#05 ニーナ(2)
ある嵐の日のこと。ニーナが雨宿りをしていると、そこに
キントキはニーナの格好を見て、少し表情を曇らせて言った。
「ニーナ、その
そう言ってキントキは自身が
ニーナは微笑んで「ありがとう」と口にする。そんなニーナを見て、キントキはなにやらそわそわしていた。
「なるほど……これが『萌え』」
「ん?」
「あっ、ああ、いや、なんでもない」
慌てて咳ばらいをするキントキ。普段なかなか見ない彼の慌てた姿にニーナは頭の上に「?」マークを浮かべている。
キントキは気持ちを切り替えて言った。
「ニーナ、しばらくここには来れない。やるべきことがあるんだ」
「やるべきこと?」
「ああ。この前言っただろう」
「人助け?」
「そうだ。少し時間がかかるかもしれないが――その、また会いに来る」
キントキが事情を説明し、そう言うとニーナは満面の笑みで「うん」と答えてみせた。
ニーナのかわいらしい表情を見て安堵したのか、キントキはほっと一息つくとニーナに近寄り、頭の上にぽんと手をのせた。
「お土産持って帰るから、いい子にして待ってろよニーナ」
「うん、気をけてね」
「ああ。行ってきます」
そうしてニーナは静かにキントキを見送った。
そんなある日のことを思い出しながらニーナは不意ににやけていた。ユカリが不思議そうに呼びかける。
「ニーナ?」
「はっ」
「手、止まってるけど」
もちろんこの様子にシオンが食いつかないはずもなく、ニーナの肩につかみかかる。
「何考えてたの~?
「い、いやいやいや、違うからっ」
ニーナは慌てて編み物を再開する。しかしシオンは作業中のニーナにお構いなしに質問をしていく。
「で、で!
「……この前の嵐の時に、雨宿りしに来たの」
「その時に、いろいろ話して……そしてだんだんと!?」
シオンが大げさに盛り上げているせいか、ニーナは思わず笑みがこぼれてしまう。
「ねーニーナかわいい~!」
「ちょっとシオン、少しは大人しくしてて」
「む……はぁい」
あまりにシオンがうるさいので姉のユカリがシオンを制止した。
しばらくの沈黙。
ニーナは黙ってマフラーを編み続けるが、やがてその手のスピードは落ちていき、最後は止まった。ユカリが真っ先にニーナの異変に気が付き、声をかける。
「ニーナ?」
「……あの子も、生きていたらユカリたちと同い年くらいだったのかな」
そう言ってどこか切なげな目でカメキチのほうを見るニーナ。
カメキチもその目の奥にあるニーナの気持ちを
「あの子?」
「妹。もういないんだ」
「死んじゃったの……?」
「うん」
ニーナの話を聞いていたシオンとラビの動きが止まり、一同の視線はニーナ一人に向けられている。
静かな時間の中、ニーナの声がゆっくりと吐き出される。
「人間のこと好きになって、私たちの反対を押し切って人間になって。それで会いに行ったんだ。でも失敗して、海に飛び降りた。泡になったの……」
「……」
「何も、残らなかった」
「ニーナ……」
「だから、あの人のこと好きなんだって気づいたとき……ちょっとショックだった。かつて妹を死に追い詰めた人間に、私も恋をしてしまったんだって」
ずっとニーナの話を聞いているユカリ。「死」という受け入れがたい現実。ユカリは心の奥底で、なぜかキリっと痛むものを感じた。
「馬鹿だよね、私……」
「そんなことは——」
「でもね、あの人が教えてくれたの。人それぞれ、性格とか考えは違うんだって」
「え?」
ユカリが疑問符を頭に浮かべる中、ニーナは顔を上げて少し微笑みながら言った。
「あなたたちと出会って、さらに実感した。人間は怖い人ばかりじゃないんだね」
ずっと静かに話を聞いていたラビがおもむろに口を開く。
「ああ。いい奴も悪い奴もいる。それは人魚もウサギも亀も人間も、変わらねぇよ」
「……うん。そうだね」
ユカリは少し肩の力が抜けたようなニーナを見て言った。
「幸せになってね、ニーナ」
「そうだよ、絶対だからね!」
ユカリの言葉に食い入るようにシオンも飛びこんで言った。
「うん、ありがとう!」
温かいムードに包まれる中、ラビが我にかえったようにしてユカリを催促する。
「ほら、早くしろよ」
「あ、うん」
「……ユカリ!これくらい編めたよ!」
「へぇ、結構綺麗に編めてるじゃない。意外と器用なのね」
ユカリが言うと、ニーナは嬉しそうにして「そうかな?」と照れている。
「そしたら、最後はここをこうして……」
ユカリの説明を真剣なまなざしで聞くニーナ。その姿はユカリたちと出会った最初の頃と比べてかなり距離が縮まったように見える。
「——これを続けていけば、あとは完成よ」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
ラビが立ち上がり「終わったか?」と声をかける。その言葉を聞いたシオンが悲しそうな表情を見せた。
「えー、もう終わっちゃうの?もう少し話したいよ~」
「約束だろ、守れ」
二人の様子を見て、ニーナは「ふふ」と微笑んだ。
「よかったですね、ニーナ」
「うん」
カメキチがニーナに言うと、すぐにでも次に行きたいラビが被っている帽子のつばをつまんで言う。
「あーもう時間がねぇんだよ時間が!行くぞ!」
「はぁ、わかったよー」
「そこまで送りましょう」
慌ててカメキチもラビとシオンを追っていく。
ユカリは最後にニーナに挨拶をする。
「それじゃ、マフラーがんばってね」
ユカリも泉を後にしようと駆けたときだった。
「ユカリ」
「……?」
「もし、シオンが死んじゃったとしたら……ユカリならどうする?」
ニーナは、真っすぐな目でユカリを見て言った。何かを必死に伝えるように。
「え……?」
ニーナは黙ってユカリの答えを待っている。
「考えたくもない……けど、私だったらシオンの分まで生きてやろうって思うかもね」
「……」
「シオンが見られなかった分、たくさんのものを見て、聞けなかった分たくさん聞くの。そしてまた会えた時に話すんだ、そのこと」
「そっか」
「そんなこと聞いて、どうかしたの?」
「いや――」
「おーい、何してんだ!行くぞー!」
「ユカリ、早く~!」
突然、空気を切り裂くようにラビとシオンの声がユカリの耳に入る。
「あ、はーい!……えっと――」
「質問、答えてくれてありがとう。今日のこと、一生忘れない」
「私も。じゃあ、またね」
「うん、バイバイ、ユカリ!」
ユカリが泉を後にする。すると、その背中を見つめていたニーナはどこか寂しそうな表情をしながらも毛糸たちを抱えて、どこか奥へ消えていった。
*
森を駆け抜けていくのはレンだ。その手には変わらずチェシャ猫から受け取った鏡が握られている。
レンはある場所を目指していた。
「……この方向を進めば」
レンは真っすぐ見据えて走る。
そして、しばらくしてレンはある場所にたどり着いた。
「……そんな」
レンがたどり着いた場所はユカリたちがさきほどいた泉だ。どうやら一足遅かったようだ。
レンはため息をつくと、一旦岩陰に背中を預けて休憩することにした。
「あれれ~?こんなところで何してるのかにゃ~?」
「……」
語尾を聞けばわかる。チェシャ猫だ。
レンは先ほどよりも深いため息を吐いて、立ち上がった。
「君のおかげで走る体力が回復したよ、またな」
「あーそれどういう意味だにゃ!」
「そのままの意味。とにかく僕は行くから、またね」
そう言ってレンはまた走り去っていった。
チェシャ猫は肩を落とすも、その表情はやはりどこか不敵な笑みを浮かべている。
「まったく……相変わらず忙しないなぁレンくん」
――このままじゃキミはユカリの幻想に飲み込まれてしまうよ?
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