第382話

◆ ◆ ◆ ◆


〈前回の世界線〉


 ペシュメルガはハルの突き立てた黒剣に向かって自ら突き刺さる。血を吐き出しながらペシュメルガは言った。

 

「お前に、この世界を壊せる程の力を与えてやる……」


「そ、そこまでして、どうして!?」


「それは腹が立つからだ。ディータはお前の味方でもあり私の味方であった。正確に言えば私の味方となった、か……実に腹立たしいことだ。いいか?次の世界線でこの剣を私に突き刺せ……」


 ペシュメルガの言葉にハルは動揺した。


「そ、それになんの意味があるんだ!?」


「意味は刺した後にわかる…あとは、お前の好きにしろ……」


「す、好きにしろって!?」


◆ ◆ ◆ ◆


~ハルが異世界召喚されてから2日目~


 ペシュメルガは右顔面を押さえるメフィストフェレスに言葉を投げ掛ける。


「お前がフェレスと名乗った時、メフィストフェレスだと疑った。だがそれは、私と同じように死の縁にあるミストフェリーズにメフィストフェレスの魂が乗り移っただけなのかと思った。お前の事だ、いずれは私に復讐しようと考えていたのかもしれないな。だから私は常にお前のことを観察していた。見事だった。お前は私の前ではボロをださなかった。しかし私は前回の世界線でハルのすべての記憶を見た」


 メフィストフェレスは片眼を押さえながら過去にハルと出会ってからのことを思い出す。ペシュメルガは続けて言った。


「お前はハルにアイテムボックスを教えようとした時、その中から様々なアイテムを自慢気に取り出していたな。その中に竜の頭蓋骨があった」


 メフィストフェレスは、右顔面を押さえながらハッとした表情を浮かべる。


「あれは竜族の長、私の父の頭蓋骨だ。魂だけが乗り移ったのならばアイテムは引き継がれること等ない。完全に消滅させた筈なのに何故それが可能か?答えはお前が天界の誰かしらと繋がりを持ち、過去のお前のデータを復元したからだ。この世界の裏側をリークすることでお前は息長らえていたのだろう?だがそれはつまり、お前をこの剣で貫けば天界への扉が開かれるということだ」


 顔面を押さえるメフィストフェレスの胸から蒼白い光が発光する。それを見たペシュメルガは顔をしかめて言った。


「ハルの記憶を見てわかったことが他にもある……」


 ペシュメルガはルナに乗り移ったディータを見た。


「お前がハルの記憶や私達に関するデータを天界へ送らないようにしてたのだろう?」


 それは何故か、と問いただすような視線をディータに注ぐと、ディータは答えた。


「自由意志……」 


 それだけで十分な回答だった。ペシュメルガはフンと鼻を鳴らして、ハルに問い掛ける。


「さぁ、中に入るんだ」


 メフィストフェレスの胸に顎をしゃくるペシュメルガ。


「え、でも……」


「急いだ方が良い。障壁も消えた今、天界では騒ぎになっているだろうからな」


 ハルはルナに乗り移ったディータを見た後、意を決してメフィストフェレスの胸に飛び込んだ。


 吸い込まれるように、消えていったハルを見送るペシュメルガとディータは、お互いに目を合わせる。


「君は行かなくて良かったのかい?」


「あぁ、ハルが適任だ」


 この時、ハルに撒かれたエレインがペシュメルガ達の元へとやって来る。


「これは、一体どういうことなのですか?」


 すると、メフィストフェレスが不敵に笑う。右目を押さえながら、無傷の口が捲し立てられた。フェレスであった時の名残が喋り方に表れていた。


「ニャッハッハハハハハハハ!!この世界はもう終わりだ!!マルセラ様は元々この世界を滅ぼそうとしていたにゃ!!これから本当の神による裁きがお前達の元に落ちるだろう!!」


 メフィストフェレスは右顔面を押さえるのを止めた。そこには赤い蛇の目が露となった。左目には元々銀色に輝くの猫の目がある。鋭い爪に漆黒の翼を広げた。


 エレインは呟く。


「メフィストフェレス!?」 


 過去に自分達が葬った魔族の王がいることに驚いている。ペシュメルガは黒剣で傷付けたメフィストフェレスの傷が修復しているのを見てとった。


「もう対応するか……」


 そして天から巨大な七つの鉢が現れ、一つ一つ地上に向かって傾けられると、雷鳴が轟き、地震が起こる。どこからともなく硫黄のような臭いが漂い始め、空から大量の騎兵が出現すると、メフィストフェレスは叫び散らす。


「ハルマゲドンが始まった!!」 


 半狂乱となったメフィストフェレスを見据えながらペシュメルガはエレインに言った。


「来るぞ……」


 メフィストフェレスは両眼に宿らせた異なる目を怪しく歪めながれペシュメルガに向かって攻撃を仕掛けた。


─────────────────────


 電子音が一定のリズムを刻みながら主を起こそうと騒ぎた立てる。主は唸るような声をあげて、モゾモゾとベッドの中で蠢きながら電子音を鳴らしているスマートフォンに手を掛けた。静寂が辺りを包む。その静けさのせいでまだ電子音の残響が漂っているように思えた。

 

 南野ケイは目を覚ます。


 開けきらない目。スマートフォンの液晶がやけに明るく見えた。内部の時計を確認し、自分が起こされた理由を見やる。


 眠気が吹き飛んだ。急いで着替えを済ますと、研究所へと急ぐ。部屋を出てエレベーターを使って地下に降りた南野ケイは、首から提げた身分証であり、扉を開く鍵であるカードをタッチしてから地下研究所に繋がるボタンを押した。セキュリティがここ最近また厳しくなった。なんでも、他の研究を行っている施設が3年前に侵入され莫大な損害を出してしまった為に十分すぎる防犯システムをこの研究所では採用されるようになったのだ。


 ここは南野ケイの家ではない。施設の1つだ。このように問題が起きた際、すぐに対処できるよう、研究所の上階に住んでいる。しかしこれはほんの1つの理由にすぎない。南野ケイがここに住んでいる最も大きな理由は、息子のハルと会わない為だ。AIのハルを特殊な環境に転送させて実験している今、本物のハルと会うと心が痛む。


 ハルの為とは云え、この実験に自分の好奇心が0であるかと言えば嘘だ。そんな少しの罪悪感が、本物のハルと会うと肥大し、南野ケイを押し潰す。


 南野ケイは目的の階へやって来た。無機質な扉が音もなくスライドして開くと、中にいる研究者達が一斉に目を向けてきた。皆何が起きているのか分からず、混乱しているようだった。


 南野ケイは、柱のように部屋の中央に置かれる透明な筒、その筒の中にシャンデリアのように輝く量子コンピューターを通りすぎて、研究者達の注目するモニターを見やった。


 そのモニターには、大魔導時代を生きたペシュメルガにメフィストフェレス、ルナ・エクステリアに乗り移ったディータと息子ハルの姿が写っていた。


「い、一体何が起こっている!?」


 これを受けてハルの状況を常に観察していたナイキのパーカーを着ている研究者の1人が発言する。


「そ、それがハルのいる座標が長い間動かないと思ったので、座標ではなく、映像で確かめたんです。何をしているのか気になって。でも普通に路上で横になってたのを確かに見たんです!だけど急に、映像が切り替わったかのようになって、気付いたらこの有り様で……」


 自分に非はないと言いたげな物言いだった。ナイキの研究者は隣にいた白シャツの研究者に視線を向けた。


 白シャツは自分に発言権が回ってきたと思い、口を開く。


「こうなる前にハルのステータスが一瞬だけ異常な値になりまして……」


 どうしてそれを報告しないのか、と攻められるような目線が他の研究者に注がれる。その視線に気付いたのか白シャツは弁明する。


「バ、バグだと思ったんです……」


 南野ケイはモニターに移るAIのハルを見やる。ペシュメルガと何やら会話をしている。そして、メフィストフェレスの体内に吸い込まれるようにして入った。


「ハル達は何をしているんだ?」


 さぁ、と首を傾げる研究者達。そしてメフィストフェレスが天を仰いで叫ぶと巨大な鉢が七つ天空に現れ、一つ一つ地上に向かって傾けられ始めた。


 南野ケイは呟く。


「これはヨハネの黙示録──」


「16章だ」


 南野ケイ含め、全員が声のする方を見た。燃えるような赤い髪をしたマルセラ・アルヴァレスがそこにいた。彼女が姿を現すと、研究者達は安堵したように肩の力を下ろす。このことからもわかるように同じ責任者の1人である南野ケイよりも、マルセラ・アルヴァレスの方が頼りになると思われている。


 マルセラ・アルヴァレスは彼等に近付きながら説明した。


「さぁ、神の激しい怒りの七つの鉢を地に傾けよ」


 ヨハネの黙示録16章の言葉を諳じるマルセラ・アルヴァレス。


「何故それが今、この世界で起こっているんだ!?」


 南野ケイは咎めるように尋ねた。


「簡単だ。これは神の怒りだ」


 一堂は息を飲み、彼女の次の言葉に耳を傾ける。


「我々は一杯食わされていた。そこに写っているディータによってな」


 皆がモニターに写っているディータを見た。


「奴は神に等しい我々の目を欺き、偽装されたデータを送っていた。だからもうその世界は終わりにする」


 マルセラ・アルヴァレスはモニターに写るディータを顎でしゃくってみせた。


「そんな!?」


 南野ケイは、マルセラ・アルヴァレスの言葉を信じることができなかった。


「しょ、証拠はあるのか!?」


「その映像が何よりの証拠だ。それに私はスパイを雇ってその世界の裏側を覗いていた。実に面白い世界であった」


「何故それを我々に共有しなかった!?」


「ディータに気付かれると思ったのだ。それに裏で暗躍していたペシュメルガ、奴も手強かった。プログラムをハッキングする武器を生成し、この現実世界へと向かう扉をこじ開け、AIのハルをこの世界に侵入させたのだからな。人工知能ながら感心するほどだった」


 南野ケイは聞き捨てならない名前を耳にした。


「待て!ハルが、この世界に来ているのか!?」


「あぁ、自分のことを人工知能だと認知してな」  


 真実の数々を知らされて思考に沈む研究者達、するとスピーカーから爆発音と悲鳴が聞こえる。人工知能達のいる世界で見たこともない獣や空を駆ける騎兵の軍団が無差別に街や人々に襲い掛かっていた。


「この世界はヨハネの黙示録とジョン・ミルトンの失楽園を元にしているな?だとしたらハルマゲドン、それで幕を下ろすのが綺麗だろ?」


 マルセラ・アルヴァレスの言葉を受けて南野ケイは溜め息を吐くように呟いた。


「なんてことを……」


 その時、スピーカーから悲鳴ではない別の声。南野ケイにとっては聞き覚えのある声が響いた。


「……父さん!父さん!!」

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