動く家

清泪(せいな)

キミを探す旅

 

 建築家になりたくて、僕は大学を卒業してから旅に出ることにした。

 僕だけにしか造ることの出来ない、そんな作品を作ってみたくて、世界中を飛び回ってる。

 この国で、6カ国目。

 数々の建築を見て、その作品の作り手に出会った。

 僕の旅は、順調だ。


「あそこに建つ一軒家は何ですか?」


 一面広がる大草原の真ん中に、遠い日本の家屋に似ている二階建ての家がぽつんと一軒建っていた。

 大草原には不似合いな電柱がその家の横に立っている。

 電線は、ここからはよく見えないがどうも無いみたいだ。

 僕の横で静かに煙草を吹かす案内人――この国での先生となる老人は、サンタクロースみたいなボリューム溢れる白い髭を撫でながら、ああ、あれか、と頷いた。

 ふんわりしたボリュームある白い髪に、麦わら帽子を乗せて何故かにこやかに煙草をもう一度吸った。


「アレは、動く家だよ」


 老人はそう言って、その家の方に歩いていく。

 一度だけ僕の方に振り向き、手招きする。

 ああ、ついてこい、って意味だな。

 僕は素直に老人の後を追った。


 

「昔話をしよう。昔々あるところに……」


 歩くのを止めず、空に向かって紫煙を吐きながら老人は語り始める。

 後ろ姿から、老人がにんまりとしながらその語りを始めたのを想像できた。


 ああ、あの煙が空に溶けて雲ができるのだろうか?

 そんな事は無いのはわかってるのだけど、不思議とそう思えてきて、僕は上着のポケットから取り出したデジタルカメラで、大きな白い雲を背にこれから目指す一軒家を撮った。



 昔々あるところに、技術能力を絶対とした村があった。

 成人――その村では16歳――になると必ず一つは技術能力を取得しなければならない。

 技術能力とは、大工であったり刀鍛冶であったり、つまり職人技だ。

 職人技を取得できなければ一人前として認めてもらえれず、酷い時には村人全員から蔑ろにされる。

 つまり、職人技を得れない事は村人として死であり、出ていかなければならないという掟があった。

 そんな村に生まれ、出逢い、愛し合った二人の男女の話。


 

「男は職人技を簡単に取得した」


 話の流れからそこに問題が生じたのかと予想していた僕は、肩透かしを食らったみたいに驚いた。


「もちろん女も職人技を取得した」


 そもそも、村の一員であるならば生まれからずっと何かしらの職人に触れ続けて育つのだ。

 つまり、両親が何かしらの職人だからだ。

 単純にその両親どちらかあるいは両方の職人技を受け継ぐだけの話で、受け継がなかった者などそれまでその村にはいなかった。

 そう、それまでは。


「男は伝統だけの技術に満足しなかった」


 小さな村だ、伝統は受け継がれても発展はしなかった。

 いつまでもいつまでも、何百年もの技術が受け継がれていく。

 何百年も昔から変わらない技術が、自分に渡される。

 それを男は良しとしなかった。


「男は村を出ていった。外に行けば新たな技術に出会える。外に行けば知らない技術を身につけれる。男は村を出ていった。女の制止を聞かずに、誰の制止も聞かずに、男は村を出ていった」


 

 大草原には何もない。

 あの家と、電柱以外は何もない。

 一体、誰の土地だろうか?

 このどこまで見ても草原が続くような広大な土地が、あの一軒家の持ち主の土地?

 大富豪か何かの別荘なんだろうか?


「村を出ていった男を追って、女は翌年村を出たんだそうだ」


 一年、みっちりと修行を積んで女は村を出た。


「一年だ。一年もの間連絡も取れなかった男の後を追うのは容易な事ではなかった」


 隣村、隣街、隣市、そして隣国。

 女の旅は果てしないものになった。

 幾つもの国をまたにかけての旅。


「女は行く先々で家を建てた。両親から受け継いだ村に伝わる伝統の家屋。男が見たのなら一目でわかる目印だ」


 建てては、暫く探し暫く待ち、壊して次の国へ。

 その全てを独りでこなし、女の旅はずっと続いていった。

 何年も何年も。


「それで、動く家、か……」


 僕は老人の話に深く頷いて、辺りをもう一度見回してから、一軒家を見つめた。

 随分と近くまで歩いてきた。

 ますます日本の家屋に似ているように見える。


 それにしても、そんな動く家が壊されずこんな所にあるのだとすると……


 

 ずっと歩いていた老人が立ち止まる。

 右手を口元に持っていって、くわえていた煙草を手に取ったのが後ろ姿からでもわかる。

 紫煙がまた空に溶ける。


「気が遠くなる程の長い年月が経ち、女は力尽きた」


 老人の言葉に僕は思わず、そんな!?、と抗議の声をあげてしまう。

 そんな悲しい話があっていいものか。

 ならば、この家は彼女の遺産なんだろうか?


「気力も体力も尽きてしまったんだ。どんなに探しても男は見つからない。もうやめよう。もうこの国で最後にしよう」


 そして、女はこの見晴らしのいい場所に最後の希望と最後という覚悟をかけて家屋を建てた。

 そして、やはり、数ヶ月が簡単に過ぎ去った。


「女は諦めた。男の事も、自身の人生の事も」


 家の前に着いた。

 老人はベージュのロングコートのポケットをもぞもぞと探り、携帯灰皿を取り出した。

 老人が静かに煙草を消していると、家の中から音がした。

 誰かいるのか?

 いや、誰か出てくるのか?


「彼女が諦めた数ヶ月後、奇跡が起きた。男が現れたんだ。この動く家の噂を色々な国で聞き、男も彼女を探していたんだ」


 家の中から老婆が出てきた。

 にこやかに老人に、おかえり、と告げる。


「ああ、彼女が君の本当の先生だ。私は料理を作るのが専門でね。なかなか遠い道程を歩いてきてお腹も空いてきただろう。さぁ、ご馳走しようじゃないか」


 僕は温かな、もう動く必要がなくなった家に招かれた。

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