#04 ニーナ(1)

 ユカリたち三人とカメキチはしばらく歩いていき、とある泉にたどり着いた。

 エスコートしたカメキチが手で指して言った。


「さあ、ここですよ」

「わあ……綺麗!」

「すっげ……こんなの見たことないぞ」


 シオンとラビが感想を漏らす。

 薄暗い森の中にあるのは、水面にかすかに光を帯びた泉だ。なぜだか先ほどの森とは違い、辺りはしんと静かで虫の音が時折聞こえてくるだけ。

 一方のユカリはいずれも怯えていた。


「ね、ねぇ、ここお化けとか……」

「もー、大丈夫だって。ユカリは怖がりだなぁ」

「ちがっ、怖くなんかないし!私は、ただ……」

「ハイハイ、怖くないですよ~」


 ラビが赤ちゃんに向けて言うようにユカリに話すと、またもユカリの蹴りがラビの尻を襲った。当然のように尻を押さえてうずくまるラビ。ユカリは「ふんっ」とそっぽを向いている。

 カメキチは何かを探している様子だ。それに気づいたシオンがカメキチに近寄る。


「どうかしたの?」

「いえ、いつもならここに友人がいるのですが……。姿が見当たらないので心配になってしまって。人が苦手なので、隠れているかもしれませんね」


 すると、ユカリは泉のある方を見つめて指を指している。


「ユカリ?」

「あ、あれ……」


 シオンが視線をその方向へ向けると、一瞬人影のようなものが見えた。しかしその影はすぐに引っ込んでしまうのと同時に「痛っ」という声が聞こえた。


「わああああああああ!!」

「ぎゃああああああああ!!?」


 ユカリとラビは仲良く悲鳴を上げると、シオンは慌て始めた。


「何!?どうしたの??」


 慌てふためく三人とは反対に、笑顔になるカメキチがいた。


「ニーナ!」


 カメキチはそのまま泉の裏にある岩陰にいるであろう人物に話かける。


「すみません、大勢で。少しここの水を分けていただいてもよろしいですか?私の命の恩人なんです」

「……人の子?」

「ええ。ですがご安心を。とても心優しいお嬢さん方ですよ」


 カメキチがそう言うと、少し安堵あんどした表情のニーナと呼ばれた女性がユカリたちのほうをチラっと見て、それからカメキチのほうを見た。


「カメじいがそう言うなら……」

「ありがとう、ニーナ」


 カメキチは空っぽの水筒を持っているシオンにアイコンタクトをして水を入れていいと合図をすると、シオンはうなずいて泉のもとへ軽い足取りで向かった。


「あの子は……?」

「人魚のニーナです」

「人魚!どうりで綺麗なわけだ」


 ユカリの問いに答えたカメキチの言葉に関心するラビ。


「あの、水ありがとう!」


 シオンがニーナに話しかけるが、警戒しているのかニーナは黙ったままだ。

 ニーナの様子を察したユカリがシオンのもとへ行き、小声で話す。


「ちょっと、この子怖がってるんじゃないの?」

「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」


 シオンが一歩後ろへ下がると、今度はニーナが勇気を振り絞るようにしてユカリとシオンに話しかけた。


「あの!」

「ん?」


 シオンがまたニーナのほうを向くと、ニーナはそわそわした様子で「み物、できる?」と言う。


「プレゼントしたい人がいて。でも編み物なんて知らなくて、喜んでほしくて……えっと、その、できるなら教えてほしいなって」


 ニーナの言葉を聞いたシオンは一気に笑顔になる。


「もちろん!ね、ユカリ!」

「え!?」

「だって、私編み物できないし~」


 急な話の進展に、それまで黙って時計を探していたラビがむっとした表情で突っ込んでくる。


「おい、俺の時計はどうすんだよ!」

「ちょっとだけ!」

「ちょっとも何も、一刻も早く探さないといけないんだぞ」

「それに、シオンのちょっとはちょっとじゃないでしょう?」


 二人に言い寄られたシオンは悲しい表情をしてニーナを見やる。


「だって……あの子困ってるんだよ?」

「いや俺だって困ってるぞ!」

「お願い!!」


 シオンはこれでもかというくらい頭を深く下げた。ユカリとラビはお互い見つめあい、ため息をつく。


「……このお人好し」

「えへ、ごめんなさい」

「本当にちょっとだけだからな」

「うん、ありがとう!」


 ユカリはニーナがもじもじしているのを見かねて、「もう少し近くに来てくれる?」と話しかける。しかしニーナは照れているのか動こうとしない。


「早く来てくれない?」

「ユカリ、言い方」

「あ、ああ……。人魚だからって、生け捕りとかしないからさ、ほらおいで?」

「おいでおいで!」


 ずっと様子を見ていたカメキチも口を開いた。


「そうだ、それがいい。さあニーナ、大丈夫だからこっちにおいで」

「……わかった」


 ニーナはカメキチの言葉を信じ、泉に潜っていく。しばらくしてユカリとシオンのいるところまで来て水面から上がってきた。

 ニーナの全容を見たシオンが「わぁ……」と声を漏らす。


「すっげ……うろこってこんなにキラキラしてんのか」

「だから言ったじゃない、大丈夫だって」


 ユカリに話しかけられたニーナは下を向いた。


「おや、照れてしまったみたいですね」

「もう、カメじい!」


 ニーナが顔を赤らめて言う。静かな森に一同の笑い声が響く。

 和やかな空気に包まれ、ニーナは安堵の表情を浮かべ、ユカリに話しかけた。


「えっと……あなたは……」

「ユカリ。好きに呼んで、ニーナ」

「よろしく、ユカリ!」


 シオンも自己紹介を終えると、ニーナは何かを探し始めた。どうやら裁縫道具を探しているみたいだ。ニーナの様子に気付いたカメキチが木の裏に置いてある道具をニーナに持ち寄る。


「ありがとう、カメじい!」

「とりあえず、時間がないから最初と最後の部分だけ教えるね。何を作りたいの?」

「あ……」

「もしかしてまだ決まってないの?」

「ごめんなさい、毛糸なんて初めて見るものだから……」

「まあ、当たり前か。じゃあ、無難にマフラーなんてどう?」

「まふらぁ?」

「首に巻いて、体を温めるものって言えばいいの?」


 と、ユカリはラビに同意を求める。ラビは「そんな感じだな」と答える。するとユカリは何か気付いたように話した。


「というか、まず誰にプレゼントしたいかじゃない?相手が人魚だったらマフラー意味ないし」

「大丈夫!あの、人間だから」

「じゃあ問題はなさそうね」


 いよいよ編み物開始。しかし、何やらシオンがニーナの格好に疑問を抱いているようだ。


「もしかして、その上着くれた人?」

「えっ」

「プレゼントする相手!」


 シオンのいきなりの問いかけに動揺を隠せないニーナ。その様子を見てシオンはニコニコしてさらに続ける。


「え、なになに、好きな人!?」

「う、うん……」

「えーっ!!!」


 シオンのテンションはこれまでにないほどに上がる。そんなシオンを見てどこか諦めたような表情のラビがため息交じりに言う。


「頼むから早くしてくれよ……?」

「シオン、その話はやりながらね」

「はーい!」


 ユカリはシオンを軽く制止すると、ニーナにたずねた。


「よし、じゃあどの毛糸使う?」

「えっと、赤がいいかなって」

「ん、じゃあまずここをこうして……」


 ユカリは手慣れたように次々と編んでいく――。


「——で、最後にここを通せば……はい、できた」

「すごい……ユカリすごい!」

「そんな、大したことじゃないわよ。ほら、何回かやってみて?」

「うん!」


 そこに、待ちきれなかったシオンが二人の間を割って入った。


「ね、聞いてもいい?」

「え……?」

「どんな人なの?ニーナの好きな人!」

「あ、ああ……。えっと、強くて、たくましくて、真面目で……すごく、優しい人」

「はぁぁ……キュンとする!」


 隣でときめくシオンをよそに、ニーナはその男とのある日のことを思い出していた。

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