第二章
第16話 白の剣
スラリと引き抜いた刀身が窓から差し込む陽光にキラリと光を跳ね返した。
美しい剣だ。
引き抜いた鞘にはエストテレアの王家の紋章が刻まれている。
だが、よく見ると美しい刀身に反してその刃先は潰され、切ることはできない様にと加工されていた。
「これは……?」
朝一番にリズから「タリアス様からの贈り物です」と長方形にしては縦に長く、一眼で上等なものだとわかる箱を渡された。
訝しみ、怪しみながら開いた箱には、エストテレア王家の紋章が刻印された白い鞘に収まった剣が鎮座していた。
王家の者が扱うにしては装飾は鞘の淵に配された極小さな紅い宝石が一つしかないそれは明らかに実用性を重視したものなのだとわかった。
試しに手に取った剣は驚く程リーゼの手に馴染んだ。
アースレイアをはなれ、この国についた時に騎士としての愛刀は取り上げられていた。護身用の小刀は取られはしなかったが、それでも最後に長剣を手にしたのはひと月以上前のことだ。
そう、まだひと月と少ししかこの国に来て経っていない。
だというのに、常ならば騎士として女の身にしては武骨であったリーゼの手は掌の厚みこそは依然と変わらぬものの、女性らしさが滲んだものになりつつあった。
日課の鍛錬をひと月やめただけでこうも変わってしまう我が身がうらめしい。
慣れた仕草で刀身を納め、美しい長刀を今一度見つめる。だが、その瞳には喜びよりも困惑の色が強く浮かぶ。
刃先の潰れた長剣を贈ってきたタリアスの考えが判らず、訝しむリーゼにリズから他にも手紙と何やら大量の書物も届いていると伝えられ、まずはとその手紙を渡された。
「君の立場上、普通の剣を帯刀することは許可できない。だが、刃先がない剣なら護身用の模造刀だという建前で身につけることはできる。剣の稽古や鍛錬においても十分に役目を発揮できる筈だ。今はこれで我慢してくれ。それとーー」
「此方が、その書物です」
リゼがニコニコと微笑みながら机の上で山となっている本を示した。
タリアスの手紙には贈られた剣の帯刀許可と、届けた書物を読み込んでおく様にといった内容が示されていた。期間はひと月で。
「ひと、つき…?」
恐る恐る、もう一度本の山を視界に収める。無理だ。どんな苦難も乗り越える気概のあるリーゼでもこれは絶句せざるを得ない。
腰までの高さのある丸テーブルの上、これでもかとつまれている本はリーゼの背丈を超えている。
ためしに一冊手にとってみると、それはエストテレアの歴史書だった。
よくみると、本の塔は分野ごとに分けられていた。
歴史、経済、政治、貴族社会についてなどの一般教養、その他と五つに分けられている。そしてそれら全てがエストテレア国においてのもの。
これだけならリーゼにエストテレアの人間として生きていくことを強制させているのはと考えられるが、書物の横に置かれていたものが、そうではないのだと告げる。
五冊のノートとメモや付箋類。メモの一枚目には、アースレイア国との相違点や疑問点その他気になる点や独自の見解を書き記す様にと書かれていた。
「本当に、一体、彼奴は何を考えているんだ…?」
小さくそう零し、とりあえず当面自分はこの課題とも取れる作業と格闘する日々が続くのだろうと頭を抱えた。
だが腰に携えた一つの剣。その慣れた重みと慣れない美しい白い鞘をみると不思議と胸が暖かくなった。
一つ息をつき、背筋を伸ばすとリーゼは何事もまずはやってみなければ始まらないのだと、最初に手にとった歴史書とノートやメモ類を手にとりいつ出番が来るのかと部屋の隅に佇んでいた執務卓へと脚を進めた。
忠義の女騎士と暴君な王子 つばさ @283yoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。忠義の女騎士と暴君な王子の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます