第27話『それは死んでいるのと変わらない』
ファリンはツルキィに森を案内してほしいとせがみ、二人でどこかに行ってしまった。
森には他にも魔族がいるだろうが、ファフニルを恐れないファリンだ。きっとなにも心配はいらないだろう。
そういえば、クロさんはどこへ行ったんだろうか。
先ほどの表情がどうにも気になってしまい俺は、いまだ戻る気配のない彼女を探すことにした。
ひとまず、彼女の歩いていった方へ足を進める。
——彼女の姿はすぐに見つかった。
やはりファフニルに用があったようで、森の湖のそばに立ち二人で話している。
なにやら真剣な顔で話し込んでるな……。
「あっ……」
見つけはしたものの、邪魔をしない方が良いだろうかと思案するうちにファフニルに気取られてしまう。
「ご主人、もうツルキィとファリンとは話が済んだのか?」
「ああ。ファリンのやつ、あっという間にツルキィと友達になって遊びに行ったよ」
俺は見つかってしまったので、二人のもとへ歩きながら問いに応じた。
手をつなぎ、駆けてゆく二人の姿。
あの景色を思い出すだけで、俺の頬はつい緩んでしまう。
「あの臆病なツルキィも受けいれたか。あれは不思議な娘だ。また会いたい」
「たとえお前が嫌がってもまた会いに来るさ。それに、約束もしていただろう?」
無邪気なファリンの様子にすっかり絆されてしまったのか、おそらく無自覚に寂し気な雰囲気を放ってしまっている竜に、俺は慰めでなく本心で告げる。
「……そうだな。普段なら有り得んと断ずるが、あの娘ならそうも言えんな。——ところで今、時間はあるのか?」
「おいっ!」
俺が返事をする前に、なぜかクロさんが鋭く口をはさむ。
その様子はどこか焦りを感じさせた。
「クロさん?」
「まあ良いではないか小娘。ご主人だって無関係ではないのだ——ぬしも後悔を残したくはあるまい?」
クロさんを慮り、宥めるような口調のファフニルの様子に違和感を覚える。
しかし、話が見えない。
「この小娘が我と《契約》したいと申し出てきたのだ」
俺の表情から疑問の色を察したファフニルが、唐突に言った。
「え?」
竜のその言葉に、思わず目を点にしてクロさんを見つめる。
「……」
クロさんは何も言わず俺から目を逸らした。
「もちろん安易に我の力を求めたのでない。その言葉を我に告げるには覚悟がいるからな」
……覚悟?
「我に挑む、ということだ。——その命を賭してな」
「!!」
『命を賭す』その言葉に眉間にぐっと力が入るの自覚する。
同時に彼女は俺の前に跪き、その輝く銀髪を大きく揺らしながら頭を垂れた。
「身勝手をお許し下さい我が君! しかし、そうでもしなければ私は——」
「やめるんだ。たしかに俺はクロさんが強くなるのを楽しみするとは言った。だけど命をかけろなんて頼んだ覚えはない! ファフニルに挑む前に言った俺の言葉、忘れたか!?」
俺はつい怒気をはらんだ声を発してしまいながら、クロさんの言葉を遮る。
それでも、クロさんは己の意思を曲げることはなかった。
「私は! 貴方を守護する者! いざというときに貴方の傍らにいられないなど、死んでいるのとなんら変わりはないっ……!」
「——! クロさん……」
俺に対して声を荒げる彼女を初めて目の当たりにして、愚かな俺はようやく悟る。
さきのカラザムでの一件が、あれからもずっと彼女を苛んでいたのだと。
こんなに悲痛な声を漏らすほど、思い詰めていることを気づけなかった自身を呪う。
「ご主人、ぬしが死を良しとする者ではないことは我も知っている。
だが、こやつの気持ちも汲んでやってほしい。……無論、小娘は死ぬために挑むのではないのだから」
「我が君、どうかっ……!」
静かなファフニルの諫言。
そして、俺のそばに在るためにその命を掛けたいと願うクロさんの姿に、俺の思考はぐちゃぐちゃになる。
彼女の命が俺のために失われることなど、到底容認できない。……できない、が。
「……俺に見届けろ、ということだな? ファフニル」
ぎりと歯を食いしばり、言葉を絞り出す
——もはや、クロさんを止める権利など俺にはない。
彼女をここまで追い込んでしまったのは自分なのだから。
「ああ、そうだ」
「ありがとうございます、我が君……」
安堵した声でこんな俺を主と呼ばわる彼女のその顔を、俺は見ることができない。
彼女に比べ、かくも弱い心しか持たない己を、俺は心底憎み、恥じた。
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