第384話
~ハルが異世界召喚されてからか2日目~
ペシュメルガは、エレインと共にメフィストフェレスと激しい攻防を空中で繰り広げていた。
おびただしい数の騎兵達をものともせず、目の前の強敵を相手にする。天界の者と繋がっているだけでなく、その者によってメフィストフェレスの力が強化されていた。
メフィストフェレスが鋭い爪を勢いよく振るうと斬撃のような攻撃が飛んで来る。虚空を斬り裂きながらペシュメルガに向かって迫るが、ペシュメルガは黒剣でそれを簡単に弾いた。弾かれた斬撃はそのまま騎士達を微塵に斬り裂いていく。大魔導時代に戦った時の攻撃力と速度をゆうに超えていると、ペシュメルガは黒剣越しで感じていた。
「ニャッハハハハハハハハハ!!!」
メフィストフェレスの耳障りな笑い声と癇に触るにやけた表情を凍らそうとエレインは魔法を唱えた。
「白夜!」
周囲をいてつく空気が覆うが、魔力を練り上げるメフィストフェレスは魔法同士をぶつけるようにして唱えた。
「篝火」
いてつく空気を燃やし尽くす黒い炎の柱がメフィストフェレスを囲うように出現する。エレインの魔法は、自分の周囲にいる騎士達にしかダメージを与えなかった。メフィストフェレスは自身の唱えた炎の柱を突き抜け、今度はエレインに向かって鋭い爪を突き立てながら空中を滑空する。
ペシュメルガは炎の揺らめきを読み取り、ディータによって押し付けられた尖端に月のシンボルが付いているステッキをエレインに向かって振ると、メフィストフェレスの攻撃は見えない壁によって弾かれる。
強固な壁によって仰け反るメフィストフェレスにエレインは鉄扇を振り払ってメフィストフェレスの胸を真一文字に斬り裂いた。
大量の血が胸から吹き出すがメフィストフェレスの傷は瞬時に癒える。それは魔族の涙を使ったわけではなく、天界に住まう者に与えられた治癒力によって回復しているのだ。
メフィストフェレスはふさがった傷に満足そうな顔をしたが、すぐに顔をしかめてペシュメルガの手元を見ながら言った。
「厄介だな、それ」
ペシュメルガの着る漆黒のフルプレートによって白く輝くステッキは若干不自然に見えるが、握る手に不思議と馴染んでいた。
サナトスの唱えていた障壁が消え、ハルがメフィストフェレスの胸に現れた天界の扉に入ったのを機に、ディータはこの世界と天界、つまりは異世界と現実世界の狭間である自分の領域へと戻って行った。
王都は地獄と化し、空からヨハネの黙示録に出てくるような騎兵が群をなして現れ、世界各地でこれまたヨハネの黙示録に出てくる獣のような魔物達が出現しているのをディータは感じ取っていた。自分が天界の者達に叛逆を起こしたことが明るみとなったのをディータは悟る。そして自分の領域に戻るその前にステッキをペシュメルガに無理矢理渡したのだ。
ステッキを握る手に力が入るペシュメルガにメフィストフェレスは言った。
「しかし、思い出さないか?かつて我々が戦った時のことを」
大魔導時代が終焉した戦い。あの時と違うのは、メフィストフェレスの息子であるファウストがいないことだ。ペシュメルガとエレインは同時にそう思うと、メフィストフェレスは顔を嫌らしく歪めて言った。
「ファウストがいない…そう思ったにゃ?全くもって哀れな息子であった……」
ファウストについて語られ、エレインが声を荒げた。
「ええ、そうね!貴方の息子であったのがとても可哀想だった」
「あの時、私を殺していれば息子は死なずにすんだのになぁ……」
ペシュメルガとエレインは疑問に思う。先に解答に辿り着いたのはペシュメルガだった。
「まさか……」
ペシュメルガはそう呟くとメフィストフェレスは笑った。
「そうだ!私がミストフェリーズとしてお前らの前に現れた際、ファウストは直ぐに私だと気が付いた。それも息子は私が輪廻転生による単なる記憶の引き継ぎ等ではなく、私自身だとファウストは確信していた。やはり親子の絆というのは切りたくても切れないものなのにゃ♪」
最後だけミストフェリーズのような悪戯な言い回しをする。
「だから殺したの?」
エレインは目を見開いて尋ねる。
「そうにゃ♪マルセラ様に相談したらそれとなくその機会をつくってくれたにゃ♪」
それを聞いたエレインは我を忘れて、メフィストフェレスに向かって突進した。
「よせ!」
ペシュメルガは止めたが、エレインは止まらない。エレインの鉄扇がメフィストフェレスを両断するように振り下ろされる。鉄扇の威力によりメフィストフェレスは右半身と左半身の2つに別れるがしかし直ぐにくっつき、エレインの胸を鋭利な爪で貫いた。
エレインは胸と口から大量の血を出しながら、自分の胸を貫いたメフィストフェレスの手首を掴むとニヤリと笑い、エレインは唱える。
「な、何をするつもりにゃ!?」
至近距離でメフィストフェレスは疑問を呈するが、その解答は直ぐに示された。
「風爆殺」
塵も残さんとするその魔法をメフィストフェレスは諸に受けた。
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁ!!」
爆発が巻き起こり、辺りにいた騎士達もその爆発の餌食となった。エレインはメフィストフェレスに空けられた穴を修復しようと、弱々しく下降しながら回復魔法を唱える。しかしその背後からメフィストフェレスが五体満足の状態で鋭い爪を突き立てていた。傷付き、魔力を消耗したエレインに襲い掛かろうとするが、それをペシュメルガが間に入り、黒剣で受け止める。
ペシュメルガの眼前に迫りながらメフィストフェレスは言った。
「マルセラ様より賜ったこの身体は不死身なのにゃ♪」
ペシュメルガはメフィストフェレスを無視してエレインに言った。
「回復につとめ──」
回復につとめろ。そう言おうとしたその時、背後にいるエレインの鉄扇がペシュメルガの鎧の背部を貫く。ペシュメルガは咄嗟にその場から離れた。そのお陰で鎧の背面が破壊されただけで背に傷はつかなかった。しかし、戦況は悪化していた。
エレインは胸に風穴が空いた状態で翼を広げ、虚ろな視線でペシュメルガを見ている。
メフィストフェレスが笑いながら解説した。
「にゃはははは!!にゃ~の爪で貫かれた者はにゃ~に従うようになるにゃ♪エージェントスミスにゃ♪」
両手を広げたメフィストフェレスは、両手の指をパチンと鳴らすと、彼の背後から2人の影が現れる。
ペシュメルガはその見覚えのある2人の影を見て言った。
「ランスロット、サナトス……」
楽しさの絶頂にあるメフィストフェレスは告げる。
「にゃはははは!Dランクパーティーのピエロットがお前の相手になるにゃ♪」
ペシュメルガのそれぞれ握る黒剣とステッキに力が入った。
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~ハルが異世界召喚されてから2日目~
〈フルートベール王国領・城塞都市トラン〉
1日の疲れをとるために寝静まる筈のここトランでは、日付が変わって間もないというのに、大きな騒ぎが起こっている。
宮廷魔道師であるギラバは現状確認に勤しんでいた。
「帝国の動きはどうなっている!?」
トラン付近にある帝国と国境をわかつ関所から来た兵は答える。
「今にも関所を突破しようと帝国兵が大挙して押し寄せております!!」
ギラバは帝国の奇行に思案を巡らす。
──なぜこの時間に、このようなことを!?半月に迫った戦争は陽動で、ここトランが本命なのか!?
その時ギラバのいる部屋の扉は開かれ、王都より戦士長のイズナが王命と共に馳せ参じた。ギラバはイズナに告げる。
「やはり帝国の狙いはトランなのですね!?」
しかし、イズナはかぶりを振って言った。
「現在、王都が魔物により襲われている!その為、国王陛下は帝国と休戦協定を交わし、同時に軍事同盟を結んだ!!」
「は?」
イズナの言葉が全く頭に入って来なかった。
「王都が襲われている?帝国と同盟?何を言っている?」
詳しく話している時間はないが、と前置きをしてイズナはギラバに説明した。説明を聞いたギラバはまだ混乱がおさまらない内に口を開く。
「そ、それで今から関所の門を開けて帝国の援軍を王都へ送ると?そんな話を信じられると思うか!?」
「信じてください!」
「無理だ!帝国に騙されている!!それに帝国の援軍ではなくここから兵を連れていけば良いだろう!?」
「王都を襲う魔物は、それ1体が私とほぼ同等の強さだ」
ギラバはその言葉に面食らうが、返答する。
「だったら帝国の兵を送ったところで対して戦況は変わらないではないか!!剣聖も復活したのだろう?」
「ここの兵力だけでは足りないのです!」
イズナはそう言って、ギラバに玉爾を渡して関所へと向かおうとした。
ギラバは玉爾が本物であるかどうかを確認した。当然、本物である。本物であるが納得のいかないギラバは周囲にいる兵達に訴える。
「騙されている!お前達!このまま戦士長を行かせて、この王国を滅ぼされてもいいのか!?」
ギラバと同じ立場の兵達もやはりイズナの言っていることを信じられないでいた。お互いの顔を見合せ、イズナを部屋から出さないように扉を固め始める。
「これは王国や帝国と言った国家間の問題ではない!人類の存続に関わることだ!いくらお前達が止めようとしたところで私は止まらぬ!!」
イズナの胆力に気圧され、兵達は退いた。ギラバもその1人だがしかし、一対一でこの距離ならばイズナには勝てない。ギラバはイズナの動向を追い、好機を待つことにした。トランを出て関所へと向かう道中、ギラバはイズナをどのように説得すべきか、或いはどのように行動すべきかを考える。
──いや、最早戦士長を止めることはできない。ならば関所が開いたと同時に帝国の者、地位の高い誰かを攻撃すれば良い……元々いがみ合っていた仲だ。必ず混乱し疑心暗鬼に陥るはず。その隙に王都へと向かってことの真相を突き止めるべきか……
作戦の固まったギラバは、イズナに従う振りをした。
いざ帝国軍が押し寄せる関所の門まで近づくと、流石のイズナも緊張を隠せない。イズナ程の頭脳を持ち合わせていれば、ギラバの言っていたことを理解している筈だし、混乱に乗じて帝国が王国を陥れようとしているかもしれない。そんな思考が脳裏に過るのも当然だ。
そんなイズナ達、王国兵の気持ちを無視するかのように関所の門がゆっくり開く。
関所にいる兵達のざわめき始めた。そして門の外側から額当てをした男と燃えるような赤い髪をした少女がゆっくりと歩みを進めてイズナに近付く。
ギラバは思った。
──この2人がこの軍の責任者か……
赤い髪の少女がイズナと握手を交わそうとしたその時、ギラバは第二階級魔法のフレイムを少女に放った。
「くらえ!!」
燃え盛る火炎に包まれる少女。イズナはギラバに向かって魔法を止めるようにと駆け寄るが、それを額当てをした帝国の男が止める。
額当ての男はイズナを止めつつ、周囲を警戒していた。それに構わずギラバは魔法を唱え続けた。
──これで、この帝国に騙されずにすむ!!
ギラバがそう思った矢先、関所全体を殺気が覆った。その殺気に当てられたギラバはようやく唱えていた魔法を止める。
そして殺気を放っている者を見た。国境をわかつ壁の上にその者がいた。白髪をツインテールにした少女がギラバに鋭い視線を送る。
ギラバはその少女に恐れ慄き、いつもの癖でステータスを盗み見た。
「レ、レベル75!?」
たじろぐギラバに更なる追い討ちがかけられる。先程唱えた第二階級火属性魔法の餌食となったはずの赤い髪の少女が火傷もせず、無傷で現れたのだ。
「今のは友好の証として受け取っておく。だが次は容赦なく殺すからな」
赤い髪の少女の視線にギラバはその場で尻餅をついた。そしてその少女のレベルを確認する。
「レベル82……」
赤い髪の少女は戦士長イズナに向かって王都への道のりを先導するように促すと、この場から去った。それに帝国の兵士達も続く。ギラバはその場で動くことができず、行軍をただただ眺めていた。
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