第388話
~ハルが異世界召喚されてから2日目~
とある研究者のコンピューターに入り込んだディータは難なく目的のデータを回収し、自分が神として統治していた世界へと送信した。
◆ ◆ ◆ ◆
異世界と現実世界の狭間を駆け抜けるディータは、目の前を右往左往するハルと出会う。
「こんなところで何してるの!?」
ディータは尋ねた。
「父さんのところに行きたいんだけど、ここどこよ!?」
「計画性がないね。ここで僕と会わなければどうしていたのさ?」
「知らないよ!勢いでここまで来ちゃったんだから!!」
はぁ、と溜め息をつくディータはハルに告げる。
「まぁ、ちょうど良いと言えばちょうど良かったのかも……君はさ、お父さんのところへ行ってどうするつもりだい?」
「…僕とミラちゃんのスキルを解除してもらおうと……」
「なるほど。あの異世界で2人で住むってのが目的ね」
「…2人でなんて…ミラちゃんはそれを望んでいないと思うけど…取り敢えず彼女を悩ますスキルは解きたいんだ」
「意気地がないね……」
ディータは続けた。
「それにしても、君のお父さんがそれを、スキル解除を拒んだらどうするつもりだい?」
「…えっと……」
またしても溜め息をつくディータは提案する。
「良いかい?君とミラのスキル解除には君のお父さんとミラのお母さんの生体認証データが必要なんだ」
「生体認証?」
「そう、まぁ簡単に言えば君のお父さんの身体とミラのお母さんの身体が必要になる」
理解を示すように頷くハルにディータは続けて言った。
「もし君の要求がすんなり受け入れられたなら僕は何もしないけど、そんなことあると思う?」
「僕が頼めば何とかなるってペシュメルガは言ってたけど……」
「…確かに君のスキルは何とかなりそうだけどミラの母親を説得するのはまずもって無理だ」
「ど、どうして!?」
「話せばわかると思うよ」
「…でも説得するしかないんだ!!」
「説得するだけで解決できるならこの世から戦争はなくなるはずさ。だから良く聞いて、今から僕は現実世界にあるみんなのデータを盗むつもりなんだ」
ハルは首を傾げる。
「みんなのデータ?」
「これまで君が何回も戻った時のデータを僕は隠蔽しながら現実世界に送っていたんだ。その隠蔽していた部分を今から回収しに行く。きっと今回のことで僕が本来のデータを何処かに隠して送っていると勘づかれると思うからね」
それが研究者達に回収されれば、実験の継続が臨まれるだろう。そうすればまたハルやミラのAI、もしかしたら誰か別の研究者の子供がその対象となるかもしれない。ハルはわからないながらも頷いている。
「そのデータを回収できれば、今続々と聞こえてくる向こうの世界の人々達の苦痛も和らげることができると思うしね」
「え?向こうの世界で何が起きてるの!?」
「君は君の仕事をすべきだよ。自分のことに集中するんだ」
ディータは続ける。
「僕がそのデータを回収したあと、君のお父さんとミラのお母さんの生体認証データを盗む。それが手に入れば君のスキルやミラのスキルを解除できるだけでなく、現実世界と向こうの世界を切り離すことができると思うんだ」
「そんなこともできるの!?」
「厳密に言えば、カモフラージュだね。ペシュメルガが自分の地下帝国を現実世界の人たちから気付かれずに造れたように、向こうの世界そのものを隠蔽できるはずだよ。そうすれば完全に独立した世界となって暮らすことができる」
ハルの表情が明るくなった。
「じゃあ僕はどうすれば?」
「君はなるべく時間を稼いでくれ」
ハルは頷くとディータは破顔し、ハルを抱き締める。
「今までごめんね。こんな不甲斐ない神様で」
「…君も僕の父さんから造られたんだろ?兄弟みたいなもんじゃないか」
「アハハハ、そうだね。兄弟なら助け合うのが普通だね」
◆ ◆ ◆ ◆
──よし、これでしばらく向こうの世界は安定するはず。あとは……
ディータは現実世界にある研究室のコンピューターに忍び込もうと回線を泳ぐ。そして行き着いた場所は、幾つものセキュリティシステムが張り巡らされた空間だ。
息を飲むディータは、生体認証データを盗むべく足を進めた。
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~ハルが異世界召喚されてから2日目~
〈クロス遺跡・地下施設〉
恒星テラが地上を照らす昼でもここに光が射すことはない。じめじめとした湿気が身体に纏わりつく。
ユリは奴隷となってから、深い眠りについたことはなかった。横になり、鍵のかかっていないこの部屋の天井をただ呆然と眺める日々。
そんなユリにとってのいつもの日常が突如として崩れる。
頭が割れるような激しい頭痛がユリを襲った。
拷問に耐える日々を送っていたユリだが、その頭痛によってベッドと呼ぶには相応しくもない自分の寝床で足をバタつかせる。
眉間に皺を寄せながら目をぎゅっと閉じて痛みを堪える。頭痛と共に様々な映像が流れ込んできた。
母の死。絶望の底の底に沈む感覚。
「ぃゃ……」
そう呟いたユリだが、否応なく映像が流れ込む。それはまたしても母の死であった。しかし、今回沸き上がるのは悲しい感情だけでなく、決然とした意志がユリにはあった。前回の触れるだけで壊れてしまいそうな脆い心ではなく。何をされても揺るがない何かが胸の奥にあった。
そして見たこともない黒髪の少年と一緒に過ごした記憶。時には誰かと戦い、分かり合えた記憶。それは頭の痛みを忘れる程の、温かいものだった。長らく満足に寝れていなかったユリには眩しすぎる夢のような日々が彼女を優しく包む。
そしてユリは寝床から出た。
虚ろな視点は鮮明となり、地についた両足はキチンとユリを支える。自然と背筋が伸び、ユリは歩き出した。
地下施設にはおそらく誰かしらがいるはずだが、ユリは全く気にせず歩いた。
半透明の筒のような入れ物に入れられ、液体に浸かっている母親をユリは見つける。突然頭痛と伴に脳内を駆け巡った記憶通りの光景だ。前もって心の準備をしていたユリだが、実際に見るとやはり心が痛む。口元を歪めたユリは気を取り直して、記憶の中で黒髪の少年が行っていた作業をする。
母親の入っている入れ物の近くにあった作業台を眺めるユリは、一通り吟味した後水色のボタンを押す。
すると入れ物がユリの母を残しつつ上から下へと地中に収納されながら動き出す。入れ物の内部を満たしていた液体がこぼれだし、ユリの足元を濡らした。
溢れる流水に身を委ねる母親をユリは抱き締めながら持ち上げ、入れ物が完全に地中へと収納される前に救出した。
「お母さん……」
ユリの母親はか細い声で娘の呼び掛けに答えた。
「…ユリ……」
うっすらと目を開ける母にユリは笑いかける。
「…ユリなのね……?あぁ、こんなに大きくなって……」
ユリの母はユリに抱かれながら震える手をなんとか持ち上げ、ユリの頬に触れる。
生気を失ったボロボロの手なのだが、その手が頬に触れた瞬間、柔らかな陽だまりに包まれた気がした。
ユリは頬に触れる母の手を片手で握ると、目を閉じて噛み締める。
「コラコラ、何をしているんですか?」
何年ぶりかの母親との再開に水を差す声が聞こえる。そこには地下施設の責任者たるグレアム司祭が複数の護衛を引き連れて出口を塞ぐように立っていた。
ユリの母は、喉を振り絞って言う。
「…逃げて……私を置いて……」
「そんなことは絶対にしない。お母さんが私を守ってくれたように今度は私がお母さんを守るからね」
ユリは母を丁寧に横たわらせると、グレアム司祭達に告げる。
「私達を逃がしてくれるなら、貴方達に危害は加えません」
ユリの発言にグレアム司祭はおどけた表情で引き連れた護衛達と視線を交わす。一通り視線をまじわらせ、お互いに思っていることを無言で共有すると、グレアム司祭は言った。
「ユリがそのような発言ができるようになって嬉しいのですね……」
グレアム司祭は顎に手を当てて考えてから、ポンと手を叩いてから発言した。
「それではユリには特別な機会を与えましょう」
グレアム司祭は後ろを振り返って告げる。
「レッサーデーモンを連れてきなさい」
その発言に横たわるユリの母は目を剥き、命じられた護衛達も戸惑う。
「あれはまだ試作段階では……」
「もう少しでベルモンド様がいらっしゃるんだ。実践の経験を与えるのにはちょうどよい」
「しかし……」と言いながらも護衛の1人は地下施設の奥へと消え、直ぐに禍々しい魔物レッサーデーモンを引き連れてきた。
大人しく自分に従うレッサーデーモンを横に、グレアム司祭は満足気に言った。
「この魔物にユリが勝てたら、母親もろとも解放してあげましょう」
グレアム司祭にとって、ユリを多少痛め付ける程度の提案だったが、ユリにとっては好都合であった。
ユリはレッサーデーモンの前に立ち、その場で涙を流した。レッサーデーモンはその場で倒れ、ユリの隷属の首輪が砕け散る。
「は?」
グレアム司祭の呆けた声が地下施設に情けなく響いた。背後ではユリの母も息を飲むのがわかった。
ユリは涙を拭いながら告げる。
「妖精族の涙は、魔族の涙に替わってしまったの。貴方の慕うベルモンドって人は私達にこの魔物が付けている魔道具を装着させて無理矢理涙を流させるようにって言ってたでしょ?そしたらどうなっていたと思う?貴方は私が涙を流したことに歓喜しながら死んでしまうの」
「う、嘘だ…嘘だ!!」
グレアム司祭はそう言うと、仕えている護衛に命令した。
「この娘を取り押さえろ!!」
護衛達は、戸惑いながらその命令に従う。ユリに向かって3人の護衛が襲い掛かる。
ユリはアイテムボックスからエアブレイドを取り出した。襲い掛かる3人の護衛にエアブレイドの束の部分をすれ違い様に押し当て、気絶させる。端から見ればユリとすれ違っただけで護衛達が倒れてしまうように見えただろう。
残るグレアム司祭にユリはエアブレイドの切っ先を突きつける。
「ヒィ!!」
と情けない声を発するグレアム司祭にユリは命令した。
「その魔物の付けていた魔道具を自分に装備なさい」
ユリの命令にグレアム司祭は反射的に拒絶すると、ユリはエアブレイドを振るった。
グレアム司祭は目の前を残像を焼き付けながら通りすぎる剣に恐怖するが、自分含め倒れている護衛達を見て、ユリが人を殺せないのではないかと、半ば確信めいた考えがひらめく。
すると、グレアム司祭に笑みが溢れた。
「フフフフやはり心優しいなぁ、ユリ!!」
しかし、自分の手の甲に液体が雫となって落ちてきたことに違和感を覚える。それに、頬をくすぐるように生温かいものが上から下へと這っていくのがわかった。グレアム司祭は恐る恐る頬に手を振れると、健康的な赤い色をした血液が付着していることに驚く。その直後、頬に伝わる鋭い熱をグレアム司祭は感じ始めた。
「あつっ!!あぁぁぁぁぁ!!」
その熱は痛覚となって、グレアム司祭を支配する。
「早くしないとその傷と似たようなものが他にもできるわよ?」
ユリの発言に恐怖したグレアム司祭は言う通りに、魔道具を装着した。
ユリは命ずる。
「私達の目の前に今後現れないよう、一生独房にいなさい」
頬から血を流す老齢なグレアム司祭は、子供のような泣き顔をユリに見せながら、魔道具のせいで強制的に歩きだし、ユリの視界から消える。
ユリはふぅと息を吐き、横たわる母親を抱きかかえ、地上へ向かった。
人が変わったようなユリを見て、母親は尋ねる。
「一体何があったの?」
ユリは階段を駆け上がりながら言った。
「夢を見たの。とても、とても眩しい夢を……」
懐かしみながら、その夢を優しく撫でるようにユリは言った。
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