第31話『それでも、俺は』
「そうですか。鉱山に《精霊》が……」
「ああ。あんなに大量にいるなんて思わなかった」
木の繭の中で鉱山での調査の結果をケリュネアに伝えると、その赤く光る瞳を思案するように伏せる。
それもわずかに。
「ありがとうございます。——アダマは見つかりましたか?」
あからさまに話題を逸らすケリュネア。
やはり触れてほしくないのだろう——
「あったよ。鍛冶師からは『不変石』なんて呼ばれてた」
「不変石?」
やはり聞きなれない呼称なのか、鍛冶屋での俺のように巨鹿は首を傾げる。
「硬すぎて加工できないから『不変石』だってさ。
どうやら俺たちじゃ扱えないみたいだ……すまないな、せっかく教えてくれたのに」
不甲斐なさに頭の後ろを搔く。
だが見れば、そんな俺を先ほどのように顔をきょとんとさせて、ケリュネアは言った。
「……人間はあの不完全なアダマも加工できないのですか?」
「なに……? その言い方、まさかケリュネアは加工する方法を知ってるのかっ!?」
加工できることを前提としたような巨鹿の物言いに、俺は身を乗り出して叫んだ。
そんな俺とは正反対に、ケリュネアはいたって落ち着き払っており、
「たしかに人族でアダマを持っている者は見たことがありませんね。……これはあなただからこそ得られた機会、というわけですか。まるで初めから仕組まれていたかのようだ」
自身の口の中で自問自答して質問に答えない巨鹿にヤキモキし、つい口を挟んでしまう。
「ケリュネア! 頼む、加工する方法があるなら教えてくれっ」
俺は目の前に垂れてきた、か細い糸をたぐる思いでケリュネアに懇願する。
「それは、本人に聞いてください」
「——本人?」
「ええ。アダムを加工できる術、あなた方が知らないのであれば、それをいま知るのはドワーフのみでしょう。そして、その技を受け継いでいて使えるのはこの森では彼女だけ」
……ドワーフで、彼女?
その言葉で思い浮かぶのは時折、俺たちの願いを聞いて槌を振るってくれる、赤茶色の髪をおさげにした少女の姿。
——まさか。
はっと目を見開く俺にケリュネアが声をかけてくる。
「思い当たったようですね。そう、ツルキィです」
「やっぱり! よし、今からツルキィに——」
「お待ちなさいセブン」
急いでツルキィのところへ駆けだそうとした俺を、固い声でケリュネアが呼び止める。
「どうしたんだ? ……まさか、聞いちゃダメなのか?」
「そうであれば、教えたりはしません」
「なら——」
「……あの子は臆病です。一度拒絶されれば、彼女は耐えられないかもしれない」
きっとケリュネアは俺の考えを見抜いているのだろう。
だから、釘を刺してきたのだ。
「約束するよ。あの子はなにがあっても守る」
「——信じていますよ」
ケリュネアのその言葉を胸に刻む。
木の繭の外で待機していたクロさんを連れて、俺は少女の下へと駆けた。
「いやだいやだぜったいにいやだ!」
「うっ!」
俺はツルキィに会い、街に出向いてアダマの加工技術を民に伝授してほしいと伝えた。
が、ツルキィにすぐに拒絶されてしまう。
「やはり恐怖が勝りますか?」
クロさんはあくまで気遣うように、優しくツルキィに語りかけている。
その言葉に、少女はうなずく。
「……うん。だって、『まち』って人間だらけなんでしょ?」
力ない声を発するツルキィに、俺ができることは一つしかなかった。
「頼む。俺たちにはアダマを加工できないっ。——お前だけが頼りなんだっ!」
「……我が君」
「わっ! わっ! ボクあいてになにしてるの! ——クロさままでっ!?」
地面にもろ手をつき伏せる俺の肩を、ツルキィが慌てたように声を上げながら揺さぶる。
間を置かずに、クロさんも俺の横へ同じように伏せ、少女がさらに悲鳴じみた声を上げた。
俺もさすがに見咎め、
「そうだクロさん。これは俺の——」
「御身の望みは、私の望みです。ならば、これが道理でしょう」
——そんなに穏やかな瞳に、声に、返せる言葉など持ち合わせていない。
だから俺も同じように微笑み、ふっと短く息を吐くことでそれを返答とした。
「——ツルキィが人間を怖がる理由は分かってる。街に来たとき、ツルキィが絶対に嫌な思いをしないなんて約束はできない。それを承知で、お前に頼む。
そうだ、俺はお前を利用しようとしている。それでも……それでもっ!
俺は、ツルキィがファリンと友になったように、みなが手を取り合う姿が見たい!」
情けなく心情を
そんな浅ましい姿をさらして。それでも俺は——、
「……わかったよ」
「——良いのか!?」
ツルキィの溜め息まじりのその声に俺は勢いよく顔を上げる。
いまだ俺の肩をつかんでいるため、息が触れるほどに近い少女の瞳。
それを俺は、穴があかんばかりに見つめた。
「その代わり、ファリンちゃんとクロさまもちゃんと連れてきてよね。あとボク、鍛冶のことになると厳しいよ?」
ちろりと、悪戯っぽく笑うツルキィ。
「ああ、ああっ! よろしく頼む!」
俺はそんな少女を嬉しさのあまり、思いきり抱きしめた。
「「あああああああああああっ!!!!」」
森に二つの嬌声が割れんばかりに響く。
同時に紛れ込んだ、どこか聞き覚えのある溜め息の音は、きっと空耳ではない気がした。
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