第32話『そんな手で』
「うわぁ……これが『まち』なんだ! 建物もりっぱだし、『おしろ』ってとってもおおきいんだね!」
「ツルキィちゃん、こんな街で驚いてちゃだめだよ。あたしが捕まってたガラテアって街は、首都でもないのにここよりもずーっと大きいんだからっ」
「おい、こんな街って……」
「あとでファリンはお仕置きですね」
目を輝かせて辺りを見渡すツルキィに、ファリンがそう説明するのを聞き、俺は眉根と口角が下がるのを感じた。
これでもだいぶ活気は戻ってきたんだぞ?
しかし、笑顔を浮かべるツルキィの表情を見て少しだけ安心した。
俺たちと一緒にいるから、というのもあるだろうが、今のところ強く怯えている様子は窺えない。
だが、ツルキィを見る民の目はそうではなかった。
似た姿をしているが、自分とは異なる姿を眺める瞳には様々な感情の気配。
ほとんどの者が魔族を見るのは初めてなのだろう。もちろん先入観も。
みな、森で初めて出会ったときのツルキィのような顔をしていた。
もちろん視線を集める理由の一つとして、全く姿を隠す気がないのもあるだろう。
ツルキィも気にかけてくれたが、そんなことをする必要はないと伝えた。
——だからこそ俺は、遠巻きに見ている民たちへ微笑み、大声で話しかける。
「やあみんな! この子は《拓かずの森》からきた魔族のツルキィだ。今日は俺たちを助けるために来てくれた。よろしく頼むよ!」
俺の声にぴくりと反応してから礼し、苦笑を浮かべてそうそうに散っていく民たち。
生活も以前より改善され、少しは信頼を得られたと思っていたのだが、そうでもないのか……?
それでもめげず、俺は民を見かけるたびに声をかけ続ける。
「やめてくださいよセブンさん! ただでさえいたたまれないのに……」
やはりこれだけ視線があれば、嫌でも気づいているようでツルキィは声の調子を落としながら俺の声掛けを止めようとする。
「いいんだよ。みんな、知らないから怖いんだ。だからちゃんと知ってもらわないとな。ツルキィが怖くないってことを」
「そうだよ! それに今日はツルキィちゃんは先生なんだから、どーどーとしてれば良いんだよ!」
「ワフッ!」
「ムチャいわないでよファリンちゃん! レタル―も!」
白い魔狼に乗った魔族の少女は叫ぶ。
……実はレタルーに乗ってるから怖がられているのでは?
そう思いながらも口には出さず、鍛冶屋へと向かって足を動かし続けた。
鍛冶屋には、この街で腕の良いといわれる五人の鍛冶師を集めてもらっていた。
年齢バラバラで、しわの深い老人から俺とあまり変わらない若者まで幅広い。
その中には、アダマを持ち込んだ鍛冶屋の青年の姿もあった。
「——待たせたな。不変石ことアダマを加工できる鍛冶師を連れてきた。入ってくれ」
俺の合図で扉からツルキィが、こわごわといった様子で入室してきた。
今は威圧感を与えないように、レタル―は外にいてもらっている。
やはり、ツルキィが入ってきた瞬間に彼らの身構える様子が窺えた。
「は、はじめまして。森からきたツルキィです」
「「「「「……」」」」」
お、おい。せめて挨拶ぐらい返してくれよ。
「……おい、その口を使う気がないのなら切り落としてやろうか?」
その態度にクロさんがわずかに威圧する。
しかし、それすらも彼らには刺激が強すぎたようで、一人を除き一斉に血の気が引いてしまった。
「お、お言葉ですが。俺たちは魔族に、それも女に教わることなどありませんっ」
「——!」
なんとか持ち直した一人の男が、額に汗を浮かべて棘のある言葉を放った。
声を発したのは、アダマを持ち込んだ鍛冶屋の青年。
それを受けツルキィは、ぐっと手を握ってなにかを堪えるように下を向いてしまう。
「……っ」
ついにクロさんの気配に殺気が混じりはじめた。
無論、俺は仲たがいのためにツルキィを呼んだのではない。
男たちに一言だけ『忠告』し、今日のところは出直そう。
俺ののど元まで込み上げてきた言葉が出かけた——そのとき。
——ばがんっ!
その何かが砕けたような音は、入り口の方から聞こえてきた。
音を放った者以外のみなが驚き、一斉に入り口付近に視線を向ける。
映ったのは扉が吹き飛び枠だけとなった出入口と、それを成した緑がかった髪の少女の拳。
驚愕の視線を一身に受けて、しかしそれすらも目に入っていないかのように。
メイド服の少女は瞳に憤怒の炎を宿し、ただ一人の男だけを見据えて。
「ふざけるのもいい加減にしなさいよ。ツルキィちゃんが魔族だから? ましてや女だからですって? それが、この子に! 鍛冶の腕に! 何の関係があるのよ!」
「ふぁ、ファリンちゃん?」
あのどんな者も温める太陽のような笑みを浮かべるファリンからは想像もつかないような表情と剣幕に、彼女のことを知る全員が唖然としていた。
もちろん俺もだ。
そんな周囲の動揺などには目もくれず、彼女は吼え続ける。
「だったら、あんた。今すぐその手を見せないさい!」
ファリンは、さきほどツルキィを拒絶した男を命じる。
「な、なんで——」
「早くしなさい!」
自分よりも幼い少女のあまりの気迫に、男は呻きながらその手を差し出した。
「……よくも
ファリンはその手を見た瞬間に吐き捨てるように言った。
「は?」
男はその言葉の意味が分からないようで、ぽかんと口を開け、そこから音ととも言葉ともつかない息を漏らした。
「ツルキィちゃんも、こっちへ来て手を見せてちょうだい!」
「へ!? で、でもボクの手は……」
「良いの。あなたのその、
「う、うん」
いつものように明るい笑顔を浮かべたファリンに言われるまま、ツルキィはメイド服の少女と男たちのところまで行き、その両の手の平を広げて見せた。
「——なっ!?」
男は言葉を失い、口をパクパクとさせる。
「どう? この手を見て、まだ彼女から学ぶことがないって言える!?」
あまりの怒りに、あの少女には最も似合わない涙をその力強い瞳に滲ませて、彼女は問う。
その手の平は、誰であろうと見紛うことなどない職人の手だった。
小さな女の子のものとは思えないほどに爛れ、余すところなくボロボロの手の平。
すべての指の節には岩のような皮膚が宿っている。
どれだけ時を費やし、槌を振るい続ければそれほどの手を得られるのだろうか。
どちらがより鍛冶に生を捧げてきたのか。——比べるまでもない。
「次にあたしの友達をあんたなんかがバカにしてみなさい。二度とその手で鍛冶が出来ないようにしてあげる」
太陽の光を背にしながら、ファリンは外で粉々になった扉を指す。
男は自らの手を見つめて、悔し気に握りしめた。
「……その手、ワシにも見せてくれんか?」
ここにいる鍛冶師の中で、最も老齢の男がゆっくりと前へ出る。
一瞬だけ、警戒の瞳をファリンが向けるが、その老人の目を見てそれを納めた。
「ど、どうぞ……」
ツルキィはおずおずと老人の前へ手を出す。
「……ここでいま、打ってもらえんか?」
「え?」
唐突な老爺の申し出に目を点にするツルキィ。
そんな彼女に彼はひたすらに乞う。
「お願いだ」
「う、うんわかった」
ツルキィは承諾すると、すでに火の入った炉の前に座り、道具を握って鍛冶を始める。
金属の塊を炉にくべ、しばらくすると取り出す。
道具を一切の淀みなく自在に振るい、みるみるうちにそれは形を変え、新たな姿へと形成されていき、剣となっていった。
「「「「「——」」」」」
老爺たちは食い入るようにして、少女の手元を見つめている。
ツルキィは一瞬で彼らを魅了し、鍛冶師の目へと変貌させていた。
「——ふう、できました。どうぞ」
作業を始めて数時間。一連の作業を終え、一振りの剣を老人へ差し出した。
「……」
老人は無言で剣を握り、その刀身をくまなく眺める。
——そして、店に置いていた剣をもう片方の手につかみ、ツルキィの剣に思い切り打ちつけた。
つんざくような音がこだまし、からんと一本の折れた刀身が転がる。
「……ツルキィさん、どうかワシにその技を教えてほしい」
「——え」
——それはツルキィの声だったのか、男たちの声だったのか。
「年甲斐もなく奮えたよ。まるで鍛冶に魅せられたあの日のように。いま、こんなにも槌を振るいたい……。どうか、このとおりだ」
ただ皆が、己よりも若く、種族、性別すらも違う少女に深く頭を下げ、教えを乞う老爺の姿に見入っていた。
「そ、そんな……もともとボクはそのために来たんです。さあ、頭を上げて」
「本来ならば、技を漏らすなどあってはならないはず。それを躊躇いなく教えるというのですか……。——師よ、感謝します」
老人は感服し、ついには跪いてしまった。
そんな老人の姿を見て、——いや、さっきのツルキィの姿をみて、彼らもまた職人としてその魂に火が灯ったのだろう。
次々と男たちは先の無礼を謝罪し、頭を下げ、教えを乞う。
それはあの若い男も例外ではなく——、
「……ツルキィさん。そ、その、申し訳ありませんでしたっ! 自分の非礼を許してもらえるのならどうか、私にも技をお授け下さい」
「わ、わかりましたから、みなさん顔を上げてくださいぃ!」
つぎつぎに自分に平伏する五人の男たちの姿に焦る魔族の少女。
涙声でわたわたするツルキィを見て、俺たち三人は顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
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