第29話『はじめての《精霊》』
「おーいファリン! 帰るぞー!」
《始まりの畑》の視察と、クロさんの《加護》の馴染み具合を確かめ終えた夕方。
またも森へついてきて、ツルキィとともに森へ消えてしまったファリンを探す。
——だが、
「……ったく、どこまで行ったんだ二人とも」
しかし、クロさんとファフニルと三手に分かれ捜索しているのだが、いっこうに二人が見つかる気配はなかった。
いくら敵がいないとはいえ、夜の森は危ないというのに。
——そうだ。
俺はふと、ある光景を思い出し、森の奥へ足を向けた。
「たしか、このあたりだったな。……?」
なにかが俺の視界の隅を横ぎる。
ふわり、ふわり。
みれば、手のひらほどの白い薄光の玉が宙を漂っていた。
「なんだあれ。——うおっ!」
気づけば、いつのまにか大量の光が周囲に浮かんでいる。
光はいたるところから現れては、散歩するかのごとく風もないのにゆっくりと流れていく。
——この森でこんな光景は初めてだ。これはいったい。
そして、光の進む方向はまるで意思を持っているかのように、みな同じ。
その先には——俺の目的地である木の繭があった。
薄光の玉は吸い寄せられるように繭に近づき、さらに大きな光の中へ次々に融けていく。
「……」
——そんな光景に思わず身をふるわせていると、
『セブンさん、どうしたのですか?』
この森に初めて来たとき以来の、きん、と直に脳へ響く声のような音。
すぐにケリュネアのものだと分かった。
俺は巨鹿が目の前にいるかのように、虚空へ向かって話しかける。
「ちょっとケリュネアに用があってさ」
『ここへ来るのはあのとき以来ですか。どうぞ中へ』
「一つ聞きたいんだが……これ、なにかあったのか?」
『? これ、とは?』
「いや、最初にここに来た時とはずいぶん雰囲気が違うからさ。この白い球とか、繭の光りとか」
見慣れない光の玉もそうだが、この木の繭もなぜか以前より明らかに強く光っているように見える。
無関係とは思えなかった。
——しばしケリュネアは、俺の言葉の意味を吟味するかのように沈黙し、
『……ああ、なるほど。なにも変わっていませんよ、
「うん?」
俺は意味深に言う巨鹿の言葉に首を傾げる。
『説明してさしあげましょう。さぁ』
俺は思考を疑問符だらけにして、促されるまま眩しいほどの光の中へと足を進めた。
「——うわっ!?」
俺が木の繭の中へ足を踏み入れた瞬間、光が俺に殺到した。
「な、なんだ! おいっケリュネア!?」
わけがわからず、慌てて近くにいるはずの巨鹿を呼ぶ。
「落ち着いて。ふふ、やはり見えるようになったのですね《精霊》が」
姿は見えないが、笑っているようなケリュネアの声が上の方から聞こえる。
——俺に《精霊》が見えるようになった?
その言葉を額面どおり受け取るなら、いま俺に群がるこれは《精霊》なのか。
たしかに、この光が群がってきた瞬間から、前に来たときと同じように身体が暖かくなったような……。
さらに隙間から覗くのは、凄まじい量の光の玉が渦巻くさまだ。
たしか、この中は『嵐』ようなものだとケリュネアが例えていた。
今ならその言葉の意味が分かる気がする。
「おそらく、ファフニルと《契約》した影響でしょう」
その言葉に、この状況がすとんと腑に落ちた気がした。
「なるほど、魔族の精霊を見る力が、《加護》の一部として現れてるってことか。
……しかしこれじゃ何も見えないな」
「それはあなたに宿った《精霊》を見る力が『見ようと』しているからです。あなたは先ほどから、どこか焦っている。心を鎮め、力を制御してみなさい」
困ったように息を吐く俺に、ケリュネアが助言をしてくれる。
たしかに二人のことで、ずっと心が落ち着かずにいた。
「心を静めて、『見る』力を制御。……っ!!」
俺は目を閉じる。
すると、そこには先ほどは見えていなかった全く違う景色が広がり、俺は息を呑んだ。
そこは極彩色の世界。
繭の中は虹で満ち、色とりどりの光たちが乱舞している幻想的な光景に目を奪われる。
俺が普段知覚する魔力を、色に例えるなら紫。
だがここは、そうではない色があふれている。
「《精霊》には色がある、のか?」
肉眼では白く見えていた《精霊》たちが、いまは色づいて見えた。
——この色の数だけの『力』を持っているのだとすれば『色』はいったい何を示しているのだろうか。
見たところ、魔法の属性の色と似通っているが——おっと、ついわくわくに本題を忘れてしまった。
だが、いまの光景から要領はつかめた気がした。
つまり、魔力を探るときと似たようなものだ。
すっ、と静かに瞼を開く。
もはや眩むような光はそこにはなく、以前と同じうっすらと白い光が満ちるだけの場所となっていた。
そして目の前には——
「……ありがとう、やっとケリュネアの姿が見えたよ」
「その順応の速さはさすがとしか言いようがありませんね。——それで、用とは?」
樹皮ような皮膚に全身を覆われた巨鹿の姿。
相変わらずその表情は読みにくいが、いまは微笑んでいると分かる。
……なのに、なんで呆れ口調なんだ。
「連れてきたファリンと、一緒に遊びに行ったツルキィの姿が見つからなくてな。たぶんお前ならすぐに見つけられると思って」
そう、俺は森から自分を生やすように移動していたこの巨鹿を思い出し、ひょっとしたらすぐに居場所をつかめるのではと思ったのだ。
森に来た当初も、姿も見せずに声をかけてきたし。
「……はあ。つまり、あなたたちの尻拭いをしろと?」
「ぐっ……!」
するどい巨鹿の物言いに、思わず俺は身をすくめる。
——ケリュネアに溜め息を向けられるのは精神的にくるものがあった。
だというのに、これを平然と受け流せるファフニルには恐れ入る。
「まったく……少し、待ってください」
再び溜め息まじりにそう言うと、ケリュネアの木の洞のような眼窩から赤い光が消えた。
そしてすぐに光が灯る。
「——心配いりません。もうあなたの銀髪の従者が保護しています」
その言葉に俺はふっと息を漏らす。
「よかった。手間を掛けさせてすまないな」
「気にしな——いえ、では代わりに私の頼みも一つ聞いてもらえませんか?」
「頼み?」
「ええ、きっとあなた方にも利があります、内容は——」
俺はケリュネアの依頼の内容を聞き、思わず小躍りしそうな心もちで畑に戻り——、
「二人とも——あ」
声を掛けようとした俺の唇が止まる。そこには——、
「がみがみがみがみがみがみ——!」
「あっ助けてセブンさまっ! あ、足がもう……」
「しんぱいかけてごべんなさーーーい!」
周囲の男たちが怯えるほどの雰囲気を放つクロさんの前で、車座になり説教を受ける二人の姿があった。
ファリンは恐怖とは違う意味で震え、ツルキィはそのままの意味で震えている。
すまない、二人とも……。
俺はどうにもできない現実を前に、それを見なかったことにすることを決める。
心中で詫び、そのまま馬車の中へ身を滑り込ませると、そっと扉を閉めた。
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