第387話
~ハルが異世界召喚されてから2日目~
クルツ・マキャベリーは水晶玉の前で腕を組ながら立っている。各地に派遣した帝国の戦力達の戦況があまり芳しくない。
とうとうアジールが神と戦いを引き起こした。こうなることを恐れていたマキャベリーとチェルザーレは、早めにアジールを潰す必要があったのだ。予想ではもっと先の話だと思っていた。しかし各地にいる帝国の密偵による情報からすると、世界中で同時多発的に魔物に襲われているとのことだ。
その最も中心と思われるフルートベール王国には帝国の最高戦力を送ったが、やはり戦況はよくなかった。
「もっと準備できる時間があれば……」
マキャベリーはそう呟くと、水晶玉が光る。獣人国からの通信だ。最も戦力としては劣っている国からの連絡。マキャベリーは覚悟を持って応答し、耳を傾けた。
『獣人国反乱軍は現在、王国軍と協調し、お互いを攻撃する魔物達と交戦しております』
帝国の密偵にして獣人国宰相のハロルドからの連絡だ。ハロルドの声の他に雄叫びや悲鳴が聞こえる。まさしく戦地に赴いて確実な戦況を報告しているのが窺える。
「どのような状況ですか?」
『はい。サリエリ様率いる反乱軍幹部によって一時は善戦したものの魔物の強度が上がり、押されております……』
どの国も同じような状況だ。マキャベリーはそのままじり貧に戦力が潰されることを予想する。どれだけ戦えばこの魔物の大群は止まるのだろうか。マキャベリーには答えがわかっていた。
人類が滅ぶまで。
そうであるならば、人類は神に真っ向から立ち向かうべきだとマキャベリーは思い至る。その時、マキャベリーは頭痛に襲われた。頭を押さえながらその場でうずくまると、瞼の裏側に映像が写し出された。
ポーツマス城が襲われ、ランスロットのパーティーメンバーでありペシュメルガの右腕と目されるエレインと自分が戦っている映像だ。そして次に、チェルザーレとマキャベリーと黒髪の少年がワイン片手にアジールについて話し合っている光景が写し出される。
突如として、思い出される記憶にマキャベリーは困惑する。
「今のは一体……」
するとハロルドとまだ通信が繋がっている水晶玉から歓声が聞こえた。そしてハロルドが口を開く。
『い、今しがた若い獣人が敵を蹴散らしております…し、信じられない強さです!!』
すると、各地から戦況を報告する通信が入り乱れた。どれも戦況が好転する報告であった。
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~ハルが異世界召喚されてから2日目~
〈獣人国、マキャベリーがハロルドと通信する少し前〉
ダルトンはサバナ平原で見ただけで身震いするほど凶悪な魔物を前にして怯えていた。腕がいくつも生え、三つの顔を持つ二足歩行の魔物。上半身にある幾つもの手には戦った兵士の腕や足が握られていた。それが王国軍の兵士のなのか反乱軍の兵士のなのかわからない。
昨夜同じ隊のロバートにダルトンの慕っていたイアンを殺せと命令されてから、ここまで怒涛の流れに身を任せる他なかった。
反乱軍に占拠された村を取り返したまでは良かったが、あろうことかダルトンの味方の兵士達は無抵抗の反乱軍兵士を虐殺した。ダルトンはその虐殺に手をかさなかった罪により、ダルトンと同じく手を出さなかったイアンを殺すように命ぜられる。
しかしその時、村の周囲から見たこともない魔物が大量に現れダルトン達は再び村をその魔物達に明け渡す形となった。何が起きているのかわからないダルトン達は、味方の軍と合流するべく魔物達がひしめく森の中をさまよった。
もともと自分達が遊び場としていた地の利を生かして、魔物と接敵しないよう迂回しながら軍と合流することに成功する。そこで再びダルトン達は驚愕した。
反乱軍と獣人国軍が手を取り合って魔物の大軍と戦っていたのだ。
押され気味である戦況によって、合流して間もないダルトン達も早速戦力として前線へと送られてしまう。
「クソ!少しは休ませろっての」
ロバートの言葉にダルトンは同意する。しかし、押し寄せる魔物達を見て黙った。
腕を幾つも生やした二足歩行の魔物達が森の切れ間に佇んでいる。近づく反乱軍と獣人国軍の連合軍だが、幾つもの手がそれぞれバラバラに動き出して攻撃を繰り出してくる。飛び道具は刺さったままだったり、ぶつかって跳ね返るだけでありダメージがあるかわからない。魔物達の行軍の速度が遅いのは不幸中の幸いだった。
ジリジリと後退する連合軍だが、1人だけ
黒い毛並みをなびかせながらその魔物と良い勝負をする者がいた。
反乱軍幹部のバーンズだ。
ダルトンはバーンズが嵌めている見たこともない魔道具が起動するのを目撃する。手に嵌めたグローブ型の魔道具は魔力を通されると、目にも止まらぬ早さで魔物を倒す。
一撃で魔物が倒れ、そこに追い討ちをかけるように反乱軍の兵士達が槍や剣、思い思いの武器を持って倒れた魔物に止めを刺そうとする。既にこの連携で何体かの魔物を倒しているのか、連携がしっかりととれていた。
「しゃぁ!!次ぃぃ!!」
バーンズの戦闘で士気が上がる連合軍だが、それも長くは続かないとダルトンは分析した。バーンズは逞しい雄叫びをあげてはいるが、既に肩で呼吸をしており、汗だくだったからだ。
せめて自分に同じような力があれば、バーンズを休ませることが出来た筈だ。
「ダルトン、あぶない!!」
味方のポーアの声によって、ダルトンは迫り来る腕の餌食になることはなかったが、その場に尻餅をついてしまった。魔物を見上げるダルトン。味方達は、逃げろ、立て等と叫んでいる。
魔物はまだダルトンが尻餅をついたことに気付いていない。今のうちに立とうとしたダルトンだが、突如として頭痛に襲われる。
「ぐっ……どうしてこんな時に……」
頭を押さえるダルトンはその場でうずくまると、魔物がダルトンの存在に気が付いた。
仲間達の声は一層強まる。何人かは、ダルトンに駆け寄って来るが、他の魔物によってそのルートを絶たれる。
頭の痛みを堪えながらダルトンの視覚は魔物を捉えつつも、もう1つの映像が過る。イアンを後ろから刺す光景、そうかと思えばイアンを刺さずにロバートに立ち向かう光景と妹フィルビーと抱き合っている光景、黒髪の少年にひざまずいている光景が見えた。
──なんだ…これは……
魔物の腕がダルトンを掴みとろうとした。
「ダルトン!!」
「逃げろ!!」
「やめろぉぉぉ!!!」
洞窟の中で反響しているような仲間の声が聞こえた時、ダルトンは全てを思い出した。
ダルトンはアイテムボックスからフロストドラゴンの牙で作られた短剣を取り出して、迫り来る魔物の腕を切り付けた。その魔物は一瞬にして凍り付き、倒れた拍子に冷気を帯ながらくだけ散る。
それを見た仲間達は呆然としている。
「え?」
「は?」
「どうした?」
ダルトンは立ち上がり、立ち並ぶ魔物の群を一瞬にして凍らせた。体力消耗により苦戦していたバーンズの元に駆け付けたダルトンは言った。
「ここは一旦、あんたに任せる」
バーンズはダルトンの衝撃的な強さにより目を剥きながら尋ねた。
「はぁ、はぁ、誰だお前……」
バーンズの質問にダルトンは答えた。
「ダルトン・コールフィールド。ひとまず戦況を確認するため、あんたのとこのリーダーに会わせてくれ」
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