第389話

~ハルが異世界召喚されてから2日目~


〈聖王国・サンピエルト広場〉


 広場に避難してきた聖王国の民達は、自分達を悪辣な魔物達から必死に守るチェルザーレ達を見ては祈りを捧げていた。


 初めに枢機卿達を守る聖騎士団がこのサンピエルト広場で戦闘を繰り広げていたのだが、魔物の勢いを止めることができなかった。1人また1人と聖騎士団員が倒れる中、逃げ遅れた聖都の民を引き連れたチェルザーレが聖騎士団の代わりを勤めたのだ。


 7つの首を持つ獣に淫靡な女が乗っている。女と獣が合わさって1つの魔物のようだ。そんな異質な魔物が聖都に大量発生し、サンピエルト広場を囲っている。獣にまたがる女をよく見ると1人1人違った個体のように見える。太った女に痩せた女。どちらも健康的には見えなかった。しかしそれが民達の恐怖を煽る。


「ひぃぃぃぃぃ!!」

「いやぁぁぁぁ!!」


 シーモアは叫び声の上がった場所まで行き、魔物を討伐する。女に突き刺した大剣を勢いよく引き抜き、獣に斬りかかる。女から大量の血が吹き出し、大剣と同じ軌道を描きながら周囲に飛び散った。やがて女の血は獣の血と混ざり合い、聖都の整えられた石畳に流れた。


 目の前の魔物が討伐されたことにより感謝されるシーモア。しかしシーモアの表情は険しいままだ。何故なら徐々に魔物が強くなっていることに気付いているからだ。体力を温存しながら、全力を出さないようにしていたのだが、振るう剣の威力はだんだんと強まっていく。


 自分ならまだ多少の余裕はあるが、同じく戦闘をしているジャックやメルはそろそろ限界に近いだろう。シーモアはチェルザーレとマクムート、ゾーイーの戦闘の様子を眺めてからジャックとメルに視線を送る。


 ジャックもメルも既に全力を出して戦っていた。このままでは時間の問題だ。


 ──何か、今のうちに打てる手はないのか!?


 シーモアがそう思った瞬間、頭痛が襲い掛かる。


「ぐぁ!!」


 シーモアは魔物がいるにも拘わらず、その場でうずくまってしまった。それを見た民達はどよめき、悲鳴をあげる。何が起きているのかわからない不安と押し寄せる恐怖によっての悲鳴はシーモアの付近だけでなく他の場所でも起こっていた。この頭痛はどうやら自分だけではない。チェルザーレやメルにも襲い掛かっているようだ。


 ──このままでは……


 頭痛に耐え、攻撃を仕掛けてこようとする魔物を見据えるが、シーモアの視覚は魔物だけでなく見たこともないエルフの姿を写していた。頭痛による幻覚なのかもしれない。


 しかしシーモアはもっと奇怪な出来事を目の当たりにする。こちらの方が余程幻覚だと思えた。魔物達が地中へと沈んだのだ。


「え……」


 いつの間にか頭痛が治まり、シーモアは周囲を見渡す。サンピエルト広場を囲っていた魔物達が地中にできた水溜まりのような闇に姿を消している。頭痛の治まったチェルザーレやマクムートもその光景に驚いているようだ。


 地中の闇は魔物を吐き出すと、魔物は塵となって消滅した。


 一瞬の静寂。


 シーモアはチェルザーレを見やると、チェルザーレは豪奢なシスティーナ宮殿の屋根を見上げていた。シーモアはそれに倣って同じところを見上げると、そこには漆黒の鎧を着込んだ者がいた。しかしその者は直ぐに姿を消す。


 それと同時に魔物が再び押し寄せてきた。シーモアは舌打ちをするが自分のステータスが頭痛前よりも上昇していることに気が付いた。


「これは……」


 考える暇はない。目の前の魔物を蹴散らし、戦闘に不安のあるジャックとメルの方へと向かう。


 ジャックの動きを見てシーモアは驚いた。おそらくジャックにもステータスを上昇させる作用が働いたようだ。しかし、メルはその場を動かない。


 下を向き、俯いたままだ。


 シーモアは急いでメルの元へと向かった。魔物が今にもメルを襲おうとしている。


「くそ!間に合わん!!」


 シーモアは吐き捨てるように言ったが、俯いていたメルが息継ぎをするように顔を上げて唱える。


「タイダルウェイブ」


 メルの頭上から巨大な波が押し寄せ、魔物達を飲み込んだ。シーモアは足を止め、呆気に取られているとメルは今までにない速さで動き出した。


 メルは水を得た魚のようにサンピエルト広場を走り、魔物達を撃破している。その手には見たこともないナイフが握られていた。


 シーモアはニヤリと笑うと自分の戦闘を再開する。


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから2日目~


〈フルートベール王国・王都〉


 アレックスとマリアは自分の領地へと避難するべく、馬車の順番を待っていた。王都では戦闘が繰り広げられ、時々聞こえる建物の倒壊する音や激しい爆発音が順番を待っている者達を恐怖に陥れる。


 子供の鳴き声、むせ返るような煙、アレックスは隣にいるマリアの腕をぎゅっと抱き締める。


 それに合わせてマリアは反対側の手を自分の腕に巻き付くようにしがみつくアレックスの手にそっと触れた。


 2人は目を合わせる。これから別々の馬車に乗る。2人が会えるのはこれが最後かもしれない。


 お互い自分の想いを言葉にしようと同時に声をだそうとしたその時、空から騎士のような出で立ちをした魔物が1体やって来た。その魔物はアレックス達と同じく順番待ちをしている民の前で着地を決めた。


 皆何事かと息を飲んで見守ると、馬に乗った人型の魔物が自分の口に手を突っ込み、体内から剣を取り出し始める。


「ひぃぃぃ!!」

「うわぁっ!!」


 剣の柄や刃には粘性の液体がドロリと付着し滴り落ちる。地面を不気味に湿らせた。その光景に背筋を氷らせるアレックスとマリア。


 身体が動かなかった。


 しかし次の瞬間、魔物はその剣を馬車の順番待ちをしている民に振り下ろす。


 首が落ち、残された胴体は血を吹き出しながら糸の切れた人形のようにその場に倒れた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」


 アレックスとマリアはお互いの皮膚がめり込むほど抱き締め合い、恐怖を圧し殺す。


 恐怖に震えて動くことができなかった。


 その間、1人斬り殺した魔物はそれを機に次々と民達を殺しながらアレックス達に近付いてきた。


 その場に力なく倒れる人達を見て、次は自分がああなる番なのかとアレックスは思う。


 ──馬車の順番よりも殺される順番の方が早く来るなんて……


 そんな冗談めかしたことを思いながら、正面に立つ騎士を見上げるアレックス。剣を振りかぶるのが見えた時アレックスは無意識に、隣にいるマリアを自分から突き離した。


 離れ際、マリアと目が合う。


「いや!!」


 この言葉にアレックスは笑顔で返した。無意識にマリアを救うことができたことに自分を褒め称えたいと思ったその時、アレックスの頭上で金属製の甲高い音が鼓膜を刺激する。


 直ぐにその音の出所を確認すると、マリアの婚約者であるレイが光の剣を振るい、騎士の持つ剣を弾いていた。その直後、騎士の頬を膝蹴りする新たな来訪者の姿が見える。その者は、膝蹴りした後、空中で方向転換し、レイの持つ光の剣と同質の剣を騎士の首目掛けて振り払った。


「良い判断だよレイ!」


 そう言って、その者はレイの肩をポンと叩くと、騎士は落馬し、塵となって消えた。


 呆気に取られているアレックスにマリアが安堵し、礼を言った。


「お兄様、レイ、ありがとうございます……」


「良いってことよ!マリアちゃん!!」


 レナードはウィンクしながら言った。


「それにまだ安心できない。とりあえずマリアちゃんとそのお友達は早く馬車に乗ると良いよ」


 レナードの言葉にアレックスは言った。


「あ、ありがとうございます!!」


 レナードは親指を立ててまたしてもウィンクしながらアレックスの礼に応えた。


「さぁ!早く馬車に……ってあれはやばそうだな……」


 レナードは上空を見つめて呟く。アレックスはつられてレナードの見やる方角を確認した。そこには先程倒したばかりの騎士が他に、20体以上も上空にいる。そしてその騎士達がこちらに向かって空を闊歩しているのが見えた。


 レナードとレイは騎士の群に向かって手を掲げ、唱えた。


「シューティングアロー!!」


 無数の光の筋が騎士の群に向かって突き進む。しかし、騎士達は馬を操り縦横無尽に動き回りながら、レナード達の魔法を避けた。


「よし、隊列が崩れた!今だ、全員逃げ……」


 それを見越していたのか、レナードはアレックス達に振り向いて言い放ったが、急に頭を押さえて倒れ込む。


 アレックスはレナードに駆け寄ろうとしたが、自分にもその激しい頭痛が襲った。


「うっ!!」


 頭を抱えるアレックスは、痛みに堪えながらマリアを心配した。マリアも同様に頭を押さえていた。


「マ…リア……」


 レイもその場にひざまずき頭を押さえる。アレックスには何が起きているのかわからなかった。その間にも騎士達が押し寄せる。


「このままじゃ……」


 アレックスの予想通り、地上に降り立った騎士達は民達の首をはね飛ばす。首のない胴体は、脳から送られた直前の信号を受け取りしばらく直立したままだ。


 アレックスは頭痛に苛まれながら、その首のない身体に見覚えがあるのを思い出す。痛覚と伴に流れ込む記憶。首のない魔物が剣を振るう姿。それを青い炎によって討伐する少年。鎌を振るう白髪にツインテールの少女。メイド姿の者と懸命に戦う自分の記憶。


 アレックスは全てを思い出した。


 束の間、流れ込む記憶に思考を奪われたアレックスは騎士達の動向を追った。レナードやレイだけでなくマリアはアレックスよりも頭痛が早く治ったのか、アレックスの前に立って騎士達と戦っている。


 アレックスは立ち上がり、マリアの肩に手を置くと優しく微笑みかけ、レイとレナードの戦う前線へ歩いた。


 マリアがアレックスを止めようとして伸ばした手をしまうのを背中で感じながら、騎士達に向かってアレックスは魔法を唱えた。


「インフェルノ!!」


 青い炎が騎士達のまたがる馬の足元から噴き上がる。馬はいななき、前足を高く上げ、上に乗る騎士を仰け反らせながら焼失させる。


 レナードとレイは青い炎に照らされ、呆然としていた。アレックスはそんな2人に声をかける。


「レイ、マリアを宜しく。レナードさんもありがとうございました」


 アレックスから沸き上がる魔力や威圧感をレイとレナードは肌で感じると、レナードが口を開いた。


「さ、最近の女の子はこんなにも強いんだね……」


「そうみたいだ……」


 レナードの言葉に相づちを打つレイ。アレックスは後ろを振り返ってマリアに声をかけた。


「今まで仲良くしてくれてありがとう!」


 アレックスは一歩踏み出して、騎士達のやって来る王都南西部へと向かおうとしたが、後ろからマリアに抱き付かれた。


「アレックス!お礼を言うのは私の方。今まで貴方に何度救われたか……だから、絶対戻ってきて!!」


 アレックスはいつものような快活で元気な返事をする。


「うん!!」


 アレックスは走った。アレックスの後ろ姿を見て、レナードは頬を赤く染めながら言う。


「彼女、恋人とかいるんだろうか?」


 レイは言った。


「狙っているのならやめておけ、アレックスには好きな男がいる」


 レナードは悔しがるような視線をレイに向けながら尋ねる。


「一体どんな男なんだ!?」


「ハルだ」


 レナードは呆然としながら呟いた。


「彼か……彼なら仕方ないな……」 

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