第七王子が本気を出したら終わりです~王子なのに必要ないと《終わりの国》に養子に出された俺は、そこで国王となって国を救い世界を革命する~

凪明日麿

第1話『厄介払いで出された国へ』

 がばっ。

 

 それは張り詰めた空気の中で、まるであくびをするかのような仕草で巨大な顎を開き、

 

 ——が目の前に現れた。


 迫るそれがヤツの放った火炎球だと気づくまでの一瞬に、軌道の下にある金塊が、熱でどろりと溶解していく。


 谷底が文字通り、炎と黄金の海に沈もうとするその刹那、俺は迫る小さな太陽を二つに両断した。


 俺を避けるように通り過ぎた半円の灼熱は、消えることなく背後の壁にぶつかり、岩壁がじゅうじゅうと音を立てる。


 遅れて、焦熱の波濤はとうを間近で浴びた皮膚と、衣服の焼ける臭いが鼻を突いた。


「《大地凍えよ》!」


 俺は足元に向けて氷結魔法を放つ。

  ほとばしる冷気が地を走り、溶けて波打つ黄金の澱みと、壁を焦がす割れた熱塊を瞬く間に凍土で包む。


 熱に代わり谷底を席巻する冷気に、俺は灼けた肌をさらした。


 そのわずかな間に火傷は癒えきる。


 俺は右手に握る剣をその辺に放った。


 壮絶な熱塊を切り分けた刀身は、その途中から溶け落ち、消えてしまっていたから。


 だが幸いなことにここは《宝餌の蔵ほうえのくら》。

 かつての主を失った得物や、華美な装飾の施された剣がそこらじゅうに転がっている。


 俺は凍りついた黄金の大地に右手を突き込む。

 そこから適当な剣を取り出し、目の前の伝説の怪物と対峙しながら、俺は思う。


 ——どうしてこんなことになってしまったのか、と。


 ◆ ◆ ◆ 


「お初にお目にかかります。セブン=クリアフォードです」


 人払いされた玉座の間に俺の声が響く。

 俺はいましがた来たばかりのエンドゥスという国の国王へ挨拶に訪れていた。


 ——ああ、最悪な気分だ。


 俺は玉座に腰かける国王を、顔を伏せたまま心中で睨む。


「よく来たな、セブン。顔を上げておくれ」


 しわがれた声で、国王は俺に面を上げるように促す。


「はっ」


 短く声を発し、俺は顔上げて国王の方を見上げる。

 そこには深い皴が刻まれた、温厚そうな老人の顔があった。


「そう畏まるな。


 ——俺はもともと他国の第七王子だった。

 しかし、王子だというのに「お前は必要ない」と言われ、国王、兄弟、民すらからも要らない存在だと見捨てられ、この国に養子へ出されたのだ。


 厄介払いができると喜んで差し出された俺は、この国へやってきたというわけだ。

 不可解なのは、そもそもそんな俺を世継ぎがいないとはいえ、この国の国王が養子として欲したことだった。


『政略結婚にも使えない俺を息子にする理由がどこにあるのか』


 兄上たちが腹を抱えて嗤いながら言っていたが、俺自身もそう思う。


 ——いや、そんなことはどうでもいい。


 問題なのは、あと数日で『計画』の重要事項である『死んで自由になる』を達成できるはずだった。


 そのために何年も何年も積み重ねてきたことが無駄になってしまったのだ。

 これを最悪と言わずして、なんだというのか。


「ありがとうございます、ちちうひぇ。……父上」


 咳払いをしてから言いなおす。

 どもってしまった。

 慣れない言葉を使おうしたからか?


 たしかに「父」とあの人を呼んだことなんて、片手で足りる程度しかないからな……。


 でも、だからこそ、だろうか。

 この人を父と呼ぶことにあまりためらいを感じなかったのは。


 俺に父と呼ばれ、国王は嬉しそうに口元を緩めた。


「嬉しいものだな、言葉だけでも息子に父と呼んでもらえるのは」


 素直に喜びを口にし、俺に笑顔を向ける国王。


 ……俺の本当の父親とは大違いだな。


 いや、そうじゃない。

 あの人も、嬉しそうに笑っていたことはある。


 ただそれが、俺に向けられることがなかっただけだ。

 まあ、家族はおろか家臣や国民にも、だけどな。


「セブンよ、来て早々に申し訳ないが——」


 ——笑顔から一転、国王の雰囲気が変わった。


 なんだ? 嫌な予感がする。

 俺は思わず顔をしかめそうになるのを、ぐっと堪えた。


 そして国王は、俺に真剣な表情で、俺にとんでもないことを言い放つ。


「近々、王位継承を行う。——お前に、この国を任せる」


 ……なんだって?


 あまりに唐突な話に、俺は言葉を失う。


 年老いた国王の養子として来た以上、王位を継承するのは時間の問題。

 だから俺はこの国に被害が出ないよう、彼が生きている間に『消息不明』にでもなろうと考えていたのに。


 それが、国に来てすぐなるなんて予想もしていなかった。

 しかも他の国ならともかく、この国は——。


 俺は我に返り、慌てて国王に言い募ろうと口を開いた。

 無理やりに笑顔を作って、


「父上、ご冗談を——」


「冗談ではない」


 国王が俺の言葉を遮り、俺の表情がそのまま凍りつく。


「私はもう長くない。託せるのはお前しかいないのだ。

 どうかこの国を——助けておくれ」

 

 一国の王が、その頭を下げ、俺に請うようにしてその言葉を放つ。


『助けて』


 その言葉で、ある光景と何よりも大切だった人の最後の願いが脳裏によみがえる。

 とっさに「はい」と返事をしそうになるのを唇を噛み締めぐっと堪える。

 

 しかし、こちらにもこの状況を打開する切り札があった。


 『計画』中で培ってきた俺の名声。

 国を越えて響き渡っているほどの俺の悪名。

 

「いいえ父上。国の実権を握るなど、今の私にはあまりに荷が勝ちすぎています。父上もご存知でしょう。私は故郷、ガイランドで《無能の第七皇子》と言われてきました。

 だから王族である私を、養子を欲したあなたに喜んで差し出したのです。

 そんな人間に、まして民や臣下の信無きものに国を預けるなど! 本当に父上が国を、民を思うならばもう一度お考え直しを!」


 俺は事実と、さも当然の言わんばかりの客観的な言葉を織り交ぜ、矢継ぎ早にまくしたてた。

 

 だが俺はここで、自分の思考と言葉に違和感を覚えた。

 先ほども思ったはずだ。


 他国の王も知るはずの俺のこと無能の王子を知っていてなお、俺を養子に選んだのは何故だ?


 俺のしか知らないはずの国王が俺を選んだ『理由』とはいったいなんだ?


「……なぜそのような『嘘』を吐くセブン?」

「ッ!!」


 国王のその一言で、俺は言葉を失い、目を剥いた。


 なぜこの状況で『嘘』などという言葉が国王から出てくる。

 俺が『嘘』を吐いていると知っているのは、死んだアイツだけのはず。


 俺は白を切るという冷静さすら欠いて、思わず国王の顔を凝視する。

 その行為は国王の言葉を裏付けてしまったのと同義だ。


「——!?」


 しかし、俺がどんなに動揺を押し込めても、巧みな言葉を紡げても、魔力を上手に隠しても、どんなに手を抜いても、『嘘』を告げても——、無駄だっただろう。

 それがすぐに分かった。


 ……そういうことか。

 

 国王の顔を——正確にはその両眼を見て、悟る。

 視線の先。

 そこには怪しく光る二つの眼があった。


「ふふ、私はだけは確かでな」


 俺の反応を見て楽しげに笑う国王。

 あえて『それ』を見せたのだろう。瞳から放たれていた光は徐々に消えていった。


「……」


 これはさすがに予想外過ぎた。

 

 まさか国王が稀有な、対象者・物の情報を視認できるという《鑑定眼》の持ち主だったとは。

 玉座の間の人払いをしていたのは、それを俺に見せるためだろうか。


 ——実は国王と会うのはこれが初めてではない。


 俺たちと国王は元を辿れば血縁関係にあたり、交流があった。

 もっとも俺が覚えているのは、援助を求めるこの国の王を、実の父が追い返す姿。


 当時、彼は一人でいる俺に話しかけてきたのだ。

 故郷で俺に話かける人間は稀だったので、そのときのことはよく覚えている。


 なるほど最初から、国王には俺の『嘘』などお見通しだったというわけだ。


「わかってもらえたかな。お前にしか頼めないという意味が」

「……しかし、私の『嘘』はともかく、国政の才などは本当に……」


 俺はなおも言い縋ってみる。が、


「なに、お前はお前なりのやり方で国を導けば良い。

 民や家臣たちの信も、結果を示し勝ち取るほかないのだから。……国をこんな姿にしてしまった不甲斐ない王が言えることではないがね」


 それも、あっさりと躱されてしまった。

 苦笑する国王。その言葉とは裏腹に、その目が悔恨の気配を放つのが伝わってきた。

 

 もう、諦めるしかない、か。

 ——これ以上逃げては、『約束』を違えることになるから。


「承りました、父上。微力を尽くします」


 俺は打って変わって、真剣な表情を浮かべて国王に告げる。

 この国を救う、と。


「ありがとう、セブン」

 

 それを見た国王は、顔中に安堵を浮かべ、もはや全ての肩の荷が降りたかのように、深い息を吐いた。

 立ち上がり、俺は国王に一礼すると踵を返す。

 

 ——『誰も恨まないで。何者も殺さないで。そして、あなたに助けを望むすべての人救ってあげて下さい。その力があなたにはあるのですから。約束ですよ?』


 足を動かしながら、脳裏に浮かぶのは遠い過去。彼女の言葉。

 たった一人の守りたい存在すら守れなかった俺には、あまりに皮肉過ぎる約束。


 面倒な約束をしてしまったものだ、と小さく息を吐き出しながら、俺は玉座の間の扉を開いた。


 ——この瞬間、俺はこの国を利用して『計画』を果たすと決意した。

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