第19話『怪しき男』
「残った財宝を売ってからまたくるよ。代金はそのときに」
「承知しました」
——換金屋の店主の要求とは、
『この財宝を、この店で支払える分だけ買い取らせてください』
ただそれだけだった。
彼は買い取る財宝を選ぶとその金額を提示する。
その間、店主は瞳に不穏な気配を宿すことはなく、それが適正な対価であることが窺えた。
「その値で構わない」
「まいど、ありがとうございます」
仮にふっかけられたとしても、目を瞑るつもりだったが杞憂のようだ。
彼はたった一つの情報で、欲張らず、得られる最大の利益を勝ち得た。
俺たちは店を出て、そして——、
「ここですね」
「うん、間違いないと思う」
クロさんの言葉を首肯した。
俺たちは換金屋の店主から情報を聞き、この商業都市カラザムでもっとも財を築いた男の屋敷を訪れた。
この街ですべて買い取ることができる者がいるとすれば彼しかいない、と店主は言っていた。
表札などない屋敷を目の前にして、俺とクロさんは『この屋敷がそうだ』と同じ意見に至る。
このカラザムの建物は自国エンドゥスと違い、石造りの家屋が多く、また立派なものばかり。
だがこれは——、
「段違い、だな」
もはやこれは豪邸と呼ぶのも生温い。
城だ、これは。
俺たちの目の前には敷地一帯を囲む鉄格子と門扉が。
視界を遮るためか、樹木や色とりどりの草花も植えられていた。
内側には短く刈り揃えられた青い芝生と白い石畳が見え、建物まで一直線に伸びる石畳はちょうど中間にある噴水の手前で二股に分かれ、弧を描いている。
最奥に鎮座するのは巨大と呼ぶのに相応しく、これまた白を基調とした屋敷。
しかし、その静謐な雰囲気の調和を乱すものがあった。
それは屋敷の屋根。
一面を赤錆色に染めるそれが、俺にはひどく不気味に見えた。
「……もし、警備の方。アンヘル殿に取り次いでもらえないだろうか?」
視線を戻し、先ほどからこちらを警戒している門兵に話しかける。
やはりこの巨大な荷を男一人が牽く様は、異様な光景に映るようだ。
声を掛けられた男は肩を一度びくりと震わせ、
「な、ならん! 今日は来客の話など伺っていない!」
「……これを見てもか?」
俺は脇に控えるクロさんを視線だけで促す。
彼女は俺の意志を正しく受け取ってくれたようで、短くうなずくと荷車が纏うほろを捲った。
「なぁっ!?」
警備の男は目に入った、陽光を反射し光輝くそれらに仰天した。
俺は同時に荷車から離れ、男の目の前まで近づいて囁く。
「これはアンヘル殿にも利がある話だ。あとでお叱りを受けても知らないぞ?」
そう嘯いてから一歩離れて、目を据えてから人の悪そうな笑みを浮かべて見せる。
「わ、わかった! 少し待っていろ!」
「よろしくお伝えください」
慌てて屋敷まで駆けていく警備の男。
俺はその背に軽く手を振って見送る。
「……我が君」
「性根が悪いって?」
「ぜ、ぜひ私にも——」
「絶対に嫌だ」
俺は彼女にみなまで言わせず、放たれたであろう言葉を断じた。
十分ほどして、門兵が息を切らして戻ってくる。
——無駄に遠いもんな、屋敷までの入り口。
軽く息を整えてから、彼は言った。
「……お許しが出ました。中へお入りください」
先ほどとは打って変わって、丁寧な物腰で接してくる男。
そう言うと、門を広く開け放ち俺たちを中へ招き入れる。
「ありがとう」
荷車を牽きながら、俺は男へ礼を告げて敷地に立ち入った。
中間地点の噴水の前を迂回して脇を通り過ぎ、屋敷の入り口へ到着する。
すると、重たい音をたてながら左右に扉が開く。
中からは街で見かけた『例の服』を着た二人の少女の従者、品の良さそうな壮年の男が現れる。
その男は、服の上からでも分かる隆起した肉体。
堂々とした立ち姿。
そして頭部から顎まで黄金のたてがみをたくわえたその様は、獅子のようにも見えた。
「初めまして。この屋敷の主のアンヘル=フォグザミードだ。
……君たちかい? 僕に用があるというのは」
心なしか、アンヘルは俺を見た瞬間、その細目をさらに薄くしたように見えた。
しかし勘違いだったのか、そのまま彼は笑みを浮かべ、急に来訪した俺たちに丁寧な態度で接してくる。
その威圧感を与える見た目の印象とは裏腹に、物腰は柔らかいようだった。
「私はセブンと申します。アンヘル殿を訪ねたのはここにある財宝を買い取っていただきたいと思いまして」
ほろを外したままの荷台の財宝を見せる。
アンヘルは警備の者ほど驚くことはなく「……ほう」と一言だけ呟いた。
……反応が薄い。
少しだけ不安がよぎる。
これだけの屋敷を持つ男。財宝になど興味はない、と言われればそこで終わりだ。
「見る限りかなりの歴史と価値があるもののようだけど……いったいそれをどこで?」
遠目にも関わらずこの男は財宝の価値を理解したようで、関心を寄せてきた。
良かった。全く興味がないわけじゃないようだ。これなら、
「私たちはるろうの冒険者でして。旅の途中、偶然にも伝説の魔族『竜』が隠したとされる宝を見つけた次第です」
「竜が隠した宝物……もしやその宝物は隣国エンドゥスで?」
あえて国の名前を出さなかったのに。
あまり言いたくはなかったが、嘘はつかない方が良いだろう。
「——はい。よくお分かりになりましたね」
「過去に《宝竜》と呼ばれた存在が様々な国の宝を奪い集めていたと聞いたことがあるけど、あの伝承は本当だったということか」
「それは初耳です。では私たちが見つけたのはきっと世界に散らばるその一部ということでしょうか。夢がありますね」
俺はあえて見つけた財宝がこれだけであると言外に示唆する。
あれだけの量だ。きっとファフニルの集めた宝は《宝餌の蔵》に全てあるはずだけど。
谷に行かれるのは構わないが、その途中にある《拓かずの森》を荒らされたくない。
……仮に森に来てもファフニルとケリュネアがいるから滅多なことにはならないが。
「その存在すら不確かな伝説の魔族が隠した財宝……たしかに浪漫だね」
その顎をさすりながら思いを馳せるように瞳を閉じるアンヘル。
「これだけの富をお持ちでもやはり興味がありますか?」
警戒の念を悟られないよう気配や表情に注意しつつ俺は彼に問う。
「たしかにある。でも——僕の浪漫はそこにはない」
……この人。
「なるほど! いやぁ羨ましい限りです。私たちもアンヘル殿にこの財宝をすべて買い取っていただければ、あなたには遠く及びませんが、危険な冒険者などやめて悠々自適にくらせそうです」
彼の瞳から覗いた異様な気配。
一瞬だったため、それが何を示していたのかまでは読めなかった。
「はは、確かにそうだね。これだけの宝、きっとひと山とはいわない量の金額になる。
いいよ。浪漫を見せてくれたお礼だ。商談に応じよう」
そう言うと、男は俺たちに背を向け屋敷の中に入っていく。
「クロさん、宝をよろしくね」
「はい。お任せを」
目礼する彼女を見てから俺は身を翻す。
俺はアンヘルに続き、屋根と同じ色の絨毯が敷かれた室内へ足を進めた。
ふと目線を横に向けると、扉の脇には先の二人の従者が控えており、俺が扉をくぐるのを待っている。
厚めの鉄扉を跨いでから数秒後、背後で俺と外界を隔てる音がした。
——あの少女たちが纏っている服はメイド服というらしい。
それも考案したのは、俺の先を歩く男、アンヘル当人とのこと。
従者を連れ歩いたときに話題となり、街中の資産家たちに取入れらたそうだ。
そんな会話を交わす間に、俺は書斎のような場所に通された。
彼は、正面にある見るからに高級そうな机まで歩いていく。
そして何かを引き出す動作をして一枚の紙を取り出した。
その書面に淀みなく筆を走らせて「これでどうかな?」とにこやかに言ってそれを俺に差し出してくる。
そこには買取金額と思わしき大量の数字が羅列されていて。
俺は自然と目が大きく開いていくのを感じた。
つい俺はアンヘルの顔を、瞳を訝し気に見てしまう。
——正気か、と。
「足りないかい?」
だが彼もまた、あの店主のように俺を騙しているような気配はない。
俺は素直に返答を述べた。
「本当にこの金額で換金していただけるのですか? ……正直、予想よりもかなり多かったもので動揺しています」
嘘ではない。
彼が書面に記載した金額は、一部を買い取った換金屋の金額の比率と照らし合わせても、異常な額だったからだ。
「……なかなか良い目利きだ。だけど、君には浪漫を感じさせてもらったからね。
少しだけ色を着けさせてもらったんだ」
一瞬だけ間を開けてからすぐに、アンヘルは悪戯っぽく微笑むと、ぱちりと片眼を閉じる。
——少し、ね。
それだけで予想の三倍の金額を支払うというのか?
「さすがはアンヘル殿! 器が大きい。ありがとうございます」
俺は大仰に驚いたふりをしてから、彼に腰を折る。
「はは、こちらこそ」
ぞわり。
見えない何かが身体を包みこむような感覚。
「——!?」
俺は思わず、がばりと身体を起こす。
——そこには、
「どうしたんだい?」
アンヘルが、驚いたような表情を浮かべて俺を見ている姿があるだけだった。
特に先ほどと変わった様子は見えない。
証拠はなにもないから問いただすことはできないだろう。
だが間違いなく、視界の制限された俺に、この男は『何か』を放った。
「いえ、大変なことに気づきまして……!
アンヘル殿、申し訳ないのですが、この額のお金を今回で持ち帰るのは難しい。
なので、何度か小分けにして運搬してもよろしいですか?」
俺はとぼけた演技をして、分かりきったことをアンヘルに言う。
間違いなく、持ってきた荷車では山盛り二台でも収まらない。
彼は納得したのか「ああ……そういうことか」と、笑いながら頬をかくと、
「むしろ、こちらからお願いするよ。さすがにすべてを払えるだけのお金はこの屋敷の中には無くてね。次回までに用意しておく。今日の分はすぐに用意させよう」
にこにこと目を細めて笑顔を絶やさないアンヘル。
「よろしくお願いします。では、今回はこれで失礼します」
俺は壮年の男にもう一度腰を折ってから出口へと向かった。
メイド服を着た従者が反応し扉を開いてくれる。
「——」
……気のせいだろうか。
俺は書斎を出る間際、目を伏して礼をするその緑がかった髪の少女が、どこか震えているように見えた。
そしてまた——。
扉が閉まるまで、俺は身体に絡みつく『何か』を感じ続けた。
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