第17話『笑う竜、留守番の銀髪、七の強化』

 財政難の解決策として、ファフニルの集めた財宝を使おうとクロさんは提案した。

 渋る俺を彼女は連れ出し、竜のいる《拓かずの森》へ訪れる。


 ——なぜか既に森の入り口で待っていたファフニル。


 目当てであった竜と出会った直後、「黒いの。お前は我が君のために命を——」とクロさんが言い出したので、それを封殺。

 もがもがと口を動かす彼女に、自分から話すと釘を刺した。


 それから単刀直入に、国の状況のことやそのためにファフニルの宝を分けてもらいたいと伝えた。

 ——すると、


「谷の財宝? そんなのご主人の好きにして良いに決まっておるだろ」

「当然です」

「……」


 真剣な表情だから我の命でも欲しているかと思ったら……などと呟くファフニル。

 竜の応えに満足げに目を閉じて、しきりにうなずくクロさん。

 呆然とする俺。


 いともあっさりとエンドゥスの財政問題は解決しそうだった。


 いくら興味がないからって簡単に手放し過ぎじゃないか?

 というより、あんな大量の財宝を貰っても扱いに困る!

 絶対に余計なトラブルを生むぞ……。

 ぐるぐると巡る思考の渦。——俺に新たな悩みが生まれた瞬間だった。


「よし! さっそく運ぶぞ! さぁ、早く我の背に乗るのだご主人!」


 ファフニルは、うずうずという言葉がぴったりの雰囲気で俺に背を向けた。


 竜は何人も背に乗せん——、とか言ってたのが嘘のような変わりようだな。

 そんな、一見凶暴そうな竜の態度に可愛げを感じながら、俺はその背に跳び乗る。


「あ、でもクロさんは——」


 ふと後ろを振り返ると、麗人は顔をゆがめ、まるで苦虫を噛み潰したような表情になっていた。

 ——そこへ、


「おや? どうした小娘、乗らんのか?」


「くっ……!」


 長い首を回してクロさんに声をかける竜のその顔は愉快だと言わんばかりの表情を浮かべている。

 彼女はそんなファフニルを仇敵(事実)を見るような目でねめつけた。


「……はっ!? ——我が君、そんな黒いのに頼らずとも私がお運びしましょう」


 そんな彼女は逡巡したのち、彼女はカッと目を開くと、したり顔をつくり両腕を広げた。


 同時に腕の間で蠱惑的に揺れる二つの母性に、俺は一瞬で目を奪われてしまう。


 ついに彼女から仕掛けてくるとは!

 ……いや、きっとファフニルに煽られたせいで我を忘れているだけだろうな。


 俺は無意識のうちに伸ばしてしまった手をそっと降ろした。

 至福と引き換えに、途中で我に返った彼女に殺されても後悔はないが。

 地獄へ行くのは今ではない。


「いや、俺とファフニルで行ってくるよ。ここで待ってて」


 俺は苦笑しながら彼女にひらひらと手を振った。


「そんなっ!?」


 選ばれなかったことにショックを受けた彼女が愕然とする。

 その眉尻の下がった表情に、少しだけ罪悪感を覚えてしまった。


「ふははははっ! 今度はぬしが留守番だ小娘――!」


 勝ち誇ったようにファフニルが溌溂と吼えると、クロさんを置いて俺たちは谷へと向かった。






「——森には馴染めてるか?」


 《宝餌の蔵》に到着した俺は、せっかく二人きりになったのでファフニルの近況を聞くことにした。

 それにファフニルは、うんと首肯し、


「ああ。彼らは我に土下座しながら「どうか食べないでください!」と毎日食事を提供してくれるし、ツルキィは我を見かけるたびに退屈させまいと、叫びながら卒倒して楽しませてくれている」


「本当に馴染めてるのか!?」


 楽しそうに言うファフニルのその言葉に、俺は不安を隠しきれずに叫ぶ。

 脳裏に浮かぶのは、それを見たケリュネアがファフニルを注意するも、冗談だろうと聞き流す竜。

 その態度に、『あの』しわくちゃな表情をつくる巨鹿の姿の光景


 ——すまないケリュネア。落ち着いたらもう少し顔を出すようにするからっ。

 俺はぐっと拳をつくり、心から《森の王》に詫びた。


「——ご主人の方はどうだ?」


 ふいに、ファフニルから心当たりのない問いかけが降る。


「なんのこと——っ!?」


 シュヒンッ!

 ズパンッ!!!!!!


 二つの音はほとんど同時に発生した。

 俺は空気を切り裂く音ともに飛来したファフニルの尾を、とっさに構えを取り、

 そのあまりの衝撃に、何かが壮絶に破裂したような轟音が間を置かず生じたのだ。


 俺を襲った攻撃の余波は、視界の端に映る壁にまでおよんだ。

 岩肌はいびつな穴を穿たれ落石を生み、谷に破壊音がこだまする。

 その音が止むのを待たず、俺は眼前の竜に叫んだ。


「いきなりなにするんだ!」


「まだまだ! ——ヴァッ!!」


 問答無用で俺へ灼熱の大火球を放つファフニル。


 その攻撃は前回と違い超至近距離のため、放たれたと同時に着弾する。

 剣を抜く暇などない。


 無意識にそう判断した俺は、


 ややあって、いつぞやと同じように、割れた火球の衝突音が聞こえてくる。


「……ふむ。良い感じだな」


 その後の追撃はなく、なにかの感触を確かめるように竜はうんうんと唸った。


「なんなんだよ……」


 敵意こそ感じないが——俺じゃなかったら死んでるぞ。

 あの鋭すぎる尾の横薙ぎなど、仮にクロさんだとしても剣ごと身体を両断されてる。


 説明しろ、という言外の意思を込めて俺はファフニルをちろりと睨む。

 それを受けた竜は軽く笑うと、


「そう睨むなご主人。前よりどうってことなかっただろう?」


 ……どういう意味だ。

 俺はファフニルの言葉の意味が分からなかった。


「——ぬしに宿った《竜の加護》の調子を確認したのだ」


「《竜の加護》!? なんで俺に『加護』なんて——」


 ……まさか。

 俺はその理由に考え至り、戦慄く。


「我と契約したからに決まっておろう」


「なん、だと」


 当然とばかりに言う竜のそのセリフに、俺は声を震わせる。


「——我の本気の攻撃をこともなげに受け止め、割った。それも素手でだ。

 さらには焦熱の余波を受けた皮膚はどうだ、火傷ひとつしておらん。素晴らしかろう? 他にも——」


 目の前で自慢げに鼻を鳴らす竜。

 俺は途中からファフニルの言葉が耳に入らなくなった。


 うそだろ……。


 ファフニルの言葉を要約すれば、俺はさらに強くなってしまったと?


「今すぐ契約を解け!」


 俺は竜に血相を変えて迫る。


「嫌に決まっておろうが! 普通は喜ぶところじゃぞ!?」


 いよいよ正気を疑うような視線を俺に浴びせかけるファフニル。


「嬉しいわけあるか!」


 最近妙に身体は軽いし、力がみなぎると思ったら、そんなとんでもないことになっていたなんて……。

 さっきの攻防、半分も力を使ってなかったぞ。


 あの竜の全力を相手に『半分』

 俺は受け入れがたい現実を前に、両手で顔を覆う。

 

 その後、宝を持ち帰るまでファフニルと問答を続けたが、契約を解くことはできず。

 ——こうして俺は有り余る財宝と《竜の加護》を得てしまったのだった。

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