事件リレーは本当にあった。

 午前の部を終え、昼食後の二つ目の種目がそれだ。

 そう言えば、リレーなのに二人なのな。


 とりあえずロクちゃんと合流し、なんだかそわそわしていると、聞き覚えのある声が校内放送のスピーカーから聞こえてきた。


『次の種目は、障害物殺人事件リレーを行います。選手の皆さんは、入場門に、集まってください』


 コロちゃんの声だ。いよいよ始まる。

「行こう」

 ロクちゃんの声で歩き始める。

 続いてゴローの声がスピーカーから流れてきた。


『ここで、この種目の説明をします。まず第一走者は、各クラブに由来する凶器を持って走ります。五十メートル走ると、殺害方法カードが人数分あるので、その中から一枚を取ります。早い者勝ちです。内容は、ぼくさつ、しさつ、かみ……か、こ、こうさつ? などです』


 おいおい、仮にもミス研に所属するなら、漢字くらいスッと読めよ。撲殺、刺殺、絞殺だな。


『その後、網をくぐって平均台を渡り、被害箇所カードを選んで取ります。被害者が致命傷を負う箇所です。あたま、くび、むね、などです。その後、小麦粉の中から血糊玉を、口だけで探し出して見つけます。その玉を割ると、赤い液体が出てくるので、それを凶器に塗って、被害者役であるアンカーを殺す真似をしてください。その時、何かセリフがあると、ボーナスポイントが入ります。そしてアンカーは、凶器とカードを全部受け取って、ゴールまで走ってください』


 ボーナスポイント? そんなのがあるのか。


『ゴールの順番と、凶器、殺害方法カード、被害箇所カードの組み合わせによってポイントが入ります。ボーナスポイントは、ミス研の部長が判定します。高得点を目指して頑張ってください』


 え? なんかほとんど第一走者が負担しないこれ?


「頑張ってね、クドー君」


 はい! 頑張ります!

 ロクちゃんの応援で百人力だ。



 僕は他の部の代表と共にスタート位置に立っている。陸上部、水泳部、剣道部、弓道部、サッカー部、そしてミステリー研究会だ。

 陸上部はユニフォームに、バトン代わりの、凶器の砲丸の玉。

 水泳部は競泳水着で、水筒。

 剣道部は防具などフル装備で、竹刀。

 弓道部は、袴……っていうのか、和風のアレに弓矢。

 サッカー部はユニフォームに、サッカーボール。

 そして僕、ミス研は、ロングコートに、マジックペン。

 探偵ならコートだろ、ミステリー作家ならペンだろ、という謎理論で着せられた。


 それはそれとして、ここで分かったことが一つ。


 陸上部と水泳部、めっちゃ仲悪い。

 初見で完全に完璧に言い切れるくらいヤバい。



「位置について、よーい」


 パン!


 始まった。


『陸上部と水泳部がスタートダッシュ! 速い! ちょっと陸上部が速いか』


 ゴローの解説が入る。

 僕は今四番手。前には剣道部、すぐ後ろにドリブルしながらサッカー部。弓道部は、まだスタート位置で、空に向けて弓を引いてアピールしている。


『陸上部が殺害方法カードを取った! おや、水泳部が何か文句を言ってますね』


 僕も遅れて到着。まずは殺害方法カードを確認する。

 残っているのは、刺殺、射殺、撲殺、絞さ……、かみ、さつ? 咬殺って何?

 あ! さっきゴローが読めなかったのこれか! 絞殺の誤字かよ! 部長!


 なんて間に剣道部が刺殺を取って走り出す。

 よく考えたら、僕の凶器ってペンじゃん? 残りは射殺、撲殺、絞殺、詰んでね?


 いやまて、アレがある。赤組白組を分ける目印、全員着けてる鉢巻! 使えるものはなんでも使う。


 僕は咬殺と書かれたカードを取って走る。

次は網くぐりだ。


 前を行く剣道部は、防具や竹刀が引っかかってもたついている。

 僕も頑張って網をくぐるが、マジックペンが網に引っかかって落としてしまった。

「あれ? どこ?」

 焦れば焦るほど見つからない。


 やっと見つけた時にはかなりのタイムロス。すでに弓道部に並ばれている。

 網をほぼ同時に抜け、平均台を駆け抜ける。しかしここで、運動部と文化部の差がでる。


 僕の方がどうしても体力の無さで遅れる。


 次の被害箇所カード、残りに「首」が見えた。アレが取れなければ本当に詰む。

 が、それを弓道部がタッチの差で取っていく。


 最後に残ったカードは……?


 なんだ、カードに四角しか書いてない。とにかくそれを取って走る。次は小麦粉の箱。中に血糊の玉が隠れている。それを口で見つけるアレだ。


「今宵の虎徹は血に飢えておる」


 いきなり物騒なセリフが聞こえてきた。

 剣道部だ。先端の赤い竹刀でアンカーの胸を突いていた。その後アンカーにそれらを渡し、アンカーはゴールに向かって一直線に走った。

 僕はとりあえず小麦粉の中から玉を探す。


『陸上部、水泳部、ほぼ同時に小麦粉を抜けましたぞ!』


 コロちゃんの声にゴローが続ける。


『両者ともセリフも無くアンカーを殺害! スピード勝負に出た!』


 その時やっと玉を見つけた。弓道部はまだだ。顔を汚すのをためらっている。

 玉を手で握り潰すと、赤い液体があふれた。それを鉢巻(白)に塗りたくる。


 その時閃いた。


 被害箇所カードの四角、これ「口」だ。え? 「口を絞殺」って無理じゃね?


 絶望に思わずペンを取り落とした。


 そして絶望が希望に変わった!


 僕の凶器!


 僕はカードの四角の下に四画書き加えた。


 「足」。


 これでせめて絞めることが出来る。


「死ねー!」


 これはサッカー部だ。赤いサッカーボールを頭に叩きつけると、その勢いでボールが弾み、それを追ってコースアウト。今のうち。


「お命頂戴つかまつる。安心めされい、苦しみは一瞬よ!」


 古臭い言い回しは部長の好みのはずだ。

 僕はロクちゃんの膝の上辺りに赤く汚れた鉢巻を結ぶ。

 そしてロクちゃんにペンと二枚のカードを渡す。その時見たロクちゃんの真剣な顔に、思わずドキッとする。


 ロクちゃんが振り返って走る。


 僕の後ろにはまだ弓道部がいる。サッカー部はまだボールを追っている。順位は四位か。


 風が吹いた。


 ロクちゃんの手からカードが落ちる。

 カードはすぐに拾ったが、なぜかロクちゃんが走り出さない。


 手元のカードを見て、僕を見て、ゴール近くにいる部長を見て、もう一度僕を見る。何か、納得出来ない表情で走り出した。


 なんとか四位でゴール。

 あとは結果発表を待つだけだ。



「剣道部、竹刀、刺殺、胸。弐点! ボーナス参点!」


 部長の声が響く。


「陸上部、砲丸、溺殺、胸。零点! 水泳部、水筒、斬殺、胴。壱点! 共にボーナス零点!」


 順位で陸上部、ポイントで水泳部が取った。実質引き分けでいいのではないだろうか。


「ミス研、鉢巻、咬殺、足」


 そこまで言って、間が空く。

 部長の小さな吐息をマイクが拾う


「ミス研は、証拠品を捏造した罪により、失格!」

「えーーー!!」


 僕は膝からくずおれてしまう。

 その後の部長の採点を聞いている余裕は無かった。



「結果は残念だったけど、よく頑張ったと思うよ」


 祭りの後、帰り道。ロクちゃんの慰めの言葉でも、僕の心は未だ癒えない。


「部長もひどいよね、ズルしたのはクドー君だけじゃないのに」


 ロクちゃんが、わざと明るい声を出す。


「じゃあさ、他の組み合わせでどうやったら正解だったか、考えてみようか」


 例えばさ……とロクちゃんが続ける。


「射殺と、胸を選ぶの。それで、セリフのところでキザな事を言うのよ。凶器、殺し文句、とか」


 僕はやっと視線を上げる。ロクちゃんの横顔は、夕日のせいか、赤く浮かんで見える。


「じゃあそのセリフ、具体的には?」


 僕はちょっと意地悪な気分になっていた。ダメだと思ってはいたが、口に出してしまっていた。

 ロクちゃんは困り笑顔で、さらに顔を赤くして考えている。

 君の瞳に乾杯? 月が綺麗ですね? うーん。


「普通に、『ずっと好きでした』でも良いんじゃない」

「ロクちゃんはそれで殺されるの?」


 ロクちゃんがちょっとムッとする。しまった、言い過ぎた。


「そんな事言うなら、クドー君が持ってたカード、そのまま使っても成立してたじゃない」

「は? あの誤字カードで? 猿ぐつわでもするの? なんて言って?」


 ロクちゃんが怒っているのがわかっているのに、声に出すのを止められなかった。


 ロクちゃんが足を止める。


 僕も足を止める。


「こうするのよ!」


 ロクちゃんは言って、僕の『口』を『咬み殺した』。


 ロクちゃんが視線をそらす。


「セリフは、さっきのでも良いんじゃない。またね!」


 彼女は早口でそれだけ言って、走り出した。

 呆然とする僕。

 なるほど、僕は射抜かれ、殺された。


 どれくらい経っただろう、不意に携帯が鳴る。

 慌てて取り出す。誰から? 誰から? もしかして……。


『差出人:部長 タイトル:不甲斐ない奴め』


 部長かよ! いや、タイトルが不穏。


『せっかくお膳立てしてやったのに、台無しではないか。しょうがない、次は文化祭だ。ちゃんと決めろよ』


 部長! あんたってひとは! ぶちょーー!


「うおーーー!」


 僕は急な展開についていけず、叫び、そして走り出した。



 

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