第392話

~ハルが異世界召喚されてから2613年145日目~


 ハルは愕然としている研究者達を尻目に歩みを進めた。うなだれた状態から少しだけ起き上がる父親南野ケイの前に立つとハルは、声をかけた。


「父さん…久し振りだね……」 


「…ハ、ハルなのか?」


 つい今しがた別れたばかりの息子が眼前にいる。南野ケイはヨロヨロと立ち上がった。南野ケイ含めて、研究者達は状況が飲み込めないでいた。ただ1人マルセラ・アルヴァレスを除いて。


「まさか…お前……」


 ハルは動くことのできないマルセラ・アルヴァレスの方を向いて応えた。


「そう、そのまさか。いくらタイムマシンを開発したからと言ってもやはり価値観は人間だ。自分の寿命を基準に僕のことを考えていただろうね?まぁ、少し変な世界になっちゃったけど貴方が生まれる世界が創れてよかったよ」


◆ ◆ ◆ ◆


~ハルが異世界召喚されてから2610年143日目~


〈ハルが自分の正体を晒し、父親南野ケイ達と相対する3年前〉 

 

「君!助けてくれないか?」


 ボロボロの姿の中年男性である平田がハルに助けを求める。しかし、ハルは別のことに思考を割いていた。


 ──流石、紺野ナツキ。ディータの依り代であり、ルナさんの生まれ変わり……


 ハルは爆発した施設を遠目に眺め、感慨に耽る。ディータの依り代には毎回『月』を意味する名前がつけられていることは知っていた。しかしそんな人物はたくさんいる。だが紺野ナツキがそうであるということをハルは直感で察知したのだ。


 そしてメフィストフェレス。ペシュメルガはハルの記憶を読み取り五次元という発想を持ってメフィストフェレスを封印したに過ぎなかった。それが永い永い年月をかけて復活した。今もナツキ達がメフィストフェレスを倒したと思われているが実のところ、封じ込めただけに過ぎない。


 ──あと少しで、メフィストフェレスを完全に消滅させることができる……


 今まで生命の誕生から約35億年の月日を魔法を駆使して早送りしながら過ごしてきた。それでもここまで来るのに何千年とかかってしまった。


 ──いや、失敗したら最初からだからもっとか……


 失敗したら全てを終わらせ、広がる荒野を前に生命の誕生からやり直す。そしてハルの知る歴史通りになるようこの世界を管理してきたのだ。


 しかし、紺野ナツキと出会って時が止まった。今まで自分の感情を滅し、世界の成り行きをただ眺め、時には手を下してきた。目を覆いたくなるような人間の行いを黙って見過ごし、マルセラ・アルヴァレスの生体認証データを得ようと懸命に歴史を動かしてきた。自分がよく知る者、いや自分のせいで本来存在しない人を生み出してしまったことにハルは酷く動揺した。


 気が付けば、彼女の運命を見守っていた。そして、これは運命の悪戯か?ずっと探していたディータのステッキが発見され、それが彼女の手に渡ったのだ。そして今、それはハルの手元にある。


「おい!!聞いているのか!?」


 平田は悪態をつき、ハルの手にしているステッキを凝視する。


「何故だ!?何故お前みたいな奴がそれを持っている!?それは私のだ!!」


 平田は伏したまま怒鳴った。


 ボロボロのステッキは微かに光を帯びている。ハルは平田の前まで歩みを進めた。平田はハルを見上げる。ハルはステッキの先端を平田に向けた。


「そ、そうだ!私に返すのだ!!」


 何を勘違いしたのか平田は手を伸ばし、そのステッキを握ろうとしたが、ハルは魔法を唱える。


「鬼火」


 黒い小さな炎が平田を焼き付くす。声をあげる間も無く平田は焼失した。ハルは溜め息をつくと呟いた。


「ウェルズ計画まであと3年……」


◆ ◆ ◆ ◆ 


 研究室にいる者達は愕然としていた。自分達が神のように振る舞い、AI達を観察していた筈なのに、その自分達が同じくAIであることにショックを隠しきれない。


 ハルは口を開く。


「僕は見た。海から生命が誕生する瞬間を。巨大化する生物達を。恐竜が絶滅するのを。現世人類が旧人類を絶滅させるのを」


 ハルは研究者1人1人の目を見ながら告げる。


「僕は見た。エジプト文明がピラミッドを建設しているところを。秦の始皇帝が中国を統一した瞬間を。邪馬台国の卑弥呼を」


 ハルは続ける。


「僕は見た。十字軍の遠征を。ジャンヌ・ダルクやマリー・アントワネットが処刑されるのを。イギリスの産業革命を。ナチスドイツがユダヤ人を虐殺するのを」


 そして最後にハルはマルセラ・アルヴァレスを見ながら言った。


「全ては貴方の生体認証データを手に入れる為に」


 ハルは動けぬマルセラ・アルヴァレスの頭に手を伸ばして掲げ、生体認証データを記録した。


 呻くような声をあげながら、マルセラ・アルヴァレスは俯き気絶する。


 そしてまだ上手く立てない父南野ケイを見やる。


「父さん……」


「ハル…すまなかった…父さんが間違っていた……」


 父親からしたらついさっきと言いたいところだが、実のところ自分の息子とはここ最近、面と向かって会話をした記憶が南野ケイには殆どなかった。


 ハルからすれば父との会話は約2600年ぶりだ。やはりどうしても気まずい。父親ではあるが、自分の方が遥かに年上であるハルが会話をリードする。


「僕の為だったんでしょ?」


「え?」


「僕を異世界へ転送したのは、オリジナルの僕を助ける為だった…違う?」


 下を向き、言葉に詰まる南野ケイの気持ちをハルは理解できた。今まで考える時間は膨大にあった。何故父親が自分の息子のAIを異世界へと転移させたのか。答えは簡単、自分の息子を助けるためだ。今父が回答に困っているのは、いくら息子の為とはいえ息子と変わらない者を蔑ろにしても良いということを認めたくないからだ。


 しかし腑に落ちないところもあった。


 それは喜んだら戻るといった仕様にしている点と喜びの度合いの低い新しい属性魔法を唱えても戻ってしまう点だ。


 それにはウェルズ計画の更なる可能性が関わってくるだろう。おそらく南野ケイはAIのハルにオリジナルのハルを導くメンターのような存在になってほしかったと推測できる。


 自分の思想を越える思想。


 それは即ち死を意味することでもある。自分の価値観に反することをやるのだから自殺に等しい。だからといってAIのハルが自殺すること、つまりは死をもって戻ってしまうと物理的な死を肯定的に捉えてしまう可能性もある。死んでしまったら本当に死んでしまうオリジナルのハルのメンターにするには危険が伴うだろう。また挫折し絶望した者達にも人生は続く。鬱状態のAIのハルが自殺以外に生きる喜びを発見することができるのか、その状態でも思想を破壊することができるのか、その検証には十分な価値がある。


 そして喜びの度合いの低い新しい属性魔法を唱えても戻ってしまう点。これに関してはAIハルに対する父親からの贈り物だ。ハルならばすぐに戻るトリガーに気が付き、新しい属性魔法は危険が迫ったときの緊急脱出用にとっておく。父南野ケイは実験の確実なデータよりもAIハルを守ろうとしていた。


 世界を初めからやり直し、父親の出生から母親との結婚、自分が生まれた瞬間と実験までの日々をハルは見ていた。


 様々な葛藤と苦悩の日々を父は経験していた。オリジナルのハルだけでなく偽物の、AIの自分にすら愛情を寄せていた。そして先程まで、AIのAIから生まれたハルと別れ、涙を流しながら後悔していた。 


 ──今ならペシュメルガの言っていたことも理解できる。理解するのが遅すぎたけど……


 ハルはそんな自分を情けなく想い、微笑んでから言った。


「父さん、僕を生み出してくれてありがとう」


「ハル……」


 涙を溢しながら南野ケイは言った。


「父さんの方こそ、生まれてきてくれてありがとう…本当に大変な想いをさせてしまって申し訳──」


 父親の謝罪を制しながらハルは口を開いた。


「オリジナルのハルに関しては僕に任せておいて」


 父は涙を拭い、ハルに微笑む。


 胸から沸き上がる心地よい感情。父との対話。ハルは実に数千年ぶりに喜びを感じた。


 ゴーン ゴーン


 鐘の音が優しく鳴り響く。その音色はハルの疲れた身体をゆっくりと癒しているようだった。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次で最終話です。

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