第30話『《ドリディド鉱山》』
「これが全部、ケリュネアが言っていた貴重な鉱石『アダマ』?」
「ただの黒い石に見えますが」
「……」
俺とクロさん、アンヘルはこの国の廃鉱山である《ドリディド鉱山》へやってきていた。
その理由は、二つある。
一つは先日ケリュネアから頼まれた依頼をこなすため。
もう一つが俺たちの前にある、坑道の外にうち捨てられるように積まれた、この鈍い黒銀色の石の山。
この国の帳簿にはこれらはすべて、『クズ石』と記されていたものだ。
「どうだ、アンヘル」
ここにアンヘルも連れてきたのは、《天商の加護》を持つ、彼の意見も聞いてみたかったからだ。
こと潜在的な価値を見抜く能力において、俺の頼れる者の中ではアンヘル以上はない。
先ほどから沈黙したままのアンヘルを見れば、いつの間にか『クズ石』を手に取り、彼にしか見ることのできない価値を『輝き』として認識する《加護》よって、その評価を下そうとしていた。
「主よ、間違いありません。この『輝き』……『クズ石』などという名は到底似つかわしくない」
金髪の偉丈夫は、空いた手で髭をなでつけながら唸る。
それから跪くと、捧げるようにして仰々しく石を俺に手渡してくる。
……いよいよこの石の価値は疑いようがないというわけだ。
だが、それだけに疑問が残る。
俺はそれを受け取ると、懐から一枚の革袋を取り出して石を放り込み——、
「この袋に石を詰められるだけ詰めてくれ、持ち帰って鍛冶師たちに調べてもらおう。
——俺はもう一つの用事を済ませてくるよ」
そう言いながら、傍らに控えるクロさんに革袋を預けた。
「……承知しました」
——気のせいか?
返事に少しだけ間があったような気がするが、目礼し畏まるその様子に違和感はない。
深くは気にせず俺は鉱山の入り口の方へ足を運び、適当な高台の上へ跳躍し《精霊》を見るために目を凝らす。
「調べてほしいのは《精霊》が鉱山の周囲にいるかどうか、だったな」
——この国には精霊がほとんどいない。
だからこそ、その恩恵のほとんどを受けられず、作物が育ちにくい荒れ地であると聞いていた。
実際に己の目で見たことで、その事実を実感したのがつい先日。
きっとここも同じだと、思っていた。
「……」
俺は言葉を失った。
——眼下に太く白い光の川が流れていたせいで。
薄光の川はまるで何かに吸い寄せられるように、鉱山へ向かって流れていく。
その光景は木の繭の前で見た光景に似通っているようにも見えた。
——まるで《精霊の加護》が宿っている、あの土地と同じように。
しかし《精霊》の流入量だけで言えば、明らかにこちらの方が上だった。
さらに目を凝らせば、彼らの色が浮かび上がる。
木の繭で中にいた《精霊》は様々な色が同じぐらいの比率で存在しているように見えたが、ここでは土色の《精霊》多いように見えた。
「……この鉱山に、何かあるのか?」
今回のケリュネアの頼み、俺はその真意までは聞いていない。
いや、聞けなかった。
それを条件に、あの
——ぐるぐると思考が巡る。
なぜケリュネアが《精霊》を自ら確認に行かなかったのか。
仮に森から出ることができないとして、なぜアダマのことを知り、《精霊》のことを気にかけるのか?
《精霊の加護》が宿っていないはずのこの土地に、ここまで精霊が集まる理由とは——
「——君。我が君?」
「! クロさん、どうしたの?」
気づけば、背後から声掛けたのに反応しなかった俺を気にかけ彼女が横から俺を覗き込んでいた。
誤魔化しも兼ねて、体勢のせいで揺れるそれに視線を向けるが——
「いえ、もう作業も終わりましたので……」
珍しく気がつくことはなく、俺から目を逸らすクロさん。
俺は不思議に思い、ふと彼女の背後に視線を向ける。
……ああ、なるほど。
たぶん、初めから気まずかったのだろう。
そこには少し残念そうに苦笑して髭を撫でるアンヘルが、所在なさげに立ち尽くしていた。
「——ありがとう。俺の方も終わったから、街へ戻ろうか」
「セブン様。これは『不変石』です。投げつけるくらいしか利用価値がありませんよ」
「不変石? 利用価値がないだって?」
持ち帰った黒銀色の鉱石を城下の鍛冶屋に持ってゆくと、若い青年の鍛冶師はすぐにその正体を見抜き、顔をしかめてそう言った。
「ええ、あまりの硬さに加工ができないって代物です。俺もじいちゃ——、師匠から話を聞いているだけですが……。
熱して加工するための叩いても、形が変わらず、金槌や金床の方が先にダメになってしまうってんで『不変石』と呼ばれ始めたって話ですよ」
……なんだって?
「じゃ、じゃあこの石が無造作に詰まれていたのは……」
鉱山での俺の疑念を晴らすように、男は俺の言葉を引きつぐ。
「そういうことです。仮に、この石を加工できるのならきっと素晴らしい武具や農工具が作れるでしょう。折れず、欠けず、貫かれず、摩耗しにくい——そんな夢のようなものが。
でもそれは夢、叶うことはありません。だから『クズ石』と呼ばれ放置されていたんです」
俺は淡々と告げられる事実に、少しでも抗おうと意見を述べる。
「——他国ならどうだ?」
現状、もっとも力が不足している自国の技術では不可能でも、より大きな国であれば可能かもしれない。
目の前の鍛冶師の誇りを傷つけることを承知で、そう提案してみるが、
「先王様もこの石を持って他国を巡ったと聞いています。しかし……」
「無理、だったのか」
俺の浅知恵などとっくに試されていたらしく、その首は横に振られた。
……それじゃあ本当に、宝の持ち腐れじゃないか。
貴重な資源が手つかずで残っているのであれば、きっと復興に役立つと思っていたのに。
俺は右手に握った
思わず口からため息が漏れてしまった。
「我が君……」
「主よ、この鉱石を僕にもお分けください。伝手を当たってみましょう」
気遣うように声をかけてくれるクロさんに、可能性を捨てないアンヘル。
いけない。俺が心配されてどうするっ。
俺は失意の念を振り切り、無理にでも笑顔を作って声を張った。
——そうだ、諦めるには早い。
どの国でも加工できない資源。
裏を返せば、その術を得ることでこの国はさらなる力をつけることができるはずだ。
「ありがとう二人とも。ひとまずこの国でのアダマの扱いは保留にしよう。アンヘルは伝手の方、よろしく頼む」
「「はっ!」」
二人の力強い返事を背に受けながら、鍛冶屋を後にする。
そう、消沈している暇などない。
《ドリディド鉱山》での調査の結果をケリュネアに伝えるべく、俺は《拓かずの森》へ向かった。
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