兄の腕

史朗十肋 平八

兄の腕


ぎゅ、と握った手が力強い事は昔から知っている。


硬いコンクリートの中、一人だと気が狂う可能性があると聞いていた。

同時に時間の感覚がなくなるのだと。

私はその握る手に安心感を覚えて、「寝るか」と言った。


力強い私よりとても太い腕の兄は、手を優しく揉んで答えた。


元々家がとても古かった。

建築法はあったのか?と思う程にトタンの壁に薄い壁一枚。

階段の隙間から外が見えていて、少し道から空中へせり出す形の家を支える鉄骨も心許ない。

『地震が来たら避難所に自宅で一番乗り』等と笑う程に余り丈夫ではなかった。


そして、文字通り何時かはと言われていた地震で、我が家は丸ごと落っこちた。

幸い大した高低差はなかったが為に、私は硬いコンクリートに埋まるだけだったが、埋まったのは私だけか?と思いながら不用意に動かないように、触れている部分で状況を確認する。

幸いにも私は小さな傷だけ、恐らくは隙間に入り込んだのだろう。


何という幸運だろう。

さて、意外と広く動かせる手で探索を続ける。


視界は完全に真っ暗で正直上下も迷ったが、唾液で確認という話は有名だ。

直ぐに仰向けになっている事は気付いた。


同時に、右手に触れる温かい感触にも――、


軽く、手を引いてから再度確認する。

その温もり、形状、そして身に着けている物からして私の兄だ。

「…あんたも埋まったのか?」


返事はなかった。

それでも手のひらの上に軽く乗せた手を握ったことから、生きているのは知れた。

「言葉は?」

手を軽く叩かれる。

「ダメか。運が悪いなぁ」

のの字を書く動きに相変わらず運が悪い兄に笑えてくる。


特にすることもなし、最悪酸素も心配なので傷の有無の確認等の後、寝るのが得意な兄だから、と寝ることを提案した。


私より高い体温の腕は良い湯たんぽだった。


とくん、とくん、

耳に聞こえる脈に確かに生きていると、安心する。


私のいる空間の方が広い事実に少し、不満そうに腕を動かした兄だったが、心配はされているのか顔を探り当ててこうやって耳に手を当ててくる。


互いの体温と脈動が安心を生んでいるのだ。


一つだけ気になっていたので聞いたのは、「何故道着を着ているんだ」という事だった。


何やら熱中する私にそっと、気付かれぬうちに帰って稽古をしていたそうだ。

この刀馬鹿め、と笑うとアイアンクローを食らった。

痛いというと、軽く頭を撫でて来て、また慰める様に頬に手を添えた。



救助は、意外と早く来たようだった。

特に排泄感も空腹もなく、兄の方とは反対から瓦礫がゆっくりと避けられた。


「発見!!生存者一名!!」


その言葉に慌てて、握ったままだった手を強く掴み。

「いや!兄が私の直ぐ右側にいるんです!!」

そう言って、縦にも広くなった空間で兄の腕を抱きかかえた。


意外と大きな瓦礫が取り除かれ、素早く毛布や水等様々なものを渡された。

それでも右腕が兄を掴んでいる所為で抱えきれない。


私は振り返った。


そこに、誰かが埋まるような瓦礫はそもそもなかった。


人が真っ平になっている訳でもない。

本当に、瓦礫は私が埋まっていたそれだけで、私の右腕は確かに腕を掴んでいるのに誰もいないのだ。


そこに在るのは兄の道着一つ。


周囲を見回せども、私が右手で握る手を誰も気にしていない。

遠くから、元気そうな兄が走ってくる。

傷一つなく、そういえばあいつは悪運は強かったと思い出した。


「お前、三日間も良く無事だったな」

―――流石家一番の幸運体質、



暗闇と睡眠が時間間隔を狂わせるのは間違いないようだった。


それでも、今尚――

私が掴んでいる「兄の腕」は一体何なのだろう?


少し不安になって、強く握れば兄の腕は同じようにそれでも優しく握り返してきた。




そうして、目が覚めて兄の腕をいじり倒したことがある。

とある日の夢、


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兄の腕 史朗十肋 平八 @heihati46106

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