Some more!

文月八千代

Some more!





「もっとちょうだい!」

「わたしももっとほしい!」


 バーベキューコンロを囲み、楽しそうにはしゃぐ娘たち。

 その姿は、親冥利につきるほど可愛らしい。


 今日は街の喧騒を離れ、僕と妻、そして幼稚園児の娘ふたりでキャンプ場にやってきた。

 ずっと忙しくて家族サービスができなかった、せめてものお詫びに。

 この提案をしたとき、妻は「寒いから面倒」などとぶつくさ言っていた。

 しかし「外でご飯を食べる」と聞いて大喜びする娘たちを前に、「ダメ」とは言えなかったようだ。

 結果的に、日帰りのデイキャンプになってしまったが……まあ、よしとしよう。



 朝まだ早い時間、眠そうにする娘たちに朝食を食べさせ着替えさせる。

 そして愛車である黒いSUVに、テントなどの道具を積み込んだら出発だ。


 暖かい日が続いているとはいえまだ2月。

 夏場なら場所を取るのも難しいオートキャンプ場に、客はまばらだった。

 僕らは陽が当たる場所を陣取って、荷物を広げる。

 娘たちも小さな身体をぴょこぴょこ動かし、一生懸命手伝ってくれた。


 僕は……タープを立てよう。



 作業しやすいよう要所要所に必要なものを配置していると、娘たちは

「これなにー?」

「ねえ、これはー?」

と興味津々の様子。

 僕はひとつひとつ説明しながら手を動かす。


 正直なところ、進捗を考えるとふたりの存在は邪魔である。

 きっと「向こうに行ってなさい」と言えば、妻の周りで遊ぼうとするだろう。

 しかし、ふたりの好奇心の芽を摘んではいけない……と思ったのだ。


 それに、ふたりに見守られながらの作業には嬉しいこともあった。

 鋼鉄のペグをハンマーで力いっぱい打ち込んでいる姿に、最初は怯えていた娘たち。

 作業を始めたころは

「こわーい!」

「こわいよー!」

などと口にしていたが、タープを張り終わるころには

「パパ、カッコいいね!」

「ちからもちだね、パパ!」

と褒め称えてくれたのだ。


 僕はそれだけで疲れが癒えるほど嬉しくなってしまった。



 考えてみると、子どもが生まれてからキャンプに来るのは初めてだ。

 妻と結婚する前は、色んなところに出かけてはキャンプをしていた。

 お金があまりなかったこともあるが、予定もなしにふらっと出かけることが多かったのだ。

 行きあたりばったりで宿を取ったり、車中泊をしたり、キャンプのときもあった。

 当時は彼女だった妻もそれを楽しんでくれて、僕らは満足していた。


 だが子どもができるとそうもいかなくなる。

 アウトドア好きだった妻も、今回の反応を見ると興味が薄れているようにも思える。

 ほんの少し寂しい気もするが、これが母になるということなのだろう。

 



「パパ? どうしたの?」

「どうしたのー?」

 娘たちが、僕の顔を心配そうに覗き込んできた。


 いけない、いけない。

 朝からいままでの出来事を思い出し、ニヤニヤしてしまっていた。

 ちかちかと赤く燃える炭火を見つめていたせいで、不思議な世界にトリップしていたらしい。

 僕は慌てて顔を上げ、

「あっ、ああ。なんでもないよ、大丈夫」

と答えてみせる。


 すると娘たちはホッとした様子でハモりながら、

「よかったー」

「よかったー!」

と言った。

「ふふ。それじゃあご飯にしようか。ママは……車か。ふたりで呼んでおいで」

 ふたりはぴょんぴょん飛び跳ねながら、妻のいる車へ向かっていった。

 


 肉を焼き、野菜を焼き。

 肉を食い、野菜を食い。


 持ってきた食材をほとんど食べきったころ。

 娘たちは満足そうな表情を浮かべ、椅子に座って足をプラプラさせている。

 そんなふたりを、同じように満足げな顔の妻が見つめていた。

 僕もなんとなく幸せな気分になってくる。

 このままひとねむり……といきたいところだが、バーベキューはまだ終わっていない。


「腹いっぱいかもしれないけど、とびっきりのご馳走があるぞ」

 僕はクーラーバッグからマシュマロとチョコレート、そしてクラッカーを取り出した。

 するとつまらなそうにしていたふたりはガバっと立ち上がり、

「チョコだ!」

「おかし、たべるー!」

なんて騒ぎ始める。



 満腹だというのに……子どもにとってお菓子は別腹なのだろう。

 ふたりは目をキラキラさせながら、僕が手に持つものを見つめている。

 よし、計算どおりだ。 


「食べたいかぁ? でも、このまま食べるんじゃないんだぞ」

 僕の言葉に、ふたりは不思議そうな表情でお菓子とこちらを交互に見る。

 そんなふたりの背後に目をやると、妻が

「ああ、アレね」

と口を動かし、ニヤリと笑った。




 手元がよく見えるように、娘たちをバーベキューコンロの近くに呼んだ。

「最初に、マシュマロをこうするんだ」

 まず、一口大のマシュマロを串に刺していく。

 それを見ているふたりは

「やきとり?」

「やきとりだー!」

とはしゃいでいるが……残念ながら鳥要素はどこにもない。


「ブー。焼き鳥じゃありません。串に刺したマシュマロを、今度は……」

 僕は串を炭火に近づけた。

「もえちゃう!」

「もえちゃうよ、パパ!」

 娘たちは心配そうに騒いでいるが心配無用。

 炭火はよほどのことがなければ、マシュマロに引火しない。

「ハハ、大丈夫。あとはこうやって……」

 焦げないようにくるくる回しながら焼き色をつけていく。


「お、そろそろいいかな。今度はこれをこうするぞ」

 きつね色になったマシュマロからは、甘い香りが漂っている。

 僕はマシュマロをクラッカーに乗せ、チョコレートひとかけをうえに置いた。

 そしてもう一枚のクラッカーで挟んで……アウトドアスイーツの定番、『スモア』の完成だ。

 名前の由来はあまりにも美味しくて、子どもが「Some more(もっと)!」とオネダリを始める……ということらしい。

 きっとふたりも、期待通りのリアクションを見せてくれるだろう。



「よし、できたぞ!」

 クラッカーの間から、程よい柔らかさになったマシュマロと、溶け出したチョコレートが覗いている。

「熱いからな、気をつけて食えよ」

 それぞれの手にスモアを渡すと、ふたりはそんな注意も無視してかぶりつく。


「おいしー!」

「おいしー!」

 口元をチョコレートで茶色く汚し、大興奮の娘たち。

 まだ口のなかにものが入っているのに、

「もっとたべたい!」

「もっとー!」

と元気にオネダリしてきた。



「わかった、わかったから落ち着けって! とりあえずそれ飲み込め!」

「そうよ、お喋りはゴックンしてからって言ってるでしょ!」

 静かにこちらを見ていた妻も、堪らず娘たちを注意する。

 しかし、ふたりの意識は完全にスモアに注がれていた。


「はやくたべたいの!」

「たべたいのー!」

 娘たちはそう言いながら、身体にまとわりついてくる。

 危ないったらありゃしないが……ふたりを火から遠ざけながら、次のスモアを作っていく。




 何回おかわりしただろう。

 さすがにもうなにも食えなくなった娘たちは、妻に連れられテントの中へ。

 あたたかなブランケットをしっかり被り、食休みしているようだ。

 最初は三人の話し声が聞こえてきたが、いつの間にか静かになった。


「寝ちゃったみたい」

 テントから出てきた妻が言う。

 僕はテントの入り口から、ふたりの姿を確認する。

「はしゃいでたもんな……片付ける時間まで寝かせておこう。でも、連れてきてよかたよ、な?」 

「そうね」

 妻はそう答えながら、僕の腰に腕を回してきた。


「おい……急になんだよ」

「いいパパしてるじゃない、って思って」

「おいおい……家でだって頑張ってるだろ?」

 妻の言葉に、僕は反論する。

「ふふふっ、そうだった。ごめんね」

「分かればいい。でもやっぱり……子どもっていいもんだな」

「でしょ? あなたとの子なんだもん、当たり前」

 すやすや眠る娘たちを見たあと、僕らは顔を見合わせ笑いあった。



 テントからそっと離れた僕らは、バーベキューコンロの前に椅子を並べ、暖をとりながら話をした。

 といっても娘たちの話題がほとんどで、「やっぱり娘は可愛い」と再確認できる内容だった。


 会話が途切れた次の瞬間。

 妻が

「ねえ……」

とジャケットの裾をクイクイ引っ張り、小さな声で言う。

「ん? どうした?」

「Some more! Some more!」

 満面の笑みで、何度も何度も繰り返す姿が可愛らしい。


 しかし、なにを「もっと!」と欲しがっているのか……僕は考えるのをやめた。



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