第18話『レイドリンク領 商業都市カラザム』
がたがちゃっ! がたがちゃっ!
大きな荷車の車輪が地面の上の砂利や小石を轢く。
車輪が回りその振動が荷台に伝わるたび、重い金属音が奏でられる。
もうこの音にも聞き飽きた頃、ようやく見えてきた景色に俺は思わず声を上げた。
「——やっと見えてきたな」
「我が君っ、いい加減私は気が狂いそうです!」
太い一本の棒で隔てられた向こう側で、クロさんのもどかしそうな声をあげる。
俺は正面を見据えたまま、首を横に振った。
「……大丈夫だって。ファフニルのせいでこの重量をこれだけの距離の間引いても、全然疲れてないんだ」
俺は真後ろのほろを纏った荷車を見ながら、彼女に気を遣わせないよう、あえてどんよりとした口調で言った。
その間も足は淀みなく進める。
ほろの下にはファフニルが集め、《宝餌の蔵》に溜め込んだ財宝の一部が山盛りで載せられていた。
——俺はそれらが積まれた、馬数十頭でやっと牽けるであろう荷車を、一人で牽いている。
クロさんは出発してからというもの、「私に! 私に牽かせてくださいっ!」と、もはや懇願に近い口調で俺に言い縋ってきた。
だが道中、何度言われても俺は譲らなかった。
——強がりでなく、本当にほとんど疲労していないのだ。
これが《竜の加護》の恩恵の一部だとしたら——うん、絶対感謝しない。
「我が君……ッ! はぁっ、はぁっ」
おそらくいくら彼女でもこの荷車を牽くのは無理だろう。
荷車自体も重量に耐えられるように、腕を見込んでツルキィに頼んで様々な部分を鉄製に改良してもらっている。
こういう場合、本来は彼女の気が済むまで牽かせてあげた方が良いのだろう。
しかし、なぜだろうか。
そうやって時間を経るごとに彼女が息を荒げ、頬が上気していく様を見て——俺は譲ってはいけない気がしてきたのだ。
……さっきから謎の恐怖で、クロさんの方へ顔が向けられない!
見てはいけないものを見てしまう。そんな気がした。
「さあ早くカラザムに行って換金しないとなっ!」
そう、俺たちは国庫を潤す資金を得るため隣国のレイドリンク領内にやってきていた。
目的地はその領内にある商業都市カラザムだ。
財宝があっても、さすがにそのまま給金として支払うわけにもいかない。
かといって、買い取ることができる資金を持つ人間がエンドゥスにいるわけもない。
なので、近隣でもっとも商いの盛んな国へ財宝の換金にやってきたというわけだ。
俺は荷車を牽く速度を上げる。
それに伴って、荷台の財宝たちの乱痴気騒ぎはさらに調子を上げる。
俺の鼓動もその中に加えて、
「あ! 待ってください、我が君!」
レイドリンク領、商業都市『カラザム』へ。
この街はとにかく物が溢れ、喧騒に塗れていた。
幅の広い石畳の大通りには多くの人間が所せましと歩いている。
多くの店舗が並び建っているというのに、一つとして同じ店はない。
きっとレイドリンク以外の国の物も売られているのだろう。
見たこともない色や形の果物、嗅いだことのない香りのする料理、奇怪な工芸品。
歩いているだけでも楽しい。
——ひそひそ。
道行く民には笑顔が咲き、皆が楽しそうに談笑しながら闊歩している、そんな光景。
いつかエンドゥスも——、
——ざわざわ。
「……はぁ」
落ち着かない。
——俺たちはとにかく目立ってしまっていた。
相変わらず騒音を立てる大きな荷車と溢れんばかりの積み荷。
それを牽くのは馬ではなく人間。
人波は避けるように割れ、すれ違う人々はみな、瞼を大きく見開いて俺たちを——俺を見ていた。
「まぁ! あなたアレ……」「ああ、すごいな我輩も——」
あからさまな会話も聞こえてくる。
特に視線を注ぐのは、ひときわ身なりの良い人間。
彼らはみな一様に見たこともない服装の従者を連れている。
その服を着た者はすべて女性だ。
足元まで丈のある黒いスカートシャツの上から、純白のエプロンドレスを纏っていた。
頭にも同じ色の帽子のようなものを載せている。頭のすべてを覆えてはいないので意味があるのかわからないが、いわゆる様式美というやつか?。
あれがこの国の従者の正装なのだろうか。
「……荷もそうだが、なんだか俺も目立ってるな」
気疲れしたように言う俺に対し、
「我が君を尊敬するかのようなあの視線。この国の民の目はどうやら腐ってはいないようです」
ふふん、となぜかクロさんが胸を張り、
「……いや、むしろ腐ってるよ。
こんな立派なモノを無視して俺を見——いや全くその通りだ人の好みは人それぞれだからうん!」
俺の視界を大きな手が塞ぐ。
ひたひたと感触を確かめるように顔を這う、冷たくて長い指。
痛みなど何一つないのというのに、俺は本能的に屈してしまった。
——呼び方は変わっても、『これ』は変わらないらしい。
「……見るのはそこではないでしょう」
「ん、いまなん——?」
「——ッ!」
「てーーーーーーっ!?」
クロさんの指を解こうと手をかけた瞬間、無慈悲にも刑は執行された。
……なぜだ。
——そんなことをしている間に、『換金屋』と書かれた看板を掲げた店に到着する。
しかし、
「申し訳ありませんが、わたくし共ではこれを買い取ることはできません……」
店の外で荷を検めた店主は、口惜しそう荷台の財宝を眺めながら言った。
「……理由を聞いてもいいか?」
「これを引き取るためのお金がご用意できないのです」
——やっぱりか。
街の人間に聞き、首都で最も大きな店に訪れたんだが。それでも、か。
「ひとつ、可能性があるとすれば……」
店主からだしぬけに言い放たれたその言葉に、
「——! 教えてくれ!」
俺は勢いよく店主に顔を寄せる。
「もちろんです。——わたくしの要求を呑んでくれたのなら、ですが」
スッ、と店主は目を細め、微笑みながら言った。
「いいぞ。呑む」
が、俺は店主が言い終わると同時に答えを返す。
「おや、いいんですか?」
言い出したのは店主だというのに、彼はなぜか意外そうな顔になった。
やはり、悪い人じゃないのだろう。
その視線から悪意が感じられないことから、それはわかっていた。だから、
「ああ」
俺はもう一度、迷いなくうなずく。
返答を聞いた店主は、人好きのしそうな笑みを浮かべて、
「契約成立ですね。ありがとうございます」
そう言いながら、ゆっくりと腰を折る。
——この店が首都で一番大きな理由を、俺は垣間見た気がした。
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