第3話『《拓かずの森》へ』

「《拓かずの森》についてですか? 私の知っている範囲でよろしければ」

「ああ、頼むよクロさん」


 俺は朝食を済ませてからすぐに家臣たちのいる階層に出向いた。


 一応でも国王という肩書きのせいか、俺が姿を現すと一同はぎょっとした表情になり、畏まっていた。


 クロさんは相変わらずの兜姿なので表情は分からないが、わざわざ足を運ばなくても、と呟いていたので、やはり気を使わせてしまったかもしれない。


「みんな楽にしてくれ。それと、クロさんの話に合わせてもし《拓かずの森》の情報を知っている者がいれば何でもいい、教えてくれ! ——ではまずクロさんから」


 俺に一言で多少の硬さがとれたのを確認し、ついでに少しでも多くの情報を得られるよう言葉を添えてから、クロさんを促す。


「はい。——まずあの森はこの国ができる前から存在し、森族と名乗る魔族たちが支配する場所です」

「魔族が名乗る? 森族?」


 魔族ってただひたすらに人間を襲ってくる存在じゃなかったか?

 少なくとも俺が倒してきた奴らに、そんな『文化』みたいなもの持った魔族は存在しなかった。

 

 それに森族ってたしか……。


「あの森にはドワーフやホブゴブリンを始めとする知能の高い魔族が多く生息しています。しかし、自らを森族と名乗る彼らは他の魔族と違い、無暗に人間を襲ったりせず森の中のみで生きています。

 なぜ彼らがエルフの別称である『森族』を名乗るかは分かりません」


 なるほど、他の魔物とは確かに性質が違うようだ。


 相槌を打つ俺を見て、クロさんはそのまま話を続ける。


「一番の疑問である食物すら育ちにくいこの土地であれほどの森が育った理由ですが、それは恐らくあの土地には《精霊の加護》が宿っているからです」

「《加護》って、『神』や『精霊』と呼ばれる力持った第三者が先天的または後天的に与えるっていう?」


「そうです。太古より数多の精霊の好む場所には豊かな実りが宿ると聞きます。

 あの森の周囲にだけ大量の精霊たちが漂っているのが見えましたから——」

「え? クロさんは精霊が見えるの?」


 俺は思わず聞いてしまった。


 俺もそうだが、普通の人間に精霊を目視することはできない。


 前国王のように特殊な力を持った『眼』を持つ者や、もしくは以前俺の側にいたような——、


「——ッ! ……いえ以前そのように聞いたことがありまして」


 カチャリと兜を鳴らし、動揺したような気配がしたが、それも一瞬、すぐに落ち着いた口調で訂正するクロさん。


——この反応。そして顔を隠す兜。


 さすがに兜の下について触れたことはないが、ひょっとすると——。


 その兜の下が非常に気になるものの、もし『そう』だとすれば、この場で追及するのは危険なので、俺は話題を逸らすことにする。


「そっか、早とちりしてごめん。——でも、他国はともかく、歴代の国王たちはその森を奪おうとしなかったの?」


 周囲の兵もそれ以上追及する者はおらず、話題が逸れたことで少しだけクロさんは安堵したような気がした。


「当然、過去の王たちが見逃すはずもありません。魔族といえど、あの森に棲む者たちはそこまで戦闘力が高いわけではありませんから——ある一体を除いて。

 その魔族こそが《拓かずの森》の所以である《森の王》ケリュネアの存在です」


「《森の王》ケリュネア……。どんなヤツなの?」


 俺はオウム返しでその名を口にし、なぜか少し自分が高揚するのを感じながらクロさんに問う。


「私が先王様に聞いたのは、人語を解し、とてつもなく疾く、そして強い『巨大な女鹿』とだけ。

 先王様は歴王の過去三度にわたる《森の王》の討伐失敗から、無駄な犠牲を避け、森へ出征することはなかったので、私も確たることは分かりません。——以上が私の持つ《拓かずの森》の情報です」


 結構有益な情報が集まったな。


 《精霊の加護》を受けるとされる豊かな森、とりわけ強い《森の王》率いる森族と名乗る魔族たち、か。


 それに《森の王》は人語を解す、と言った。


 これは大きい。


 ひょっとすると話し合いの余地もあるかもしれないということだ。

 

 ——まあ、それはだが。


「ありがとうクロさん。今の情報はかなり役に立つよ。——他に《拓かずの森》の情報を持つ者はいないか? さっきも言ったけど、噂でもなんでも構わない」


 礼を述べた俺に無言で浅く腰を折るクロさんを横目に、言いながら周りの兵士たちを見回す。すると、一人の青年兵が俺を窺うように挙手する。


「——ありがとう。頼む」


 それにこくりと頷きながら短く告げ、俺は青年兵に先を促す。

 

 俺に礼を告げられたのが意外だったのか、彼は少しだけ動揺して一歩前へ、


「は、はっ! 噂の域を出ないのですが——」


 ◆ ◆ ◆


「……」


 俺は青年兵の情報を聞いてからすぐに王城の資料室へ行き、この国の過去の記録を漁っていた。


 陽はすっかり落ちてしまい、すでに時刻は深夜。

 部屋には紙をめくる音だけが一定の間隔で流れる。

 

 探しているのは、とある『伝説』に関するもの。

 

 うず高く積まれた資料の山。丸一日かけ、得られた情報はわずかだ。

 

 それも確証を得られるものではなかった。


「これからの行動を考えると、もう少し確実な情報が欲しかったんだが……」


 これ以上時間をかけても仕方がない。


 それはあくまで手段であって、目的ではない。それを履き違えてはならない。

 

 今は選択肢が増えたことを喜ぼう。

 ただでさえこちらの手札は少ないのだから。


 明日の朝は早くなる。そろそろ寝よう。


 俺は資料を片付け部屋を出ると、厨房に寄ってから自室へ戻った。

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