第2話『王位継承』

 陽が昇り始めたばかりの薄暗い早朝。


 外は曇っており、王城の中はランプがなければ足元もおぼつかない。


 そんな時刻のとある一室に複数のランプの光が集っていた。

 すでに許容量を超えている一室の最前列。そこで俺は呆然と言葉を漏らした。


「冗談だろ……?」


 その理由は目の前の光景にあった。


 ここは国王の寝室。


 国王専属の殿医が、ベッド上に仰向けで横たわる国王の首筋に手を当て、何かを確認している。


 ややあって、殿医は静かに首を振った。

 その所作は国王が二度と目を覚まさないことを示していた。


「ああ、国王様……っ」


 後ろの側近の誰かが嗚咽を上げる。


 俺は国王に近づき、その死相を見ると同時に疑問が浮かんだ。


 幸か不幸か、国王は俺に国を任せると告げた次の日に亡くなった。


 《鑑定眼》には自らの死期を見る。そんな力すらもあるのか。


 なぜ、そんなに安心しきった顔で死んでいるのか。


 その答えが分かる機会は、もうこない。


 ◆ ◆ ◆


 数日後、国王の葬儀と俺の戴冠式を同日に行うことになった。


 葬儀の日、俺は驚いた。


 このエンドゥスという国は、 鉱山からとれるさまざまな鉱石によって栄えてきた。

 近年その資源も採り尽くしてしまい、衰退の一途をたどっていた。


 国のほとんどが荒れ地であり、硬く栄養のない土壌で食物は育たず、製鉄や鍛冶一辺倒だった民に畜産の術も持っていない。


 そもそも飼料となるものが少なすぎるため仮に技能があったとしても難しいだろう。


 国から去る者、職もなく税金も納めることができない民、それでも国王は諦めずに打開の術を模索したが、ついにそれは叶うことはなかった。


 もはや、なにをせずとも滅びる運命——ゆえに《終わりの国》とこの国は揶揄されている。


 俺もその話は以前から聞いていた。


 この国へ来て、悪意がないとはいえそんな国勢の国の王を民はさぞ恨んでいるのだろうと勝手に思っていた。だが——、


 王城の前に広がるのは国民すべてが集まったかのような人の波。


「国王様ぁ!」「どうか安らかに……」「あなた様のおかげで今まで——」


 溢れるのは国王を偲ぶ声と嗚咽、そして涙。


「父上はすごく慕われていたんだな」


「国王様は国民のために全力を尽くしておられましたから」


 独り言のつもりで呟いた言葉へ背後から落ち着いた雰囲気の声が返ってきた。

 俺は後ろに控える存在の方へ顔を向ける。


 その人は一言でいえば、奇妙な恰好をしていた。


 俺よりも顔一つ分高い長身に、動きやすさを重視したような布が少なく肌の露出した服。

 そこからのぞく褐色の肌からは鍛え抜かれた肉体がうかがえ、戦士然としたその出で立ちに違わず、腰には一振りの長剣が携えられていた。


 ここまでは普通だ。


 だが、彼女は頭にだけ顔全体を覆う黒い鉄製の兜を装着していた。

 兜の後ろからは一房に結われた銀髪が垂れ、尾のように揺れている。


 顔が見えないのに何で女性ってわかるのか、そんなの決まってる。


「クロさんはどうなんだ?」


「私は国王様に拾っていただいた身です。仮に命を奪われようとも、恨むことはありません」

「そうか」


「……セブン様」

「どうしたの?」

「いい加減、私の胸を凝視するのはやめてもらえませんか」


「誤解だきっと胸が原因で全身に鎧を身に付けてないんだろうななんて思ってない」

「なにも間違ってないじゃないですか。……いえ、鎧を身に着けていないのはそんな理由ではありません。決して」


 呆れたような口調で、溜め息まじりに話す彼女のその表情は窺い知れない。


 実は照れていたりするのだろうか? ……ないな。


 彼女の名はクロ。

 一応、俺の護衛ということらしい。


 実は国王の死を俺に伝えたのは彼女だ。


 自室としてあてがわれた部屋で、今後のことについて思考を巡らせていた俺は、気がつけば朝を迎えていた。


 水を飲もうかと思ったとき、部屋の扉が軽く二度叩かれた。

 入室の許可を出しても、扉の前の気配はいっこうに動かない。


 仕方なく俺は椅子から立ち上がり、自分で扉を開けた。


 扉の前に跪くおかしな恰好の女性の姿に俺はつかのま自分の目を疑った。


 戸惑う俺の心境を知ってか知らずか、彼女は自分の名を告げ、国王の死と、この瞬間から俺に仕えるということを一方的に告げてきたのだ。


 聞くところによると、生前の国王に自分の死後は俺に仕えるように命令されたらしい。

 以降、常に俺のそばに侍っている。


「そろそろ行くか」


 葬儀も終わり、今から俺の戴冠式が行われる。


 そのあと、集まった民の前で一言話さなければならない。

 どんな反応が返ってくるかは予想がつくため、正直気が重い。


 俺が歩き出すのに合わせて無言で後を付いてくるクロさんを連れ、俺は玉座の間へ向かった。


 ◆ ◆ ◆


 深夜。はれてこの国の王になってしまった俺は、自室の机で頭を悩ませていた。


 断じて案の定だった俺の演説への国民の反応についてではない。


 やはりというべきか、俺がここに来る前の話は国民も知っているようで、国民はみな不安げな表情を浮かべていた。


 まあ、悪評付きまとう俺が突然に湧いて、国王になったのだ。

 暴動が起きなかっただけ、ましだとさえ思う。


 それは俺を選んだ先王の人徳か、あるいは国民のこの国への諦観ゆえか。


 ひとまず、国民の俺への支持はおいておく。

 先王の言う通り、俺が信用されるには実績を残すしかないからだ。


 俺が悩んでいるのはその方法。

 国の窮状を回復するための術。


 ランプで照らされた机上には、かき集めてもらったこの国の様々な情報が記された書類の山。


 いかに自分が政治に疎いとはいえ、自国の現状ぐらい知っておく必要がある。

 そう思いこの数日で俺は調査を行ったのだが……。


「どうするんだこれ」


 思わず呻くような声が漏れる。

 俺は今まで国政を担ってきた経験がないため、紙に書かれていることすべてを理解できるわけではない。


 が、分かる部分だけを見ても間違いなく最悪な状況なことだけは理解できた。


「国庫内に金は殆どなし。上がってくる税金は見込めない。他国からは見放されて国交はなく、支援も期待できない」


 色々な問題はあるけど、最優先的で解決したいのは三つ。

 財政難、国民の仕事、そして食料。


「今手元にあるのは無駄に余った他国も狙わない貧相な土地、採掘され尽くした鉱山にそこから出た加工不能な大量の屑石に……ん?」


 書類と共に広げた国土の地図を見ながら、俺は王城のある街。その西方のある場所に目を止める。


 地図には《拓かずの森》と表記されていた。


 なんでここにだけ森が?

 結構な広さがあるし、もしここで食物の栽培ができるなら食料の問題を解決できるんじゃ——、


 かくん。


 一瞬だけ意識が途切れ、首が振れた。


 うーん、そろそろ限界か。


 この森のことは明日クロさんにでも聞いてみよう。


「やれやれ、本当なら今ごろ——、いや、よそう。俺はこの国を自分のために利用するって決めたんだ」


 そのためにも、必ず国を救わなければ。


 国王となって初めての夜。

 俺は改めて決意しながらランプの火を消し、ベッドに潜った。

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