第381話

~ハルが異世界召喚されてから2日目~


 ランスロットは障壁を作っているサナトスに言った。


「これさ、今日で終わらそうとしてない?」


 山高帽を被ったサナトスはボロボロの机に乗った水晶玉に魔力を込め、障壁を維持しながらランスロットの言葉に返した。


「やはぁぁり!貴方もそう思いますよねぇ?」


 エレインと信じられないような戦いをしている者をペシュメルガ様が直々に葬ろうとしている。そんな主が主戦場に赴くとなった時、ランスロットとミストフェリーズは障壁が破壊されないよう、サナトスの護衛に回れと命令されていた。


 面白いことに目がないランスロットは、直ぐ様フルートベールの王都に到着し、エレインの戦闘を少しだけ観戦してからサナトスの元へと向かったのだ。


「この後どうすんのかな?」


「おそらく、ペシュメルガ様はディータが依り代に乗り移るのを待っているのだと思いまぁぁす」  


「その後だよ、その後」


「その後は運命に委ねましょう」


「そうだね。何が起きるか予測しているだけで人生を無駄にしたくないもんね。全てが運命として決まっているのなら、先の事を考えてもしょうがない。その都度起こる現象を楽しまなきゃ損だよね♪ところでフェレスはまだ来てないのかな?」


「きっと貴方と同じように中の戦闘を観戦しているのでしょう」


 そうかな、と抜けた返事をするランスロットは背後からフェレス、改めミストフェリーズがやって来るのを発見した。


「やぁ、遅かったね……」


 ランスロットはミストフェリーズの様子がいつもと違うことに気が付いた。いつもの悪戯好きな子供のような笑みを浮かべるのだが、今回はその笑みが歪みすぎており些か不気味である。


 不気味な笑みを浮かべながらランスロット達に近づくフェレスは掌を広げて鋭い爪をヒュンと鳴らせた。


 ランスロットは背筋をゾクリと震わせ、恍惚な表情をする。障壁を張っているサナトスに告げた。


「ねぇサナトス、こっちにも障壁を広げてくれない?」


「どうしてですかぁ?」


 サナトスと目を合わせず、フェレスを見つめたままランスロットは言った。


「良いから、早く!余計なことは考えたくないんだ」 


 サナトスは言われるがまま、障壁を広げた。ランスロットとフェレスのいる範囲までそれは覆われる。


 ランスロットは礼を告げると、魔剣アロンダイトをアイテムボックスからぬるりと取り出して、構える。


 その瞬間、ランスロットとフェレスはお互いの武器をぶつけあった。


「なんとぉぉぉぉ!!!」


 サナトスは背後から来る暴風にトレードマークの山高帽が飛ばされないように手で押さえながら背後で始まった戦闘を首だけを後ろに向けながら見た。

 

 魔剣と爪は激しくぶつかり合った後、持ち主達の力比べへと移行された。


 ランスロットは眼前にいるフェレスに言った。


「まさかこんなところで裏切るなんて!君は最高だね!!」


「ニャッハッハッハ!!そんな言葉を吐くのか?もしお前がにゃーの生きた時代に生まれていたら、側近にしていたにゃ」


「そりゃぁ、嬉しいな!!それに英雄ミストフェリーズと戦えるなんて今日はとてもいい日だ!!」


 ランスロットは力のベクトルをズラして、次なる一撃を入れようと魔剣を振り払う。フェレス改めミストフェリーズもその攻撃に合わせて爪を衝突させた。


─────────────────────


 安全な場所に避難した王立図書館に勤めているフレデリカは、自分と同じように避難してきた者達を見やる。皆、不安な表情を浮かべている。帝国が攻めてきたと言う者、王国反乱軍の陰謀だと言う者。これは訓練だと言う者に実際の戦闘を見た者が反論している様子が窺えた。


 ある一定の範囲内の様子をカーテンのように覆い隠す魔法が存在するのだと訴えるが、中々信じてもらえないようだ。魔法が好きなフレデリカですらも、そんな魔法が存在するなど想像だにしなかった。


 不謹慎極まりないが、そんな夢のような魔法に触れたフレデリカは浮き足立つ自分を律した。


 自分の妹もこの避難所にやって来る筈だ。そうすれば、王都から出る馬車へと乗り込み脱出する。自分の勤め先にある書物を置き去りにすることに多少罪悪感が残ったとしても、命には代えられない。


 そんな時、この避難所に轟音が鳴り響いた。避難所が振動する。その都度恐怖に慄く避難民達の声が発せられる。


 先程、ランスロットがサナトスに指示したことにより障壁の範囲が広がったせいだ。障壁の範囲が避難所にまで及んだ。


 ここも危なくなるかもしれない。避難所にいる者達は、ここから出ていくべきかどうかを口々に相談している。


 フレデリカも周囲を頻りに見渡し妹の存在を探す。


 そんな中、子供達の会話が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、勇者ランスロットと英雄ミストフェリーズってどっちが強いと思う?」


 小さな男の子がその答えを既に自分は知っているかのように言った。いつもとは違う時間帯に会う友達、それだけで子供達は特別な気持ちになれる。


 フレデリカは、轟音によりパニックになりかけたが、この子供達の会話によって多少リラックスすることができた。


 質問された子供の内、1人が答える。


「ん~ランスロットかな?」


 質問された子供は同じ質問を投げ掛けらた隣の子供の方を向く。自分の回答に同意を求めるようにして、その子のことを見つめた。


 同意を求められたもう1人の子供は言った。


「僕もランスロットだと思う」


 自分の答えに同調してもらえた為に、喜びの相槌を打つ。


「そう思うよね!!」


 ランスロットとミストフェリーズ、どちらが強いのか、これは永遠のテーマだ。ミストフェリーズは第五階級魔法が唱えられるが、最近の研究ではそれ以上の魔法も唱えることができたのではないかと云われている。対するランスロットは雷を自在に操れる他に、近接での戦闘も可能だ。魔剣や神の杖と吟われているロンギヌスの槍を使いこなす。ランスロットの方が有利であるように語られることが多い。これには幾つか理由がある。ランスロットの方がミストフェリーズよりも後に登場する為、人気があるからだ。人気とはやはり、新しく登場する者に集まりがちだ。


 しかしフレデリカや彼女と同じような英傑マニア達の間では答えが片寄る。その答えをフレデリカは無意識に呟いてしまう。


「ミストフェリーズ……」


 バッとフレデリカに顔を向ける子供達。予期せぬ乱入者により困惑した子供達だが、子供の持つ抑えきれない好奇心によってフレデリカは即座に輪に入れられ、彼女の出した答えの理由を尋ねてきた。


「どうしてそう思うの?」


 フレデリカは声に出してしまったことに恥ずかしがるが、子供達の輝かしい視線によってその感情は霧散する。 


「それはね、ランスロットがパーティーで邪竜や魔王を退治しているからよ」


 首を傾げる子供達に最初に質問を投げ掛けた子供が相槌を打ちながらフレデリカに代わって説明する。


「そうそう!ミストフェリーズは基本1人で邪竜やら巨人なんかをやっつけていたのに対して、ランスロットは仲間の後方支援、エレインとかモーント達がいないと魔王には勝てなかったんだ!一対一でミストフェリーズには勝てないってことだよ!」


 フレデリカ達が空想に耽っているその近くで、今まさにその戦いが行われていることなど夢にも思わないだろ。


 そしてフレデリカ達の予想通り、ミストフェリーズに軍配が上がる。戦いは一瞬で幕をとじた。


 ランスロットは次なる一撃を入れようと剣を振り払うが、ミストフェリーズの爪に弾かれ、もう片方の爪で胸を貫いた。


 込み上げる血を口から流しながらランスロットは言った。


「あぁ残念だ…この先の出来事を見れないなんて……」


「にゃっはは!だったらもう決まってるにゃ!にゃーがペシュメルガとディータを殺すにゃ♪」


「見たかったなぁ……」


 ランスロットは残念そうに息絶える。


─────────────────────


 ミストフェリーズは突き刺した爪を引き抜きランスロットを乱雑に横たえさせ、山高帽を被ったサナトスを見やる。


「やはぁぁぁり次は私ですか、ミストフェリーズ?」


「そういうこと♪」


 ミストフェリーズ、この名をつけてくださったのはマルセラ・アルヴァレス様だった。大魔導時代、ペシュメルガに殺されたメフィストフェレスは突如目が覚めた。目が覚めるといっても実際に目があったわけではない。魂だけの存在だったが、今までどのような人生を送ってきたのかを子細に思い出すことができる。どのようにして殺されたかもだ。そんな状態のメフィストフェレスにマルセラ・アルヴァレスは自己紹介とこの世界の真実を語らうと、メフィストフェレスは笑いが止まらなかった。


 そして、メフィストフェレスに身体と新しい名前を授ける。どうやらミストフェリーズという名はマルセラ・アルヴァレスの住む世界にある舞台歌劇に出てくる猫の魔道士の名前らしい。それにちなんで、猫の獣人の身体となったわけだ。  


 メフィストフェレスは、ペシュメルガに復讐できればそれでよかった。その機会を本当の神であるマルセラ・アルヴァレスが与えてくれた。メフィストフェレスの持つ記憶やステータス、アイテムまでもが完全に復元されていた。


 彼女の出した条件は、ディータによって隠されたこの世界の裏側を監視することだった。なにやらこの世界で実験を行っているのだとか。メフィストフェレスはその実験に興味などなかった。


 ──ただ、この手でペシュメルガを殺せれば…… 


 前回の世界線でペシュメルガはハル・ミナミノと接触すると、漏れなくメフィストフェレスはマルセラ・アルヴァレスに報告した。既にお気づきの方もいると思うが、メフィストフェレスはハルのスキルが発動すると、前回の世界線での記憶をハルと同様に引き継いで戻るようになっている。そのトリガーはハルに完全に委ねられている為に不便ではあるが、お陰で飽きずにいられた。


 ──そして、とうとうマルセラ・アルヴァレス様よりペシュメルガの殺害の許可が下りた。どちらにしろこの世界は崩壊する予定だが、その前ににゃーの…私の、悲願が成就する時間を頂いている。


 サナトスを殺すと障壁が歪み、やがて泡のように弾けた。メフィストフェレスはペシュメルガの気配が弱まっていることに気が付く。瞬時にそこまで移動すると、ペシュメルガは背後から胸にかけて剣で貫かれているのを発見する。貫いているのはハル・ミナミノだ。


 ──どういうことだ?前回の世界線でハル・ミナミノが戻ったのはドーパミン的快楽が無理に流されたからだとマルセラ様は言っていた。また、ペシュメルガはハルのステータスを上げる為に、自殺を図っている。共にディータを殺すのが目的ではなかったのか?


 ミストフェリーズ改めメフィストフェレスの中に様々な疑問が渦巻くが、今まさに自分の復讐が別の形で幕を下ろそうとしているのを黙って見ている訳にはいかなかった。


 メフィストフェレスは脚に力を込め、初動で最大限加速して、ペシュメルガに突進する。鋭い爪を突き立て、光のような速さで虫の息のペシュメルガに迫った。


 そして、大量の血飛沫が辺りを彩る。


 何が起きたのかわからなかった。メフィストフェレスはペシュメルガに迫ったその時、彼と目があった。


 はっきりとした眼でメフィストフェレスを見据えると、ペシュメルガの持つ黒い剣が迫るメフィストフェレスの右顔面に突き刺さる。


 それをようやく認識したメフィストフェレスに激しい痛みが襲ってきた。この血飛沫はメフィストフェレスの血である。 


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!どうして!?どうして!?」


 どうして!?気が付けば口からついて出ていた。傍にいるディータも驚きを隠せない。その疑問にペシュメルガは答える。


「まさか自分の頭をハッキングする羽目になるとはな……」


「っ!!!?」


 メフィストフェレスは自分が罠にかかったことを悟った。右顔面には焼けるよう痛みが続く。ペシュメルガはハル・ミナミノの方を見やった。ハルは突き刺していた黒剣を引き抜くと、口を開く。


「なるほど、そういうことね……んで?それってどんな感じなの?」


「最低だ」








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 イギリスの詩人で文芸批評家のT・S・エリオットは、後の舞台歌劇『キャッツ』の原作となる『ポッサムおじさんの猫とつき合う法』という詩集にミストフェリーズという偉大な魔術猫を登場させております。名の由来となったのが『ファウスト』に出てくるメフィストフェレスなので僕の物語にも採用しました。


 こいつの本当の正体はこうで……、さらに本当の正体は……みたいなのをやり過ぎて自分でも物語を造る才能がないことを痛感しております。すみません。そんな出来損ないな物語ですが後少しで完結しますので、どうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。

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