第34話『銀岩の巨人、スルト』
松明の灯りによって、おぼろげに浮かび上がったのは銀色の巨人。
自らをスルトと名乗る人の形をした巨岩は、上半身と腕の一部以外を壁に埋もれさせ、まるで磔にされた罪人のような姿で佇んでいた。
しかしその身体には人間らしい丸みなど一つもなく、幼児が石をむりやり継ぎ接ぎし、なんとか人の形にした、と言われればしっくりするような、ごつごつとした輪郭。
その大きさは『山のような』という表現をそのまま体現しており、あのファフニルの巨躯をもってしてもスルトの腰にまで届くかどうか。
なぜこんなヤツが、この鉱山の地下に?
そもそもこのスルトという見たことも聞いたこともない岩の巨人の存在はいったい。
一方的に「去れ」と言われても、こんな存在を目の当たりにして、はいそうですかと帰るわけにもいかない。
「えっと、スルト。お前はここで何をしてるんだ?」
「……ヤクソク」
目も口も、どこにあるのか分からない。
それなのにひび割れた声はどこからか発せられている。
……約束。さっきの、ケリィって奴との約束でここに?
「ケリィガ、ヒトゾクト、モドルマデ、ツクル——アダマ」
「!」
俺は顔をしかめた。
スルトのきんきんと雑音の混じる声にではない。その発せられた言葉に。
いま、スルトは何と言った。
アダマをつくる。——こいつがあのアダマを作っているというのか?
そして俺はようやく気がついた。
視線の先。灯りに照らしだされた壁の色。
よくよく見れば、壁が黒く見えるのは暗いから、という理由だけではない。
この広い空洞のほとんどが、つい最近——いや先ほど見たばかりの鈍い黒銀色をしていることに。
では、この鉱山でアダマが採掘された理由は——。
瞬間、嫌な予感が脳裏をよぎる。
——俺がこの鉱山に足を踏み入れた理由はなんだった。
視界いっぱいに広がる、《精霊》たち。
ケリュネアも貴重なものだと言っていた、加工が困難なほどの硬度を持つ鉱石。
——それほどのモノを作る……その力はいったいどこから?
「——ッ」
きっ、と目を細めて世界を凝視する。
俺がここに落ちた理由は、《精霊》についていったからではなかったか。
——そこに光の川の終着があった。
広い川幅は巨人の腹部に近づくにつれて収束し、吸い込まれ、ついには消えてゆく。
さらに音もなく、脈打つように、スルトの身体から大地に向けて放たれる波。
その発生源はやはり《精霊》を吸収する彼の腹部から発せられている。
それが『なに』かは分からない。
魔力でも、《精霊》でもない。
ただわかるのは《精霊》をなんらかの『力』に変えているということだけ。
無尽蔵に《精霊》を吸収し、『力』に変えるそのさまに俺は戦慄した。
「お前、まさか、この土地の精霊を吸収して、周りの岩石をアダマに変えているのか……?」
「ソレガ、ヤクソク」
巨人は無機質に肯定する。それが自分の使命なのだと。
——いったいいつから?
だが、考えるのはあとだ。まずはこれ以上アダマを作るのをやめさせなければ。
こいつの言葉の中に気になる点があった。
上手くいけばスルトの行為を止めることができるかもしれない。
「スルト、ここにそのケリィはいない。けど、俺は人間——人族で、ここに来た。
だからもう、アダマを作るのを止めてもいいんじゃないか?」
俺は一刻も早くスルトが《精霊》を吸収するのを止めたい一心でそう語りかけた。
その『単語』聞き取った刹那。
ぎりぎりと不快な音をたててスルトの頭部が動く。
それが彼の瞳の役割をするのだろうか、二つの緑色の光が顔と思わしき場所の虚空に灯った。
「——ヒトゾク? ……ケリィハ、ドコダ」
俺が放ってしまったのは致命的な一言だったのか。
なにかを確かめるように緑の光が左右に動いた後、ただでさえ無機質だったその声音から一切の色がなくなった。
「……ここにはいない。どこにいるのかも、俺は知らない。だけど——っ!」
俺の言葉は最後まで聞き届けられることはなく、
大地が鳴動し、地下の空間そのものが震えはじめた。
そして——、
ぼごんっ!
彼を覆っていた黒銀色の壁が砕け、スルトの全貌があらわになる。
予想に違わず、その全身は銀色の巨岩でできており、《精霊》が吸い込まれていった腹部には人の頭ほどの大きさの球体が収まっているように見えた。
「ナラバ、ヒトゾク——コワスッ!」
言葉と同時に、頭部の前に浮かぶ光の色が緑から赤に変わり、腹部の球体が白金色に輝きはじめ——、全身から軋むような音を生みながら、銀色の巨人は襲い掛かってきた。
大きすぎだろっ!
そして放たれた拳——まるで城が落ちてきたかのようなそれを、地を強く蹴り横っ飛びで避けた。
きんっ、と硬質な何かが弾けた音。その直後に壮絶な破砕音があった。
アダマで出来ているであろう壁を壊した時点で分かってはいたが、その剛力とスルト自身の強度はアダマに勝り、黒銀色の壁を一撃で粉々にしたのだ。
躱すことはできる。だが——、
次々と暗闇の頭上から降ってくる岩の雨に表情をゆがめる。
このままじゃ生き埋めだ。暴れさせちゃまずい。
「当然、斬るのは無理だよな……」
右手に握る剣を見やる。
すれ違いざまに斬撃を放ったが、魔力を存分に通した剣でも、その硬さに勝ることができず折れてしまった。
だが、悠長に手段を選んでいる暇などない。
スルトは壁にめり込んだ左手を、まるで障害などないかのようにそのまま横に振るってきた。
歪な腕の形からか、その隙間を通る風がまるで亡者が叫んでいるかのように唸り、眼前に迫りくる。
「《封せ白き凍土よ》!」
魔法を放ち、壮絶な破壊音を撒き散らす巨塊に浴びせかける。
その銀の岩肌は刹那のうちに白く染めあげられ、俺はその動きを止めた、つもりだった。
「うそだろ……」
ヒィン、ヒィンと音が響き、スルトの腹部の輝きが一層増すのが見え——、
「ォォォオオオオオオオオ!!!!」
慟哭するような巨人の声に、俺の身体ごと空気が大きく揺れる。
なんだっ、まさか魔法まで!?
起き始めた現象に瞠目し、向けた視線の先。
その咆哮に呼応するかのように、零れ落ちた大量の岩石が一斉に浮かび上がり、スルト自身を襲い始めた。
——違う、身体を包む氷を砕いているのかっ。
「ゥゥゥゥゥゥウウウウウウウンッ!」
あっという間に自由を取り戻したスルトは、ごうっと風を鳴らしその巨碗に
さらに、氷を破り尽くしてもいまだ地に落ちず、宙を漂う岩たちが今度は俺にその矛先を向け、四方八方から押し寄せてきた。
……受けるしかない、か。
俺は嘆息し、自分が落ちてきたであろう天井に空いた穴を仰いだ。
そして、覚悟を決めて全身を襲うであろう衝撃にそなえる。
——ががががががががががががががががががががっ!!!!!!
連続する鈍い痛みと硬質な音。
視界が奪われ、身動きも取れなくされてしまったところに——。
「っっがあ!」
そのあまりの衝撃に、世界は黒から白になった。
刹那、自らの気配と魔力を消す。
直後、背に二度目の衝撃が走る。
いつまでも止まない振動と、身体をすりおろされるような痛み。
どこまでも、どこまでも、沈み込んでいくような感覚にさらされながら、俺はそれが終わるのを待った。
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