第23話『アンヘル=フォグザミード』
巻き上げられた噴煙により、それが何なのかは判然としない。
しかし、燭台の光によって投影された輪郭はゆうに三メートルを越えている。
砂塵がはれたとき、そこにはもはや異形と呼ぶのもためらわれる化け物が存在した。
——なんだ?
俺は地から出でた化け物の頭部を見てふと引っ掛かりを覚える。
その後ろで叫ぶ、興奮気味なアンヘルの言葉がさっきよりどこか遠く感じた。
「この子はね、僕が手を加えた中で最も強く輝いて、本当に惜しいところまでいったんだ。もし怪我さえしていなければ、彼は『生きて』この輝きを放っていたかもしれない。みなから認められていたかもしれなかった子さ」
——なんでこんなに『似ている』?
二つに分けられる獣人の姿の中でも、より獣に近い姿。
一目見ただけでは俺の知る彼女との繋がりなど浮かびようもない顔つき。
「死体探しを依頼してた連中が連れてきたとこは驚いたよ! なにせ生きていたんだ!
——死んでいてもおかしくない状態で!」
その化け物は上半身だけが屈強な獣人。
下半身は太い手足の生えた巨大な爬虫類のような魔族の身体が据えられている。
「そんな状態でもこの子は輝いていた! 尊いよ、僕が施術を行う中でも呻きながら案ずるんだ。娘よ、娘よ、とね」
長い銀髪に、身体を包む体毛もまた、銀。もう光の宿っていないその瞳の色は深い翡翠色で——。
「僕も懸命に努力したんだ。この子をどうしても地上に出してあげたかった」
たしか彼女はこう言ってなかったか。
——《宝竜》との戦いで気絶し、目が覚めたときにはなぜか谷を降っていて、そこで父上に助けられた、と。
「でもだからこそ、君を捕らえる大役を得られたんだ。——いけぇっ!」
化け物はその下半身を高速で左右にうごめかせ、突進してきた。
そしてその俺の胴ほどもある剛腕を伸ばして俺を両手でつかみ持ち上げると、全身の骨を砕かんと握りしめてくる。
「——ナザ=クロエルトは無事に生きてるよ」
俺は縋るように眼前の『彼』の魔力を辿る。
「……」
「あのあと、俺の義父が助けて、今じゃエンドゥス国王の護衛だ。すごいだろ?」
だが、砂粒ほどの
ゆえに、反応がないのもまた必然。
「……」
「だから安心してくれ。きっと貴方の娘が幸せに生きられる場所をつくるから」
——それなのに。
「——」
小さな声とともに涙がこぼれた気がした——。
「《その身を焔の中へ》」
俺を掴む『彼』のその全身が焦熱の火炎に包まれる。
その腕は何かを
「その子でも全く歯が立たないか」
「……」
あっけらかんとい言い放ちながら、アンヘルは構えを取った。
俺は無言で男のもとへ歩いていく。
「最後は僕だね。言っておくけど僕はその子よりもつよ——ひよっ!」
もうなにもさせるつもりはない。
俺はアンヘルの首をつかみ壁へ叩きつける。
「あは……僕を、ころ、すかい? それとも——」
「——お前は彼らが受け入れられないから可哀そうだと、彼らが受け入れられるようにしたいと、だから価値を足す……そう言ったな?」
「? ああ……」
「なんでお前がそんな考えに至ったのかは知らない。
だけど、お前が彼らの話をしていたときの目は、思いは、きっと本物だった。
お前がそんなことをしなくても彼らが生きられる世界を、俺がつくる。——だからついてこいアンヘル」
「……っははははははははは! なにを言い出すかと思えば!
いくら君そんな『輝き』をもつ君でもそんなことができるわけない!」
アンヘルは壮絶に俺の言葉を
「そんな? お前は『今』の俺を見てそう言ってるのか」
「あ? なにを——うっ!」
手を離し、床に落ちたアンヘルが呻く。
「だったら、その『
アンヘルの言う通り、『輝き』が変じうるというのなら。
検証してみようじゃないか。
俺の思いと強さが、その『輝き』とやらにどれほどの影響を与えるのか。
強さがそれに影響を及ぼしたとしても、まったく嬉しくはないけれど。
俺は思いを滾らせ、力を引き出しながら、変わりゆくアンヘルの表情を見続けた。
「だったら、その『
アンヘルは困惑していた。
この青年はいったいなにをしようというのか。
地下室をその身から放つ光で満たす謎の青年。
こんな『輝き』を持つものは見たことがない。
それは嘘偽らざる本音だ。
だが——、
そんなことができるはずがない。
そんなことができるものがいるとすれば、きっとそれは——、
目の前で起こり始めた変化に記憶を呼び起され、アンヘルは振り返る。
——いつからだったろうか。
妄執に狂い、己がその『存在』を探すのをやめてしまったのは。
——彼らフォグズミードの一族は、その特殊な魔法を使う様から《死霊使い》と呼ばれていた。
それゆえに彼らは人々からその存在を忌避され、野に放逐されてしまう。
そんな彼らの一族を受け入れてくれたのは、人ではないとされ迫害されてきた亜人種の獣人たち。
アンヘルもまた、セブンと同じように人間ではなく、亜人種を友として生きてきた。
獣人は、姿は違えどアンヘルが会ってきた人間よりも優しく、優れており、少年だった彼はそんな彼らを慕った。
少し時がたち、アンヘルはそんな獣人たちが人間に受け入れられていないのは間違っていると思い、一人街へ訪れる。
「彼らは忌み嫌われた人間であっても受け入れ、拒まなかった。なのになぜ人間は彼ら獣人を拒むんだ!
彼らは『人』だ。僕らと同じ『人』だ! 僕たちは彼らを受け入れるべきだ!」
——ある日は侮蔑され。
——ある日は罵倒され。
——ある日は暴力を振るわれ。
それでも彼は、くる日もくる日も獣人の里から出でては、叫び続けた。
——そんなある日、ついにその話を聞きつけた兵士がやってくる。
アンヘルは身構えた。だが、
「君かい? 亜人種を受け入れるべきだとうたっているのは」
彼の話を聞いて初めて笑顔を向けたのが、彼らを虐げる兵士とは皮肉なものだった。
「はい、そうですけど……」
アンヘルは兵士だというのに、自分に笑顔を浮かべるその表情が、やけに不気味に見えたのをよく覚えている。
しかし、次に放たれたその言葉に、彼はついそんな不安も忘れてしまった。
「——国王様が君を活動が素晴らしいと大喜びしてね! ぜひ君を受け入れてくれた亜人種と会って話したいと仰っているんだ」
「えっ!? 本当ですか!」
アンヘルは思わず心の底から叫んだ。
「ああ! だから亜人種の代表を連れてきてくれないか?」
それから、アンヘルは大はしゃぎで自分の住む集落へ駆け戻った。
——思えばおかしな話だ。
獣人たちを受け入れようというのに、兵士は彼らを『亜人種』と蔑称でしか呼ばなかった。
だが浮かれた少年は気づかない。普段はあれだけ気を付けていた尾行の警戒すら怠って。
——その日の昼間、彼を受け入れてくれた獣人と彼の家族は皆殺しにされた。
お前たちは亜人種同様、生きる価値のない者だ、と罵られながら。
アンヘルを守り、その上で息絶えた母の下。
彼は仰向けの状態で、かすむ視界の中、真上に輝く太陽を見つめた。
——獣人種にとって、彼らを照らす太陽と月は神として扱われる。
なかでも太陽は恵みを与える存在のため、とりわけ強く崇められていた。
そんな彼らの中でまことしやかに囁かれる噂がある。
『その者が現れしとき、我らは真に陽光の中へと導かれる』、と。
その者の名は——、
「……《
アンヘルは燦々と輝く太陽に手を伸ばし、決意した。
必ずその者を見つけると。
この陽光のごとき光を放つ存在を。
そのときだった。陽に灼かれる彼の瞳に《加護》が宿ったのは。
ふと我返ったアンヘルがセブンの方を見ると視界に違和感を覚える。
……なんだ? 彼から放たれる光が強くなっているような……。
すでにあれだけの『輝き』を放つ人間がこれ以上の光を放つだと?
そんなことあるはずが——、
しかし、男のそんな思考を嘲笑うかのように、彼の瞬きは増していく。
「——ぁ」
もはやその光は直視することすらままならないほどに。
「ぁぁぁあああああああああああああーーーーー!!!!!!」
その『輝き』はまるで本物の太陽のようで。
ならば、この『輝き』の中心にいる存在はきっと——。
——やっと、みつけたよみんな。
アンヘルはすべてを埋め尽くす白い光の中へ、まるで自分が溶けていくような。
——家族であった獣人たちに受け入れてもらったときのあの安堵と温かさに、全身が包まれているような、そんな気がしていた。
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