第22話『輝きへの狂気』
屋敷の前に門兵はいなかった。
すでにアンヘルは逃げたかとも思ったが、門と屋敷の扉は閉ざされたままだ。
まだ屋敷の中にいると半ば確信し、俺は門をくぐり、屋敷の扉を開こうとする。
「……」
だが、取手を引けども両開きの扉は施錠されているのか、開かない。
俺はそのまま取手を引く力をさらに込める。
途端に両扉の端にある太い蝶番が破断し、二枚の扉が閉じたまま外れた。
それを脇に立てかけ屋敷の中に入ると、一度訪れたときの光景とは明らかに変化してる部分があった。
「階段?」
玄関にある一部の床が消え、代わりに屋敷の下へ続く通路が現れていた。
なにか巨大なモノでも運び込むためなのか、その幅は人間の大人が五人横並びで歩いてもまだ余裕がありそうなほど。
俺は迷いなくその地下へと続く階段へ足を踏み入れる。
通路の壁の燭台には火が灯っており、足元は明るい。
一直線ではあるものの降った時間からして、その深さはゆうにこの屋敷の高さを上回っていた。
「……」
一段降るたびに強まる嫌悪感を掻き立てられる異臭。
それが最高潮に達したとき、階段が終わり、そこには——、
「やあ、よくきてくれたね。待っていたよ」
目を細めて笑みを浮かべる金の獅子のような男が俺を出迎えた。
数時間前にも見たはずのその笑みが、今はとても不気味に見える。
きっとそれは、仄暗い地下で燭台の灯りがその顔を薄く照らしているから、という理由だけではない。
その背後に並ぶ『何か』も含めて。
「……アンヘル。それはいったい何だ?」
「君を一目見た瞬間、ここへ連れてくることを決めたよ。彼らはちゃんと助けを求めてくれたようだね。まぁそれも当然だ」
壮年の男は俺の問いに応えず、まるで熱に浮かされたようにしゃべり続ける。
なぜこんな場所で笑っていられる?
「君はあまりにも大きな『輝き』を放っている! あああ、その『輝き』は僕が手を加えることでどう変化するんだい? 君がいればきっと——」
「答えろ! なぜ彼らにこんなことをしたっ!」
俺は叫び、目の前の男がおぞましい狂気とともに吐き続ける言葉を無理矢理とめた。
「……なぜ? ああ、そうだ。協力してもらうんだから、ちゃんと説明しないとね。
それはね、彼らの『
こいつはさっきからいったい何を言っている?
「意味がわからないって顔をしてるね」
「当たり前だ!」
「落ち着いて。ちゃんと説明するから」
アンヘルは両手を胸の前で小さく上下させながら、
「僕にはね、目に映るものの価値が分かる《天商の加護》というものを授かっていてね。価値のあるものほど強い輝きを放って見えるんだ」
「——」
……価値が分かる。そうか、父上の《鑑定眼》と同じ類の力。
だから妙なあの感覚に、覚えがあったのか?
しかし、納得できない部分もある。
今、その感覚はしない。《加護》とは本人の意志で制御できるものなのか?
「——昔、僕たちは生きる価値がない、そう罵られ殺されかけたことがあってね。
そのとき、思ったんだよ。どうすれば生きてても良い存在になれるのかなって」
アンヘルの目におぞましい色の光が宿る。
「でも、自分で検証しようにも、僕は僕自身の価値を見ることができないんだ。
——だから協力してもらうことにした。もともとこれは僕の恩人である『彼ら』のためでもあるから」
そこで男は唇をゆがめて、部屋に置かれているモノを抱こうとするように胸を反らし両腕を大きく広げた。
「まず、自分は生きていても良いと言う人間を参考に、生きる価値がないとされる罪人で検証を始めたんだ。
「——」
——狂ってる。
目を剥いて舌をさらすアンヘルの呪詛のような言葉は止まらない。
まるで、親にその成果を自慢できることがたまらなく嬉しい子供のように、
「するとどうだい? 変わったんだよ! 『輝き』が! だから確信したんだ。人間じゃない亜人種も、魔族もきっと『輝き』が足りないからみんな受け入れられないんだって。
可哀そうだろう? 彼らはみな、人間なんかより遥かに『輝き』を持つ者たちだ! それなのに受け入れられないということは、まだ足りないんだよ。だからもっと、もっと!」
価値が足りないから?
——ある者は、人間の胴体に獣人の手足を。
——ある者は、獣人の耳が人間のものすげ替えられ。
——ある者は、明らかに人の形をしていない魔族の身体にいくつもの人間や獣人の顔を取りつけられている。
それが、彼らのため?
なんで、なんでだ……。
なんで、そこまで狂気に沈むまで彼らのことを思えるのに、ありのままを受け入れられない。
——それは、こんなことをするよりも難しいことなのか?
「残念なのは、せっかくみんなの『輝き』が強くなったのに、誰も自分の意志で動かなくなったことだ。
僕の魔法で動かすことはできるんだけどね——ほら《魂魄よ従え》」
「——ッ!?」
その光景に俺の肺から、ひゅっと空気が漏れる。
アンヘルが呪文を唱えると、人形のように不動で立ち尽くしていた彼らが一斉に動き出した。
ありえない。彼らは死んでいるはずだ。
生物に魔力を持たないものなどいない。
どんなに小さく、弱い生物でも微弱に魔力を宿している。
俺はここに着いた瞬間に異形の姿をした彼らの魔力を辿った。
だが、その一切を感じ取ることができなかった。——つまり死体のはずだ。
見る間に目の前の死体が腕を組みあい、奇怪な動きでワルツを踊りはじめる。
こんな魔法を俺は知らない。
これがナベルの言っていた《
「驚いたよね。僕は魂を操る魔法を使うことができるんだ。昔から勘違いされるんだけど《ユニーク》ではないんだよ? ……でも今は僕しかいないから同じことか」
俺の表情から思考を読んだかのように《ユニーク》であることを否定するアンヘル。
どういうことだ? ならばなぜ誰もこの魔法を知らない。
「これはね強制的に魂と契約して死んだあとも逃がさず、魂を捕らえるんだ。そうすればあとは魂を戻して……この通り、彼ら生きているみたいに動かせる」
「強制的に? まさか……」
俺が感じたあの感覚は——、
「屋敷にいたときに気づいたよね? 僕が君の魂と契約しようとしたの。《その魂に楔を》」
「——!」
アンヘルが呟き、三度目となる不可視の何かが俺を包む感覚に襲われる。
すでに俺の魂もこの男に握られているのだろうか?
「……やっぱりだめか。何故だか知らないけど、君の魂とは契約ができないんだ。何故だろうね?」
眉をひそめ、アンヘルは首を傾げる。
「……」
どうやら俺の魂は無事らしい。
しかし、知らぬ間に魂を狙われていたとは。
……改めて考えるとぞっとする。
「君のその『輝き』に何か秘密があるのかい? ——その目が眩むほどの輝きに。
ふふ、おかげで商談のときに財宝の価値を見誤ってしまってね」
「それで、あの金額か」
どうやら『色を付けた』というのは誤魔化すための嘘だったようだ。
「さて、そろそろ君を手に入れさせてくれないか。それほどの『
——
「——」
次の瞬間、踊っていた異形たちが一斉に俺へ殺到した。
彼らの膂力は凄まじく、俺は距離を一瞬で詰められる。
取り囲まれた俺は彼らに袋叩きにされた。
ばぎっ! めぎっ! と骨が砕け、折れ、肉から突き出る嫌な感覚と音がする。
俺は防御もせず、途切れない猛攻を受け続けた。
——ああ。
ふと、彼らを見やればその埒外の力の理由が分かる。
——やはり彼らは生きていないのだ。
彼らは自身の身体を厭わず、自壊しながら攻撃を続けていた。
その圧倒的な力は生きていないがゆえ、その限界を超えて行使されているから。
一度攻撃するたびに、曲がり、弾け、捥げた。
それでもその『表情』一つ変えずアンヘルの命令に従い続ける。
——良かった。
俺はその殴打の威力に、身体を地に沈められながら、右手をきつく握る。
——その苦悶した表情だけが気がかりだったから。
そして俺は呪文とともに、拳を彼らに放った。
——痛みを感じているんじゃないかと心配して。
「《衝かれ弾けよ》」
一瞬にして、俺に群がる異形のすべてが爆散し、周囲にばらまかれる。
「……すごいね! 相手に衝撃を与える魔法で身体があまさず吹き飛ぶなんて!」
ぼたぼたと肉片が降る中で、変わらず笑顔を浮かべるアンヘル。
「やはり君は特別だ! 一番強い子を出さないといけないね。
——《我と契りし器よ来たれ》」
床が噴火のごとき勢いで隆起し、地の底から出でたそれは、ずるりと滑るような動きで巨大な影を現す。
「な、ん——」
土煙が晴れたとき、俺はその化け物に戦慄することとなった。
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