第6話 ひとつ柱の島
「あれが、ひとつ柱の島か。」
「いかにも、ひとつ柱の島でございます。」
「かしこねの流れは、穏やかで、心地が良いのう。」
「北の海とは違い、今の時期、この辺りは穏やかで凌ぎやすくなります。ところが、こう見えて、冬になると北の海にも負けぬくらいに荒れる日もごさいます。一年の内でもこのように穏やかな海は、十日となき日和りでございます。」
一行の船は、夕日の柔らかな日差しを浴びながら、湊に付けられた。島に上がった時は、すでに夕闇が迫っていたが、島の中のことは、ただ、昆のみが知るところであった。昆は港の近くの小屋で一晩を過ごすことにして、水主の一人を使いに出した。
「われらの居館は、あの丘の先にございますれば、今夜はここにて休まれて、翌朝、日が上がりましてから向かいましょう。すでに水主を使いに出しておりますので、準備が整いましたら、迎えが参るはずでございます。」
みなみな、焚火を囲んで取れたばかりの新鮮な魚を焼きながら、旅のつかれを癒した。
「この辺りの潮は、南の黒潮に比べると、流れも緩やかで渦が少ない。鯨にとっては、凌ぎやすい海域だ。それと瀬戸の海とも違う。瀬戸は、わが故郷ではあるが、朝夕の潮流が激しく、気の休まる時がない。それに比べると、ひとつ柱の島は、良いところじゃ。」
「
皆の前で、いきなり声を掛けられ、驚いた
「
と返事をしたが、
「一人で、
畳みかけるつもりはなかったが、
「まだ、未熟者のゆえに、それはございません。」
久治良は、ますます、八潮の返事が気に入ったのであろう。
「ならば、
「われの本拠地は、これより西の
「ひとつ柱島も。海の孤島のように思えるが、
「秋津洲の西の果てに御座います。」
「なぜに、その様な島が
「
「おお、そうであったな。知佳島の周辺は、黒潮の分流であった。」
「黒潮の入り口、与那島から宮古島、縄島、奄美島までは黒潮の本流であります。奄美から先は、二手に別れ、もう一つの黒潮は
「なるほどな。何度も言わせてしもうて、相済まぬことであった。ようやく、西の海の姿が微かに見えてきたように思う。どうじゃ、
「われも、
「さすがは
「なあるほど、すると、ここは、漂着民の避難所というわけだ。」
「近くで漂流民を見つけると、とりあえずは、この一つ柱の島につれて参ります。海路を見失った海人たちにとっては、命拾いの島であります。あめつちの機嫌がよくなければ、一年間はこの島に逗留させられますので、翌年の春に、知佳島から連れ戻しにまいるのです。島には、海の道に迷った何人かの南方のものが異国の海人と共に待っていることでしょうよ。」
異国の海人と聞いて、
「異国の海人とは、海の向こうの大陸の民であるのか。」
「大陸の者達もいれば、南海の島々の者達も多いのです。みな、海人でありますので、海を恐れるものはおりません。大陸の海の民は、粤人(えつじん)や閩人(びんじん)と言って、異国の言葉を話しますが、同じ海を航海する者同士、心は通じ合っております。ところが、中には、海を知らない大陸の民が混じってやってくることがございます。奴らは、我々のことを海底にすむ海獣の手下ではないかと思っております。」
「おやおや、それは恐ろしい御仁がいるものでありますな。われら
「われらも、瀬戸の海では、鯨衆に、大いにお世話になった。
「だが、海というものを知らない者たちは、われら鯨のことを海獣といって恐れているようで、大きな銛を持ってわれらに向かってきます。海の果ては巨大な滝が流れていて、底知れぬ黄泉の国の入り口があると思ってるようです。われわれのことを、黄泉の国の番人だと思って、寄り付きもしない。」
「だが、海人にらば、誰もそのようなことは考えていません。海の向こうは、さらに海があり、そのまた向こうには、常世の国があり、そこには夢と希望があると信じています。」
久しぶりに、思い思いのことを話している内に、島の夜は更けていった。
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