第8話 ルイと亀
すると、もう一人の男が、寄って来て話し出した。
「
浅黒い肌に、丸々とした目の青年である。
「それに、魚採りの名人じゃ。冬の厳しい寒さの中でも海に網を張り、魚に不自由したことはない。命の恩人だ。われも
青年は、子安貝のルイと呼ばれていた。ルソン周辺で子安貝を集めては、大陸沿岸の
ルイもまた、黒潮を恐れるルソンの
とりわけ金や赤に包まれて輝く子安貝は、高貴な母神の持ち物とされ、帝妃の出産の守りにも欠かせなかった。ルイは、子安貝の目利きであり、宝石のような子安貝だけを集めていた。
黒潮は、ルソンの沖を堂々と流れる
ルイは、まさか、自分がその掟破りになるとは思いもよらなかった。命拾いをしたものの、もはや故郷に戻ることはないと諦めていただけに、改めて南の島々のことを思い浮かべると懐かしく嬉しかった。
次に立ち上がって、深々と首を垂れたのも、年恰好はルイと同じくらいの若者であった。
「われは、黒潮を
「おお、そちは、
「
「われらノロの一族は古くより、黒潮が入り日の太陽の使いであることを信じております。
不滅の魂という言葉に
「縄族は、不滅の魂を信じているのか。」
「もちろんで御座います。あめつちが滅びることがありましょうや。太陽が失われることがありましょうや。夜空の星々が消えることがありましょうや。浮き縄は、島々は離れていますが、心は一つにてあります。それは、上がり日の太陽と入日の太陽が不滅であるように、縄族の魂もまた不滅であるからです。」
言い伝えによると、
その昔、黒潮が浮き縄の島々の間を蛇行したことがあった。黒潮は、島を沈めたり、人々を海にさらったりして、浮き縄の島々を、大いに苦しめた。
浮き縄の皆々は集まって、来る日も来る日も、上がり日、入り日に祈りを捧げた。すると、海上からユタとノロの二人の海神が現れ、皆々にいった。
「浮き縄の民よ、海に生きる民よ、黒潮と共に生きよ。黒潮を汝らの命となせ。約束が守られるならば、これより七日の後に、ノロが入り日の神となって黒潮の西を守り、ユタが上がり日の神となって東の守りをなそう。皆々の心が清らかであるならば、黒潮は再び、かつての流れを取り戻し、浮き縄の西を、静かに流れるであろう。」
海神との約束は果された。それ以来、黒潮は浮き縄の島々の西の海を北に流れ、決して浮き縄の東を流れることはなくなった。浮き縄の島々には、黒潮の恵みがもたらされ、豊かな暮らしが出来たと言う。
ノロ族は、ノロ神の子孫であり、ユタ族はユタ神の子孫だと言われている。ノロ族もユタ族も、潮の道をより分けて、島々を渡り歩くことのできる数少ない海神の使いとなった。
「われは、ノロ族の
「そのために、わしらノロ族は入り日の番人らしく黒潮の最も西端を流れる
「ならば、黒潮の東端は、ユタ族が番人であるのか。」
「仰せの通りです。この潮もまた、右回りに黒潮から離れようとして、浮き縄の島々に寄って来る。黒潮が浮き縄の島々を横切るようなことがあっては大変です。ユタ族は、上がる太陽の力を得て、黒潮が島々に近づかないように押し戻しております。」
「
「ノロ族もユタ族も危険な務めであるな。」
「その番人のわれが、不覚にも左回りの潮に流されて、入り日の海に紛れ込みました。
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