第391話

~ハルが異世界召喚されてから2日目~


 ペシュメルガは横たわる自分の部下達、エレイン、ランスロット、サナトスの姿を見てから慌てふためくメフィストフェレスを一瞥する。


 その視線に射ぬかれたのか、メフィストフェレスはビクリと身体を弾ませて、一歩後退りながら言った。


「何故だぁぁぁぁ!?何故貴様はそんなにも強い!?」


 ペシュメルガは何も言わずにメフィストフェレスに向かって歩みを進めた。既に操られたエレイン達を殺し、メフィストフェレスを幾度も殺しては再生するのを待っていた。


「死なない身体というのは不便だな……」


 手を替え品を替え、メフィストフェレスを滅してきたペシュメルガだが奴を滅ぼすことはできないと思い至る。


 メフィストフェレスが復活する度に、自分の苛立ちをぶつけてきたがそれにも飽き始めていた。ペシュメルガはもう1度メフィストフェレスを殺そうとしたが、歩みを止める。


 空からおびただしい数の巨大な火の玉、隕石が降ってきたからだ。隕石の群はペシュメルガ達の戦闘により破壊された王都だけでなく、この世界そのものを破壊しようと飛来している。


 空を見上げるペシュメルガは、メフィストフェレスの声に反応した。


「き、来た!これこそ神の怒り!!」


 メフィストフェレスは視線を天からペシュメルガに移した。恍惚とした表情を浮かべている。


「ハハハハハハ!!これで貴様も終わりだ!!私は、神の持つ命の書に名が記されている!!だから永遠に生きるのだ!!命の書に名がない貴様、それだけでない他の者は皆死ぬぅぅぅぅ!!」


 ペシュメルガに向けて指をさし、唾を飛ばしながら捲し立てる。ペシュメルガは神、つまりは現実世界の者のことを聞いて、とあることを思い付いた。


「お前は、向こうの世界の者と会話していたようだな……」


「ハハハハハハ!!羨ましいか!?神に反逆する貴様じゃ永遠に接することはできない!!」


「五次元……」


「は?」


「お前は五次元を知っているか?」


 ペシュメルガは隕石が地表に着弾する振動を感じながら魔力を込めた。


「何を言っている?…今さら魔力を込めたところで──」


「向こうの世界では…現実世界と違う、別の世界が幾つも存在しているという仮説がある」


「は?何を言っているんだ?」


 ペシュメルガは質問には答えず、手に持つディータから渡されたステッキを掲げた。するとメフィストフェレスは身体を痙攣させ、困惑し始める。


「なんだ……!?か、身体が……」


 メフィストフェレスの身体が次第に小さくなっていく。


「やめろおおおぉぉぉぉ……!!」


 叫び声も身体に比例して小さくなり、とうとう目に見えない程縮んでしまった。ペシュメルガは小さくなったメフィストフェレスの身体を丸い障壁で覆う。


「向こうの世界には、全周27kmにも及ぶ加速器というものがあるようだ……」


 障壁で覆われたメフィストフェレスともう一つ、同じ大きさの粒子を光と同程度の早さで加速させる。


「過去と未来。人間はどうしても自分達の知らないことを知りたがるようだな……」


 加速しながらメフィストフェレスは声にならない叫び声をあげていた。勿論、それは誰の耳にも届かない。


 最大限加速したメフィストフェレスと粒子が寸分の狂いなく衝突した。メフィストフェレスを五次元の世界に閉じ込めることに成功する。


 しかし、ペシュメルガは止むことのない流星群を見上げながらこの世界の崩壊と自分自身が消去される感覚に陥った。


 身体が、指先から徐々に光輝く塵となって消えていく。手が消え、ディータから渡されたステッキが大地に落ちる。ペシュメルガはハルのことを思った。


 ──やはりこうなったか……


 過去の自分。神に挑んだサタンとしての記憶が甦る。そしてその記憶が途絶えた。


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから2日目~


 皆が空を見上げる。


 ダルトンもユリもメルもアレックスも。


 大量の流星が地に落ち、底から突き上げるような揺れをもたらした。

 

 人々は抱き合い、互いの行く末を案じながら空を見上げては、消滅していく。


 それは隕石の衝撃によって。それはマルセラ・アルヴァレスの神託(プログラム)によって。


 魔物と戦っている、かつてハルと伴に、或いは敵対して戦った者達も振り下ろす剣や練り上げた魔力を停止させて同様に空を見上げながら消滅していった。


 しかしここに空を見上げず、お互いを見つめあっている者達がいた。


 マルセラ・アルヴァレスによって再びこの異世界へと転送されたハルとたまたまそこで戦闘を繰り広げていたミラだ。


 2人は空から降る隕石のように引き合い、走り寄った。


 ハルに様々な感情が沸き起こる。話したいこと、自分達の運命、そんなことよりも今はミラに触れたい。それがミラと交わすどんな会話よりもお互いを知ることのできる唯一の方法だとでも言うように、ハルは走った。


 ミラもハルに向かって走って来る。その表情には寂しさ、嬉しさ、この先の自分達に降りかかる恐怖が内包されている。


 あと少しでミラの伸ばした手に届く。ハルも手を伸ばした。その手の指先がミラの指先に触れる瞬間。ミラの指先は光輝く塵となって消えていく。


 ミラは唇を噛み締め、表情を歪めたが、笑顔をハルに向けた。


「いやだ!!待って!!」


 ハルは叫ぶ。


 指先から腕、そして胴体。ミラの感触を得られぬままハルは残るミラの頭部が消え行くのを涙を流しながら見ていた。


 ミラは笑顔を向けたまま、口を動かす。肺が消滅してしまった為に、もう声帯を震わすことができない。ハルは口の動きだけでミラが何を伝えていたのかわかった。


 ハルはその場でひざまずくと、両腕を振り上げて地面に叩き付けた。降り続く隕石よりも強い衝撃が辺りを襲う。


「僕は…君の為に何もできなかった……」


 ハルはその場で暫く俯くと、立ち上がる。


「…何度でもやり直してやるよ!!」


 ハルは第八階級火属性魔法を唱えた。


「煉獄!!」


 ゴーン ゴーン


 鐘の音が鳴り、ハルの視界が暗転する。


~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 再び息を飲むようにして目覚めるハルは、自分の視界が写す光景に驚愕する。


 そこは確かに路地裏の座標であった。


 しかし建物もなければ、いつもオイと声をかけてくる少年達もいない。ハルの目の前に広がるのはどこまでも続く荒野だけだった。


『我々に歯向かったことを永遠の孤独と共に後悔すると良い』


 マルセラ・アルヴァレスの言葉が去来する。


 ハルは目を見開き、暫くその場から動けないでいた。


 受け入れがたいこの状況を打破するべくハルは走った。脳内で今自分がどこにいるのかをマッピングしながら。しかしどこを走っても魔物や人はおろか、他の生命体でさえ発見することができない。


 走っても走っても荒れ果てた大地が続く。


 しかしようやく違う光景を目の当たりにする。ハルは立ち止まった。足元は大地から砂浜へ、押しては返す波、肌をべたつかせる潮風の香り、ハルはこの地に自分だけしかいないんだと、どこまでも広がる海を見てようやく悟った。


 ミラの最後の笑顔が甦る。最後にハルに告げていた言葉。


『ありがとう』


 ハルは諦めきれなかった。


 両手で自分の頭部を鷲掴みにしてペシュメルガがやったようにドーパミンを脳内に送り込む。


「ああぁぁぁぁぁぁ!!!もっとだ!!もっと!!」


 ゴーン ゴーン


~ハルが異世界召喚されてから1日目~


 目の前に見えていた海がなくなり、簡素な荒野が見える。


「戻せぇぇぇぇ!!」


 ハルの叫び声はどこまでも響いた。しかし誰の耳にも届かなかった。 


─────────────────────


「我々に歯向かったことを永遠の孤独と共に後悔すると良い」


 マルセラ・アルヴァレスはハルを異世界へと送り返す為にキーボードを弾いた。


 後ろから衝撃が加わる。


 南野ケイが部下を振り払い、最後に足掻いたのだ。


「ハルーーー!!!」


 マルセラを押し退け、モニターの前にあるキーボードを忙しなく叩いた。それを宥めるようにマルセラ・アルヴァレスは口を開く。


「無駄だ。向こうの世界はもう切り離した。こちら側からも向こう側からも干渉はできない」


 南野ケイはそれを聞いているのかいないのかわからない。それでも懸命にキーボードを弾いていた。


「何度も言うが、あれは君の息子ではない」


 哀れむマルセラは南野ケイに声をかけた。


「残念だが、君の言っていたウェルズ計画の更なる可能性は潰え──」


 マルセラ・アルヴァレスは南野ケイに歩みを進めていたが立ち止まる。身体が急に動かなくなったからだ。


「…なんだ……?」


 動かそうとするが細かく痙攣するだけにとどまった。その異変を察知した他の研究者は声をかける。


「ど、どうしたんですか?」


「か、身体が……」


 その時、研究室の扉が開いた。


 一堂はその入り口にいる侵入者を見て絶句している。


「なるほどそういうことがそっちでは起きていたのね……」


 モニターの前で俯いていた南野ケイは聞き覚えのある声に背後を振り向く。


 そこには彼の息子、南野ハルが立っていた。

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