第4話『《拓かずの森》へ2』

 日付が変わり、夜明けあとまで三時間ほどの時刻。


 俺は王城を抜け出し、城下街と外とを隔てる門の外側にいた。

 

 こんな時間に行動を始めたのは単独で《拓かずの森》へ向かうためだ。


 滅びかけとはいえ、一国の王が一人で危険な場所へ向かうなど『普通』はありえないだろう。


 だがあいにく俺は『普通』ではない。

 

 出発の前に、俺はもう一度肩にさげた鞄の中を確認する。


 その中身は自作した一食分ほどの食料と水を入れた革袋のみ。


 常に蔵はぎりぎり。最低限の食料だけ持って、あとは現地調達だ。


「さて書置きもしてきたことだし、行くか。帰ったらクロさんたち怒るだろうな——」

「当たり前でしょう」

「うわっ!?」


 俺は不意に背後から声を掛けられて驚いた——というフリをしておく。


「……クロさんどこから俺を!?」

「もちろん最初からです。……しかし驚きました。王族のセブン様が武を嗜んでいるとは、それも、かなりの鍛錬を積んでいる」


 彼女は後ろの門の方へ視線を投げる。


 そこには俺が気絶させた門兵たちが地面に座らされていた。


「はは、俺が元いたガイランドの王族はみんな自衛のために叩き込まれるんだ。俺なんて兄上たちの足元にも及ばないよ」


 俺は苦笑をつくりながら言う。


 半分は事実。


 実際、ガイランドの王子たちは皆が達人の領域だ。


 『計画』の内だったといえ、そんな兄上たちの『いじめ』をは堪えたなぁ。


 そのおかげで得られたものもあるけれど。


 でも正直、彼女の気配を断つ術の練度も相当なものだ。

 だが、やはり彼女は相当な使い手なのだろう。


「……すごいですねガイランドという国は」


「すごいのは兄上たちさ。今代の王族兄弟六人は皆が『歴代最強』と名高く、今じゃ《六光》なんて呼ばれてるよ」


 すると俺の言葉にクロさんは首を傾げる。


「六? セブン様は七人兄弟と伺いましたが——」

「知っての通り、俺は《無能の第七王子》だから。そこには含まれていないんだ」


 俺の言葉にはっとして、クロさんが恥じ入るように俯く。


「申し訳ありません。いらぬ詮索を……」

「いいって。それにほら、俺はこの国の王で、事実はどうあれ今は兄弟でもないし」


 だから気にするな、と笑顔を向ける。


 本当に、謝る必要などない。自らがそうなるように仕向けたのだから。

 ——さて、


「そういうことで、行ってくるね!」


 しゅた、と手を上げて、俺は軽快に走り去ろうとする。が、


「どこへ行こうというのです?」


 俺はあっという間に彼女の長い腕に襟首を捕らえられ、彼女の目の前に吊るされる。


 その場の空気でなんとなく見逃してもらう作戦は失敗に終わった。


「ちょっと《拓かずの森》に?」

「……あなたはご自分の立場を理解されていないようですね」

 

 俺が行き先を告げると、低く唸るように言うクロさん。

 彼女から底冷えするような気配が漂いはじめる。


 うーん、やっぱりそうなるよな。


 振り切って逃げることもできるけど、それをしたらあとが色々と怖い。


 かくなるうえは、長年の演技で身に付けたこの——!


「——ダメ、クロさん?」


 王としての誇りを捨て(最初から無い)——俺は瞳をうるうるさせながら彼女の母性本能に訴えかけてみる。


 ちなみにこれ、兄上たちで効果のほどを試した日、半殺しにされたんだよな。


「はぁ——わかりました」

「へ?」


 俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


 まさか成功するなんて!

 ——否、成功しないはずがない。だってこんな母性の塊をぶら下げてぐぎぎ。


 クロさんのとある部分を注視する俺の視界が彼女の空いた方の手で塞がれ——顔面を握り潰さんばかりの力が加えられる。


「失礼、セブン様の顔にごみが二つほど付いていまして」

「がががっ、ああっ! ありがとう……っ!」


 段々容赦がなくなってきたなこの人。


「——ふぅ。私もご同行します。それが最大の譲歩です」


 俺を開放した彼女が溜め息を吐きながら言った。


 少しだけ歪んだ顔をさすりながら、その言葉に俺は口端を吊り上げる。


「ありがとうクロさんっ!」


 俺は歓喜のあまり両手を広げ、彼女を抱擁しようと——

 

 がっ!


「——ですが、あまり調子に乗らないように」

「はい」


 顔面をつかまれ、空中にぶら下げられたまま放たれる氷点下の言葉。

 俺はそれに間を開けず返事をした。


 いまだ明けぬ夜のくらがりで、信頼できる従者を一人加えて。

 俺たちの《拓かずの森》への道のりが始まった。

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