第37話『大好きよ』
その理由は、彼らが子を成しにくい体質であること以外にも、長大な寿命を始めとする他にはない様々な特異な点を持っていたことも起因する。
そのなかでも取り分け大きかったのは『魔法』。
太古より自らを襲い来る外敵に対し、その数の不利をものともしない超常の力をふるえた彼らは、自らの種族を増やすことへの執着が薄かったのだ。
その資源豊かな領土を狙い、森族へと侵攻することが多かった人族は、彼らの脅威をもっとも理解していた種族である。
だがある日、その独占していた優位性を彼らは失う。
すべての者とともに生きることを夢見た、森族の女王ケリュネアの行動によって。
和睦をうたった両親が戦火に奪われてもなお、戦いを捨て、ともに手を取り合おうと人族に訴える彼女に、彼らがその優位性を放棄することを望んだからだ。
——人族に魔法を伝えることで。
人族との共生を猛烈に反対する森族の民を説き伏せ、提示された条件を呑んだ彼女は、森族の中で最も優れた魔法使いであった自らが直々に、長い時間をかけて人族へと魔法を伝えた。
そして今日、人族と森族の和平が成り、これからさらに友好の輪を広げていく——はずだった。
『信じぬ者を、誰も信ずることはない』
かつて父に教えられた言葉。ケリュネアはその信念のもと、彼ら人族を信じた。
その結果が——、
「ああ……そんな……」
「う、お——うおおおおぉぉぉぁぁああああああっ!」
そこにあったのは、白と金から流れ出る赤が、大地を黒く染めている光景。
眼下に広がる惨状にケリュネアは掠れた声を漏らし、銀岩の巨人は獣のように慟哭した。
当然、その大きな姿と森を震わせる声に、人族の兵士たちが気づかないはずがない。
「おいっ。森族の王女だ! 巨人は国王様が欲していた。あの女だけ殺せ!」
「あ、あぁっ! オレが護るべき……よくもっ。よくもぉぉああああっ!」
兵士たちから放たれる大量の矢と魔法。
スルトはふりそそぐ死の雨を、腕の一振りですべて薙ぎ払う。
そしてそのまま、人族を圧し潰そうとした。
だが、巨人の攻撃と迎撃を放つ人族の間に、金色の軌跡を描く影が割って入る。
「——ケリィ!?」
「スルト! だめっ! ——ぐっ、うっ!」
銀の巨拳はすんでのところで動きを止めたが、敵である彼らにその道理はなかった。
人族の攻撃は彼女の身体を貫き、焦がし、その白い肌から真紅がこぼれる。
「はは! こいつ頭が——ぴぴゅっ——!?」
嘲笑するように声を発した兵士は、最後まで言葉を紡ぐことはなく、次にの瞬間には真上から降った圧力によって、肺から奇妙な音を漏らしながら肉塊となった。
ぐらり。世界が傾き、視界が歪む。
ケリュネアが意識を失う直前、地を割らんばかりの咆哮と耳を塞ぎたくなるような断末魔の群れが彼女の耳に鳴り響いた。
「——リィ。ケリィ!」
「う、ん……スルト?」
——ぱきょ。
ぼやけた意識のなか彼女が耳にしたのは、聞き慣れた太い声。
そして硬い何かが割れ、中身が地面にこぼれるような音だった。
妙に不安を駆り立てるその音の方へ、じゃり、と地面に頭部を擦りつけるようにしてケリュネアは視線を向けた。
「——」
その視線の先。
音の主と思われるそれは、スルトに摘ままれていたであろう頭蓋を失い、今まさに地に倒れるところであった。
その真上にある巨大な二本指先の間からは赤だけではなく白っぽい塊のようなモノが垂れ下がっている。それはきっと——、
「良かった! ……大丈夫か。 こいつに治癒魔法を、かけ、させていた。だけど、完全には……」
「スルト……あなた……」
しかし、スルトの言葉のほとんどは彼女の耳に届いていなかった。
哀し気に揺れる蒼い瞳に映るのは、巨人の余すところなく赤に塗れたその手足。
彼女のその視線の意味を、人族に怯えているのだと勘違いしたスルトは、優しい気に告げる。
「安心、しろ。
「……っ」
その台詞に彼女は、身体中に走る痛みなど忘れて胸を押さえてうつむく。
スルトはそんなケリュネアの様子を表情のない顔で静かに見つめると、岩が擦れる音を鳴らしながら、無言で立ち上がった。
その行動に何かを感じ取ったケリュネアは、はっとして巨人を見上げて、
「スルト、あなた、なにをするつもり?」
「……オレは、人族を、許さない。だから、滅ぼす」
その闇よりも昏い色に染まったスルトの瞳を見て彼女は直感する。
きっと彼は本当に人族を滅ぼしてしまうだろう、と。
たとえ魔法という武器を人族が手にしようとも、《加護》の宿る、神の作りし『神鉄』を《核》に持つスルトを壊すことなどできない。
許されるのは蹂躙されることだけだ。
だが、こんな非道な仕打ちにあっても、彼女の気持ちは揺らいでなどいなかった。
必死に思考を巡らせた末に、人族を守るための唯一の方法を思いついた彼女は、去ろうとする銀の巨人に叫んだ。
「待ってっ!」
「……どうしたんだ?」
彼女の声に、スルトはその足をぴたりと止め、振り返った。。
「いいわ、人族を滅ぼしましょう。……でもその前に、私のお願いを二つ聞いて」
「……」
彼女の言葉に瞳の色を明滅させ、スルトはわずかに驚く。
そして、無言で続きを促した。
「私に時間をちょうだい。どれだけかかるか分からないけど、私が人族の王様と仲良くなって、ここに連れてくる。——そのときは人族への恨みを忘れてほしいの」
「そんなの——!」
「ええ、もちろん危険よ。でも私は森族。あの人たちよりずっと強いし、長生きするわ。きっと機会はある」
スルトの遮り、瞳に強い光と意志を宿して、彼女は言った。
それから、片目をつむりわずかに微笑んで、
「もし私が諦めて一人で戻ってきたときは、彼らを滅ぼしちゃいましょっ。——私を信じて」
「…………わかった」
彼は懊悩の果て、ケリュネアの言葉とその意志に、首を横に振ることができなかった。
「ありがとう。もう一つのお願いは、私が戻るまで《
「だが、それは、《精霊》を——」
「大丈夫よ。それも私がなんとかする。……きっとどこかで必要になるときがくるわ。
だから、ね?」
「……ああ、ケリィを信じるよ」
「ありがとう。大好きよ、スルト——」
ケリュネアは粘質な音をたてる大地を歩み、その身が赤く汚れるのも構わず、彼の足を抱擁する。
自分の吐いた嘘。彼への贖罪になどならないと理解していながらも。固く、固く。
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