第390話

~ハルが異世界召喚されてから2日目~


〈プライド平原・連合軍左軍〉


 森から溢れる魔物達。魔物の口から吐かれる青い炎によって踏みしめる草花には常に火が灯っていた。森から抜ける風が火の勢いを強め、常に煙が鼻腔を刺激し、むせかえる。魔物は徐々に強くなり、1体ですら簡単には倒せない。そんな状況の中、ジュドーの上官であるドルヂと同じ地位にあるノスフェルが頭を抱えて倒れ込み、ジュドーは死を覚悟した。だが、彼等は起き上がると今まで以上、いやジュドーがこれまで見たこともない強さを彼等が示す。


「な、何が起きてる!?」


 魔物を倒してレベルが上がったのか?だがそれでは説明出来ない程の強さが彼等には宿っていた。


 ドルヂの大剣を振るう速度もそうだが、ノスフェルに至っては見たこともない魔法を唱えている。


 束の間彼等の強さに圧倒されたジュドーだが、直ぐにその考えを止め、戦況を見極めつつ最善の手を考え、口にする。


「徐々に後退してシドー将軍のいる中央に向かいましょう!!」


 ドルヂが了承するのを見てとるが、そのドルヂが慌ててジュドーに向かって走ってきた。必死に何かを訴えている。


 その訴えが何なのか、ジュドーは周囲にいた兵士達の呻き声で悟る。


 ジュドーの背後に、長い首の先にヤシの実のように7つの顔を付けた魔物が立っていた。


「くっ!!」


 ジュドーは飛び退き、戦闘体勢に入るが、7つの顔を持つ魔物は7つの顔色1つ変えずに倒れた。


 魔物の背後から馬にまたがった妖艶な女性ベラドンナ・ベラトリクスが佇んでいた。


「シドー様より伝令よ。丘の上にある中央軍と合流せよとのこと。あとは私の隊がなんとかするわ」


 伝令を黙って聞くジュドーに、野太い声が迫る。


「ベラドンナの隊だけじゃ無理だ!この魔物は──」


 ドルヂが伝令に異を唱えようとすると、魔物の断末魔が聞こえ始める。


 ベラドンナ隊の兵士の強さが異常な程飛躍していた。次々と倒れる魔物にドルヂもノスフェルも驚いていると、ベラドンナが口を開く。


「貴方達も見たんでしょ?」


 ジュドーは何を聞かれているのかわからなかった為、ドルヂとノスフェルの顔色を窺った。2人は黙って頷いている。


「私のところは隊の全員が見たのよ♪これで貴方達の兵よりも私の部下達の方が強いってわかったでしょ?」


 ドルヂもノスフェルも何か言いたげだったが、自分達のHPやMP値が減少していることから何も言わずに伝令に従った。


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから2日目~


〈フルートベール王国・王都〉


 ミラは空から止めどなく溢れる騎士達の群を前にうずくまる。燃えるような赤い髪ごと鷲掴みにしながら頭部を押さえる。


 伴に戦っていたルカやフルートベールの剣聖オデッサも同様、頭の中に否応なく入り込んでくる大量の情報によって頭痛をきたしている。


 初めに頭痛から解放されたのはルカだ。次にオデッサ。2人は頭痛の余韻が多少残るなか、前線でうずくまり、なおのこと痛みに堪えているミラの元へと駆け寄った。


 騎士達の強さも一筋縄とはいかず、最もレベルの低いオデッサに至っては1体1体、剣技を用いて戦う程だったが、頭痛を経てから戦闘力が向上し、自分でも驚く程の威力で騎士を斬り裂く。


 同様に、ルカは涙を流しながら自分の傷を癒し、クルクルと鎌を回して騎士を倒しながら頭痛に苦しむミラの元へと向かう。


 ミラはそんな2人の行動を背後で感じながら、流れ込む映像の数々に心を動かされていた。その映像は一人称視点であり、それが自分自身であることにミラは直ぐに気が付いた。今までおし殺してきた感情を脳裏に写る自分が解放している。


『今度は、私がお前を救うよ』


 自分の声が聞こえる。


 今度は激しい戦闘を繰り広げながら、自問自答している自分が写る。


『この力は何のために身に付けた!?呪われた運命に抗うため?いや違う!大切な人を……守るためだ!!』


 最後の部分は自然と声に出していたように思える。ミラは流れる映像と音声を自分の記憶と結び付けると、温かく幸せそうな笑顔を向ける者達が映像とは別に想起された。その中に会ったこともない黒髪の少年がいる。その少年のことを思うと胸が熱くなった。


「…ハル…くん……」


 頭痛が続く中、呻くようにその少年の名を口にする。そして次の映像がミラの脳内を占領した。それはハルが強大な敵の攻撃を受け止めながら振り返り、ミラに向けて言葉を放っている映像だった。


『ミラちゃんは僕が守るから』


 懐かしい言葉だった。恐怖が身体を支配しそうになる中、その言葉を聞くと安心する。肩の力が抜け、その言葉に身を預けることができた。


 映像が止まると頭痛がおさまり、ミラは立ち上がろうとするが、眼前に迫った騎士の攻撃が降りかかる。


「ミラ様!!」


 ルカの叫び声が聞こえた。


 ダメージを覚悟しながらミラは、握るレイピアを突き出す。騎士の振り下ろした剣はミラの左半身を斬り付けるような軌道だったが、途中で見えない障壁にぶつかるように弾かれる。その間に、ミラの刺突が騎士を貫き消滅させた。


「ご無事ですか!?」


 ルカが涙を流しながら駆け寄り、ミラを癒そうとするが、その涙の恩恵を受ける傷等できていなかった。それでもルカは心配することを止めずミラの身体を隅から隅まで診察した。


 ミラはルカに感謝を告げるが、視線を忙しなく動かし、騎士の攻撃を妨ぎ、自分を救った者を探す。


 ミラの視線が一定の場所にとどまった。その視線は、頭痛と伴に流れてきた映像に写っていた女、レガリア・レガリエを捉えていた。


 レガリアは手を振って、倒壊した建物の裏へと姿を消す。


 何故自分を助けてくれたのかわからない。この騎士達は彼女の敵なのか、ミラは深く考えずに押し寄せる大量の騎士達に向かって魔法を放った。


「煉獄」


 黒い炎が広範囲に広がり、騎士達を一瞬にして焼失させた。


─────────────────────


 ディータはハルが出会い、その時間軸で影響を及ぼされた人々のデータを自分の統べる世界に送った後、あの異世界を独立させようと様々なセキュリティをかい潜っているところだ。


 目的は、南野ケイとマルセラ・アルヴァレスの生体認証データだ。


 追尾型のミサイルが煙と伴に迫り、ディータは張り巡らされたレーザーに触れないよう縦横無尽に動きながらそれらを躱す。その間に、左右の壁がディータを押し潰そうと迫ってきた。そうかと思うと、ディータの目指す先の通路を遮断しようと天井からシャッターのように扉が上から下へと閉まろうとする。


 舌を軽く鳴らしながら、ディータは自分の通過可能なルートを一瞬で見極め、地を滑るようにしてシャッターの向こう側へと到達した。自分を最後まで墜落させようと迫るミサイルはシャッターに激突してくぐもった爆発音がディータの鼓膜を刺激する。


 ディータは一息ついて、辿り着いた立方体の部屋を見渡す。白い壁、サイコロの中のような部屋。しかしこの部屋の中央には台座があり、この部屋全体を淡く照らすモノがそこには置いてあった。


 自分が管理していた世界と現実世界とを乖離させることのできる鍵、マルセラ・アルヴァレスと南野ケイの生体認証データだ。


 これを盗んで、彼等と同じ人物を作り出す。そのデータを元に内側から向こうの異世界と現実世界を切り離す。


 ──それとハルとミラのスキルも解除しなきゃね……


 ディータはそのデータを取ろうと、台座の上に手を伸ばしたが、


「?」


 ディータは疑問に思う。自分の伸ばした腕がスローモーションのようにゆっくりと動くことに。ディータは自分にプログラムされたデータを呼び起こす。そして悟った。


 ──走馬灯?


 超加速する思考の中、淡く発光していた生体認証データが鋭い閃光を放ち、爆発を引き起こした。


 ──なっ!!?


 声に出すよりも思考が先に駆け巡る。


 ──やられた……

 ──初めからこれが目的であることを奴等、いやマルセラ・アルヴァレスは知っていたんだ……

 ──本当に不甲斐ない兄貴だよな……

 ──ごめん…ハル……


 ディータは爆発に飲まれながら、完全に消滅した。


─────────────────────


 ハルは真白く輝く空間に浮遊していた。今までいた異世界と現実世界の狭間、いわゆる電網空間にハルはいる。


 そんな何もない、空間に声が響き渡る。


「さぁ答えを聞こう。君は元いた世界、日本に戻るのか?」


 マルセラ・アルヴァレスの声が聞こえる。


 ハルはその問いに悩む振りをしながら時間を稼いだ。


 ──くっ……まだか!?


 予定どおりディータが生体認証データを盗めば、ハルを向こうの異世界へと転送してくれる手筈となっている。無論、自分とミラのスキルを解除して。


 ハルはあまりにも続いた沈黙を埋めようと声を出した。


「…僕は……」

 

 その時、マルセラ・アルヴァレスの声が遮る。


「君にとって残念な報せが今届いた」


「…なんのこと?」


 何でも見透かすような声がハルを不安にさせる。


「君の希望であったディータが消滅した」


「…っ!!」


 絶句するハルにマルセラ・アルヴァレスの声がハルの思考を侵略する。


「仮にも私は、タイムマシンと呼べるモノを開発した者だ。君達の考えそうなことは事前にシミュレートしてある」


 マルセラ・アルヴァレスは続ける。判決文を読む裁判官のように。


「因みに、私の問いに対する君の回答はこうだ、異世界に戻る。だろ?もともとこちら側の世界に戻すつもりも私にはなかった。さて、君の望み通り、向こうの世界へと送り返してさしあげよう。我々に歯向かったことを永遠の孤独と共に後悔すると良い」


 ハルは異世界へと送り返された。最後に自分の名を叫ぶ父の声が聞こえた気がした。

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