第55話
見るからにゴージャスな見た目の少女は、年の頃はアインスに近いだろうか。
つまりは中学生か、もしくは高校生というくらい。
身長はそう高いわけではなかろうが、私にとっては少々見上げる必要があるその子は
「色は黒でもぱっとしませんわねぇ。あなた、本当に王家の血を引いていますの?」
それはどこから聞いた話なんですか。
こちら王家どころか、どこの家の者なのかも微妙なんですが。
「随分小さくていらっしゃるのね。おいくつ?」
年の方もはっきりしていないんだが、もうすぐ4才か5才くらいで。どっちでいった方がいいんだろうか。
「ねえ、あなた。もしかして、言葉が不自由でいらっしゃるの? わたくしの言っていることが理解できていらっしゃらないのかしら?」
言葉は話せるし理解はしているのだが、何をどう話したものかに悩んでいるだけなんですが。
ぼんやりとしていたら、真っ赤な少女は表情を哀れむものに変えた。
「あらあらまあまあ。噂はあくまでも噂ということですのね。王家の血を引く優秀な子供と聞いておりましたけれど、どうやら間違いだったようですわ」
一体どんな噂を聞いたのかは知らないが、ご期待に沿えずに申し訳ない。
ぺこりと頭を下げたら、子供らしい若干高い声で
「あなたにパーティーは早すぎたのね。もうお部屋に帰ってお休みになった方がよろしいのではなくて?」
そのように言われましても、せっかく開いてもらったパーティーを中座するわけにもいかない。
黙って真っ赤な少女の真っ赤な髪を見ていたら、懐かしいさくらんぼ色を思い出す。
クルクは元気にしているだろうか。
ゲームシナリオの通りなら無事に過ごしているはずだが、別れてから数ヵ月。あれから、彼がどうしているのかは知る手段がない。
向こうも私達がどうしているかを知らないわけだが、少しくらいは心配してくれているのだろうか。
にこにこメイドさんがおろおろしているのを視界の端に捉えながら、改めて真っ赤な少女を見る。
ゴージャス、その一言に尽きる見た目。
メイドさんがおろついていることから、結構良いところのお嬢さんには違いないのだが、どうしたものだろうか。
出自不明の子ちびである私の扱いは今をもってしても曖昧なので、メイドさんも庇うに庇えないのかもしれない。
そして、そんな立場なのだから私は言い返さない方が良いだろうし、言い返す気もないので、ただ突っ立っていた。
それから流れた沈黙は短く、辺りがざわめいてきたと思ったら
「ミル!!!」
後ろに色んな人をぞろぞろ連れたツヴァイが突っ込んできたので、あらら。
何だか面倒なことになりそうだぞ、という私の予想通りに真っ赤な少女と私の間にツヴァイが割って入る。
「僕の妹に何のご用ですか」
とげしかない声音に、こらこらこら。
初対面の女の子にそんな声のかけ方しちゃいけませんよ、と服の裾を引く。
そうすると、顔を此方に向けないまま
「大丈夫だからね。ミルは僕の後ろに隠れていて」
完全に少女と敵対するようなので、おやおやおや。
まだ話しかけられただけなんですよ、と服の裾をもう一度引っ張ったのだが
「まずは名乗ってはいかが?」
それは貴女にも言えることなんだよな、一体誰なんだい君は。
「僕はツヴァイ。妹の名前はミル。それで、あなたは誰?」
「あらあらまあまあ!! なんて不躾なんでしょう! その色、モーヴの家の子でしょう? 色も何も似ていないのに、妹ですって? よくもまあ、分かりやすい嘘をつくものね」
「答えになってないし、ミルは僕の妹だ!」
「まあ、怖い。声を荒げないでいただける? それはそうと、わたくしの名前が知りたいのね……でしたら、教えて差し上げるわ。わたくしはロシュ・エリュトロン。赤の公爵と言えばお分かりになるかしら?」
さっぱり分からん。
公爵ってことは偉いんだなということしか分からんです、はい。
だがまあ、周りは分かっているようで特にツヴァイについてきた親類らしき人々は顔を青くしているから、結構まずいかもしれない。
一旦クールダウンしよう、と提案する為にくいくい服の裾を引っ張るが、ツヴァイはそれどころではないようで
「そんなの知らない! ミルをいじめるなら誰であっても許さないから!!」
私の為に怒ってくれているのは嬉しいのだけれど、今回はまずい。
ここまででまずいこと(例:城の破壊、不法侵入)はそれなりにやっているが、これもまた普通にまずい。
オレオルシュテルンでは身分差などは無かったが、グランツヘクセではそれがあるのだとはゲーム知識で知ってはいるけれども、爵位など馴染みが無さすぎて分からない。
分からないなりにも「公爵家の子供」と対立するのは良くないのは、何となくだが分かる。
「いじめるだなんて、人聞きが悪い! 一人ぼっちでいらっしゃるから、話しかけて差し上げただけですわ」
そうでしょう? と言われたので、うん。
メイドさんが居たので本当はぼっちではなかったけど、うん。
そうだね、という気持ちを込めて
「うん」
こっくり頷いたら、そーれ見たことかとばかりに少女・ロシュは高笑いし、ツヴァイは驚いた顔で此方を見た。
「ミル!?」
「はなしかけられただけ、だいじょうぶ」
「でも……酷いことを言われたんじゃないの?」
「へいき」
そういうかんじのはクルクで慣らされた感があるから、特に何とも思わない。
ツヴァイとアインスとは血こそ繋がっていないが、間違いなく兄妹であるのは確かなのだし。
分かっているよ、とツヴァイに言おうとして
「あら! あなた、お話が出来るの? でしたら、何故、先程から黙っていらしたの?」
ロシュの問いかけに一旦ストップ。
何故って、それはあなたが答えにくいことばかり言うからであって、決して無視したとかではないのだ。
ということを簡潔に伝える術を探して視線をうろつかせていると、違う方面からざわめきが聞こえてきて、これはもしや、と顔をそちらに向けたらアインスが歩いてきていた。
「ツヴァイ、ミル。どうした」
こちらもぞろぞろと人を引き連れてきたアインスに尋ねられて、ツヴァイがすぐに自分目線で。
つまりは私がロシュにいじめられていたのだと伝えたので、今度はアインスがロシュと対面したのだが。
途端に、ロシュは顔を赤く染めた。
うちの兄の顔が良すぎるせいである。
ツヴァイも天使かな? と思えるくらいの美少年ではあるが、ロシュにとっては幼すぎたのだろう。
対して、同じ年頃のアインスは不意に見るとどっきりするほどの魅力的な少年なので、初対面でそうなってしまっても私としてはおかしいとは感じない。
あくまでも私は、というのが重要なところで。
急に黙ってしまったロシュに視線を定めたアインスは無表情で
「私はアインス。こちらのツヴァイとミルの兄です。この二人に何か用件があるのですか?」
「あ、あの……わたくし……」
「用件が無いのであれば、弟と妹を連れて行っても良いでしょうか? 同じ年頃の友人を作る良い機会ですので」
感情のこもらない声で淡々と喋っているが、もしかして不機嫌?
あの、別に私はいじめられたりしていませんよ?
大丈夫という意思を伝えるべくツヴァイの背中からアインスの隣に移動。
くいくいと服の裾を引っ張ると、アインスはゆっくり私の方を見てから頷いた。
「それでは、失礼します」
素っ気なくそれだけ言ってその場を去ろうとするアインスにツヴァイは追従したし、その際は私の隣に来て、しっかり手を握っていたので私もついていく流れになったが、これで良かったのか? 対応として。
社交のしゃの字も分かっていない私には判断出来ないが、おろおろメイドさんがさっきと同じ程度におろついてるので状況が悪化はしていないと信じたい。
アインスとツヴァイが動くと多くの人が一緒に動く。
それは親族だろう人達だったり、頬が少なからず赤くなった同じ年頃の異性だったり。
パーティーが始まってから、そんなに時間は経っていないのに、よくこれだけの人数を集めたものである。
兄達は人気者だ、ぼっちーーというわけでもなかったのだがーーのところをロシュに話しかけられていた自分とは格が違う。
せっかくだから、友達の一人くらいは作りたいところではあるが、どうにも私は遠巻きに見られているというか。観察されているというか。
距離を取られているので、どうにも上手くいっていなかった。
これなら、ロシュともっと話して親しくなれれば良かっただろうか?
とはいえ、身分制度もよく分かっていないのに明らかに位の高いお嬢さんを相手にするのは危ない。
兄達の助けが入らないとどうなっていたかも分からないし、結果としてはこれで良かったのだろう、か?
「よかったの?」
何をとは言わずに尋ねれば
「何が?」
すぐに応えてくれたツヴァイの手を握り返しながら、後ろを振り返る。
ロシュはまだあの場に留まっているようだった。
「あんな意地悪なやつ、気にしなくてもいいよ」
嫌そうに眉を顰めてみせるが、そこまで意地悪だったか。
よく分からずに小首を傾げて
「いじわるなの?」
「意地悪だよ。それにデブだったし」
「デッ……」
デブ。
デブと言ったのか、この子は。
どこでそんな言葉を覚えたのか。
ちゃんと意味は分かって使っているのか。
聞きたいことはたくさんあるが
「だめ」
「え、何がだめなの?」
「デブ、なんていっちゃだめ」
それは悪い言葉だ。
使ってはいけないし、使って欲しくもない。
「だけど、ああいう人のことはデ」
「いっちゃだめ」
「でも、意地悪だしデ」
「いっちゃだめ」
「~っ兄さん」
同意を求めるようにツヴァイがアインスを見たのと同じように、私も同意を求めてじっとアインスを見つめた。
これは駄目でしょう、兄さん。
他人様に、それも年頃のお嬢さんにデブなんて言うのはアウトでしょう。
確かに、ロシュはふっくらした体型をしていたけれど、子供の内は多少ぽっちゃりしているくらいが可愛いと思う。
服装も体型もゴージャスで大変良いではないか。
ちゃんとご飯を食べているんだな、と安心も出来るし。
だから
「いっちゃだめ」
重ねて言うと、アインスはゆっくり瞬きをしてから
「ツヴァイ、そういうことを言ってはいけない」
本心からかは分からないが、そのように弟を諭していた。
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