第56話
流れで兄妹三人で集まったが、当然ながら三人だけで固まっているわけにもいかない。
アインスもツヴァイも多方面から声をかけられていて、それに対応するのに忙しそうで私に構っていられないのだが、私の方は完全に暇を持て余していた。
何せ、周りにアインスとツヴァイに話しかけたい人が集まっていても、私と話そうという人は一人もいないようなのだ。
事実が切ない。
流石にいつまでもツヴァイと手を繋いでいるわけにもいかなかったのでフリーなおててを無駄ににぎにぎしてから、出来上がっている人垣を眺める。
殆どが年頃の女の子と、一部が男の子。後は、親か祖父母くらいに年が離れた、どこか兄達に似ているような人達。
ツヴァイとアインスとしては同世代の男の子と友達になりたいのだろうが、男の子達の倍以上の女の子に囲まれているので難しいかもしれない。
「アインス様はシュテルンからいらしたのですよね? 向こうでの暮らしはどのようなものでしたの?」
「ツヴァイ様、ツヴァイ様はもう魔法が使えるのでしょう? よろしければ、一度見せていただけないかしら」
そのように話し掛けられて、二人は先程のロシュへの言葉に比べるとかなり丁寧に返答するので、おやまあ。
あまり人によって対応を変えすぎるのも良くないですよ、と思いつつ、人垣の外へ向かう。
このままここに居ても特に役に立つでもないし、仲良く出来そうな子も見つからない。
せっかくの機会なので、少しはアクティブに動かないと国王様の気遣いを無駄にしてしまう。
ふん、と気合いを入れて人垣の間を抜けると、外側にもそわそわしている人がちらほら。
恐らく、大人しいタイプの子達なんだろう。人垣に飛び込めはしないが、かと言って離れることも出来ないといったところか。
前世ではどちらかと言えば、あまり目立つタイプでも積極的な方でもなかったーーし、今も多分そうだろうーー私的にはよく分かる。
ぐいぐいいけないけど、それでも気になるものは気になるのだ。
とはいえ、向かっていかないことには輪の中心である兄達とは目線すら合わないので、出来るなら勇気を振り絞って向かわなくては。
それがまたハードルが高いことも知っているので、無理にとは言わないけれども。
いそいそと人垣から離れると、おろおろからにこにこに戻ったメイドさんが後ろをついて来てくれたので、心置きなく仲良くなれそうな子を探せそうだ。
メイドさんがにこにこなら丁度良いくらいで、おろおろだったら位が高すぎると思って行動しよう。
よし、行くぞ!
と気合いを入れたところで、視界に赤が入ってきた。
「少しよろしくて?」
ロシュである。
ついさっき別れたばかりなのに、何故に?
ぼんやりとしていたら、目の前に皿が突き付けられる。
その上にはこじんまりとしたスイーツがびっしり載せられていて、なんだなんだと皿とロシュを交互に見れば
「先程はゆっくりとお話出来なかったでしょう? 殆ど、あなたは話もしなかったし……こちらを頂きながら、お話を聞かせてくださらない?」
「なんのはなし?」
「何のって……それはまあ、あれですわ。あなたのこととか、あなたのお兄様のこととか」
この場合のお兄様はツヴァイを含まない、アインスオンリーの話だろう。
察しがついて、あぁーなるほどね、と頷いて、突き付けられていたスイーツどっさりの皿を受けとると、おろおろしたメイドさんがフォークを渡してくれた。
ロシュの方は、私の皿と同じだけスイーツを載せた皿を持って、いわゆる立食スタイルで頂き始めたので、真似をして食べる。
素材の味が良いのと、作り手の腕も良いのだろう。何を食べても美味しく、特にクリームが甘すぎず、重すぎずでいくらでも食べられそうだ。
「あなた達はシュテルンからこちらに来たのでしょう? 結界をどのように越えて来たの?」
「にいさんのまほうで、そらをとんで」
「魔法で空を!? アインス様は風魔法の使い手なの?」
「そう」
「こちらでも希少な風魔法の使い手がシュテルンに居たなんて、信じられないわ。あちらでは魔法を使わないのでしょう」
「そう」
「魔法なしで一体どうやって生活をしていたというの? 不自由していたのではなくて?」
「きかいがあるから、便利」
「きかい? きかいってなんですの?」
「でんきでうごくどうぐ」
「でんき? 一体どういった道具があるんですの?」
「せんたくをしてくれたり、そうじをしてくれたり、いろいろ」
「まあ! 洗濯や掃除を? でしたら、シュテルンではメイドはどんな仕事をしていましたの?」
「めいど、きいたことない。かせいふさんならいた」
まあ、その家政婦さんは悪い人だったわけなんですが、まあ、まあ。
「それでは、メイドの職が無くなってしまうではありませんか。職を失った者はどうしますの?」
「ほかにしごとがある」
「他の仕事って?」
「きかいをつくったり、なおしたりとか」
「それが女性が就く仕事なの?」
「だけじゃない。けど、じょせいもつける」
「あらあらまあまあ……ねえ、あなた達は兄妹三人で暮らしていたのでしょう? ということは、アインス様は既にお仕事に就いていたのかしら?」
「はたらいてた、よるおそくまで」
「まあ! あんなに若いのに、苦労をされてきたのね。お気の毒に」
まあ、苦労はしているし、気の毒なのも本当なので、頷いておく。
ここまでで、私は小さなスイーツを一つ二つ食べたが、なんと、ロシュは皿の上を綺麗に食べ尽くしていた。
驚きの早さであるが、綺麗に食べていて大変気持ちが良い。
「こちらに来てからは、どのように過ごしておいででしたの?」
「しろでべんきょう」
「あら? スクールには入らなかったんですの?」
そこは私とツヴァイはスクール以前に教育というものを殆ど受けたことがなかったし、アインスは既にスクールを卒業していたというのが大きい。
私とツヴァイをスクールに入れるにはまだ早く、アインスは学ぶべきことがほぼ無かったので。
そういうことを伝えると、ロシュはあらあらまあまあを繰り返して、ついでに会場に居たメイドさんにおかわりを取ってきてもらって、もりもりスイーツを食べ
「優秀ですのね、アインス様は」
は、というのが大きなポイントである。
ツヴァイも十分に優秀なのだが、勉学についてアインスと比べるとなると、ちょっと言うのを憚られる。
しかしまあ、これまでの会話で思ったのだが、オレオルシュテルンでの魔法使い達の暮らしのことをグランツヘクセの人達はそれほど知っていないのだろうか?
結構普通に暮らし向きについて聞いてくるくらいだから、あまり深く気にもしていないようだし。
グランツヘクセの外に興味がないのか。
はたまた、情報が規制されているのか。
どちらにしても、下手なことを言わない方が良いだろう。
仲間が不遇な扱いをされて、時には殺されることさえあるなんて、聞いて楽しい話ではない。
美味しいが、とてもではないが食べきれないスイーツ盛り合わせを消極的に攻めていると
「そういえば、このパーティーではあなた方のお友達を作るのが目的なのでしたね」
「そう、らしい」
「でしたら、私があなたのお友達になって差し上げてもよろしくてよ」
「え」
「あら? 何かご不満でも?」
胸を張り、堂々としているロシュを見ると、単純に凄いなぁと思う。
自分に自信があるって、良いことだ。
ただ、公爵家とやらがどれだけ偉いかによっては、正直お友達になるのはちょっとなぁ……というのが本音。
何せ、なんか失態した時が怖い。
なるべく、程好い身分の子とお友達になりたい。
少なくとも、おろおろメイドさんが目に見えて焦って、首をぶるぶる振っているのを見る限り、ロシュと友達になるのはあまり良い手ではないようだ。
どう言って断ればいいかな。
それを悩んでいたら、おかわり分も綺麗に平らげたロシュは
「では、今日からお友達、ですわ! あなた達はお城に住んでいるんでしたわね? でしたら、私から遊びに来て差し上げますから、楽しみにしていらして」
ぷくぷくとした手で私の手をがっしり握って、何か、OKする前に決まってしまった。
それから、私の横にはロシュがついて歩くようになり、私の周りにはロシュの取り巻きだろう年上の女の子達が集まった。
その殆どはアインスのことを聞いてきて、求められるまま私はいつも使わない声帯を酷使した。
美しい兄を持つということの大変さを思い知り、おろおろメイドさんをおろつかせたままパーティーは終わり。
私は結局同じ年頃で程好いお友達は作れず、ロシュという色んな意味でビッグなお友達が出来た。
パーティーの後、単独行動をしていた私を心配した兄達に話を聞かれ、素直にロシュと友達になったことを話すと、ツヴァイは顔をきゅっと顰め、アインスは若干困ったような顔をしたので、まずったかもしれない。
しょぼ、と項垂れたら、ツヴァイは「ミルは悪くないよ」と「は」を強調して、アインスは「付き合い方には十分気を付けるように」と頭を撫でてくれた。
最高の結末へ やまたけのもっさん @yamataken0m0ssan
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