#06 別れ、次へ

 泉を抜けたユカリたちとカメキチは、次々と森の中を進んでいく。カメキチが嬉しそうに口を開く。


「いやぁ、久々にあんなに楽しそうなニーナを見ることができましたよ。みなさんのおかげです、ありがとう」

「私たちも楽しかったわ。改めて、お礼を言っておいてくれる?」

「ええ。お安い御用ですよ」


 カメキチの言葉を聞いて、ニコッと笑顔を返すユカリ。しかし、カメキチはふと思い出したようにラビを見やる。


「ところで、先ほどから何やら忙しそうですが何かあったんですか?」

「ああ、俺の大事な時計が盗まれたんだよ。どこぞのクソ猫にな……」

「まだ盗まれたって決まってないでしょ?」

「いーや、絶対にあいつだ!」


 ラビとシオンの様子を見て、ため息をつくユカリ。


「この調子なのよ……ねえ、どこかで時計か猫見なかった?」

「ウサギの描かれた時計なんだけど……」

「そうですねぇ……」


 するとラビが勢いよく振り向く。相変わらず手は帽子のつばに置かれている。


「猫だ猫!気味の悪ぃいけすかねぇ笑い方する猫!あぁ、考えただけでイラっとするぜ……」

「そんなにカリカリしてたらハゲるよ?」

「なっ……は、ハゲねぇよ」


 シオンがまたラビをおちょくるように接近し、次にラビの帽子を指さしてくるくる回している。


「もしかしてその帽子……」

「ハゲ隠しじゃねぇからな!断じて違うからな!!」


 二人の様子を見ていたユカリだが、いよいよ我慢の限界のようでこぶしを握りしめている。


「ちょっと、ラビがハゲててもハゲてなくてもどーでもいいから、早く話戻って!」

「どうでもよくねぇよ!」


 その間にシオンはカメキチに「何か知らない?」とたずねる。一方のカメキチは頭をいて悩んでいる様子だ。


「すみません、それらしき猫や時計は……」

「そう。わかったわ」

「——ただ、向こうの砂漠に、魔人がいると聞いたことがあります。その魔人とやらに話を聞いてみるのも、一つの手かもしれませんな」


 カメキチの提示した案を聞いた一同は顔を見合わせて一つ頷く。


「たしかに、一理あるかも」

「行ってみよっか!」

「ああ、そうだな」


 ユカリ、シオン、ラビの三人は合意し、カメキチに別れを告げていく。


「じゃあな、爺さん。今度は干からびるなよ!」

「ありがとうカメキチさん~」

「ニーナにもよろしく言っておいて」


 カメキチは三人の言葉を聞いてどこか嬉しそうだ。


「はい。また会える日を楽しみにしております。みなさま、どうかお気をつけて~!」


 先へと行く三人の背中を見つめ、ふぅと一息つくとカメキチは元来た道をゆっくりと帰っていった。


 *


 暗闇の中で三人を見つめるのはチェシャ猫だ。その口元はいつに増して嬉しそうだ。


「綺麗な泉で、綺麗な人魚との短い触れ合い。いい思い出になること間違いなし!……そうさ、今のうちにタノシイ思い出ってやつを作っておくといいさ」


 チェシャ猫は気味悪く笑うと、次に走り行くレンを見つめる。その目は鋭い。


「……ふむ、こちらも徐々に近づいてきてるみたいだね」


 そう言ってあごに手を当て、目を閉じる。


「しかし、あくまで彼には間接的にユカリを助けてほしいんだけどなぁ……。そのために鏡も貸したんだけど、大丈夫かにゃ?」


 それと、とチェシャ猫は続ける。


「彼はここに来てから寝ているところを見ていないけど、まさか一睡いっすいもしてないにゃ?いろいろ大丈夫なのかレンくん」


 しばらくして、チェシャ猫は何かひらめいたのか手をぽんと叩く。


「彼にはすまないけど、このまま素直にユカリと出会わせるわけにはいかないんだ。――なぜなら、キミにはキミの幻想があるからだよ。つまり……」


 ――場合、その幻想の時空はゆがんでしまうのさ。


 にしし、と笑うチェシャ猫。その手には縄が握られている。


「そうなればユカリはもう元の世界には戻れなくなる。同時に、レンくんもだ。……すこし怪我をしてもらうけど、仕方ないにゃ」

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Fairy taleの幻想時計~Last Night~ 深夜 うみ @s_xxaoi2

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