第33話『《精霊》のゆくえの先に』
——闇の続く坑道を仁王立ちで見据えながら、俺はつい先日のことを振り返っていた。
ツルキィたちドワーフのアダマの加工方法とは、道具に自らの魔力を纏わせ、その能力を強化することであった。
俺はその技法を見て、ある光景を思い出した。
魔力を知覚したとき、強者ほど武具へ魔力を流しているように見えていたのを。
彼らに自覚があったのかは分からないが、俺は以前よりその技術の片鱗を目にしていたのだ。
それをツルキィは、俺のように魔力が見えずとも自らの意思で行っていた。
さらに驚いたのは、
「ようは、すべての道具をじぶんの延長だとおもえってボクの師匠がいってました」
彼女は手に握る金槌だけでなく、片手を開けるために自らの魔力を身体から地に伝わせ、金床にまでも流していたことだ。
その状態で打つことで、『不変石』とまで言われたアダマを成形しているだと言う。
間違いなく、一朝一夕で身につくようなものではないことは明らかだった。
現に、ツルキィの弟子となった者たちは、ろくに金槌に魔力を通すことさえできていない。
唯一そこまで至っているのは、あの老爺だけだった。
よしんば、金槌に魔力を通すことができても、金床へ魔力を通すまでにはさらに修業が必要だろう。
——というわけで、しばらくツルキィに城に住んでもらうことにした。
いちいち、森へ帰っていたら時間がもったいない。——というのは建前だけど。
少女ははじめ、渋っていたものの、それを聞いたファリンが跳んで喜ぶ姿を見てしまい、最終的には頷いてくれた。
だが、城での生活も気に入ってくれていたようで、人間の食事や、特にふかふかのベッドのことをクロさんに身振り手振りで、驚きを表現していたのを見かけた。
ファリンとも同室にしたし、きっと大丈夫だろう。
侍女長はやはりというべきか、態度を変えず普段通りに接してくれていた。
しかしファリンが、
「侍女長さまはとーっても怖いから、怒らせないようにねっ」
と、余計なことを言ったせいで怯えさせられ。
その一言で、客人であるツルキィの手前、笑顔でメイド服の少女にお仕置きする侍女長に、さっそく新たなトラウマを植え付けられていたが。
ケリュネアは意外なことに、「ツルキィ本人が良いなら」と、あっさり承諾してくれた。
これも『計画』の大事な段階の一つ。
ツルキィとその周囲の様子はしっかり見守らなければ。
……不安なのはツルキィが街にいるのはファフニルに知られることだ。
あいつにバレるのは絶対に不味い。ファリンやクロさんはその姿を隠せているからという大義名分があるが、ツルキィは違う。
これがファフニルに知られたら……考えたくない。
ぞっ、と悪寒に身を震わせて、俺は再び目の前の坑道に意識を向ける。
——いま、俺はクロさんにツルキィの護衛を命じ、一人で《ドリディド鉱山》へ来ていた。
表向きはアダマの運搬の指揮という理由で。
だが、民は俺がここにいる理由を知らない。
「さすがにあんなものを見たら、気にならないはずがないよな」
俺は目を細め、暗い洞穴を見やる。
「……こりゃ、
薄光の玉であふれかえった坑道内を見て、ふっと息を吐きながら独りごちた。
《精霊》が光って見えるとは言っても、実際に足元が照らされているわけではないけれど。
だが、この流れに沿って歩けば、なにも困ることはないだろう。
この大量の《精霊》が向かう先になにがあるのか確かめるため、俺は坑道の白い闇へ足を踏み入れた。
「——ぅぁぁぁああああああっ! だっ!」
唐突に終わった
受け身も取れず、背面をびたっと地面に張り付かせた俺の耳に響く、幾重にもこだまする音。
暗闇でよく見えないが、音の響き方からして、どうやらここは広い空間らしい。
いったいどれほどの高さから落ちたのか。
……まさかだった。
ひたすらに《精霊》の流れを追って進んでいると、突如地面が消え、身体が傾き、真っ逆さまに下へ下へと落ちてしまった。
明かりを灯していなかったため、地面に空いた穴に気づくことができなかったのだ。
「俺じゃなかったら死んでるな……」
今だけはこの丈夫な身体に感謝する。
そして、背をさすりながら身体を起こした、そのとき——、
「ケリィ……カ?」
「!?」
ひどくひび割れたような声の人語が反響する。
不意に聞こえてきた声に俺は心底驚き、物見えぬ漆黒に目を見張った。
姿の見えぬ相手に誰何の声を放つ。
「……だれだ?」
「……ソノコエ、ケリィデハ、ナイナ」
その声質と訛りのせいか、言葉がかなり聞き取りにくい。
が、どうやら声の主は、俺が『ケリィ』という存在であるかを確かめていたようだ。
「すまないが俺はケリィって奴じゃない。名をセブンという。お前は?」
問いかける間に、用意していた松明に油を浸し、火打石によって炎を灯す。
声の方へと灯かりを向けると、そこに浮かび上がったのは、
「オレ、スルト。オマエ、ケリィジャナイ。ナラ、サレ」
——壁に埋まった鈍い銀色に包まれた岩の巨人の姿だった。
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